第34話 野生の武人
-動物界 脊椎動物門 鳥綱 ダチョウ目 ポレモケイルス科
-その学術名は、古代語で『戦う腕』を意味する-
-いわゆる、『飛べない鳥』の一種。このような飛行能力を失った鳥類は分類群に関係なく数多く存在するが、中でも本種は脚が走行に、翼が打撃による格闘に特化して進化している-
-その名の通り、翼は羽毛を失い、骨も密度を増して、
「ええと……要するに、戦って勝つしかないのかな」
ステラは続けて『
「そのようですわね。ローレンス教授もさすがに、まったく勝ち目のないものを差し向けるような事はしないでしょう」
ディアナもそれを覗き込みながら意見を述べる。
他の生徒たちの働きもあってか、彼女たちの元には今のところ『敵』はやってきていない。
「さて、あの
声のした方を見れば、龍の背からジャンヌたちを見下ろし、悪役めいた笑みを浮かべる教授の姿が見えた。
◆
「さあ、かかってきたまえ」
体高2メートルをゆうに超えるポレモケイルスに頭上から見下ろされながら、ジャンヌは挑発するかのようにひらひらと手を振る。
それに乗るように、飛べない鳥は大股に踏み込んで彼我の距離を一挙に詰めた。続けざまに、開かれていた両腕が前方に向け勢いよく閉じられる。
関節の構造が若干異なるが、人間で例えるならば両腕の肘と肘とを打ち合わせるような動きだ。人間の肘と同様に、肉付きは薄いが骨の硬さが感じられるような構造。無論、間に頭でも挟まれようものならば、一撃で命を奪われる可能性すらある。
それに対し、ジャンヌも叫ぶ。
「獣神拳、『
獣神拳とは、かつてこの世界を守護していた十二柱の神々のうちの一柱、獣神アールギランが人々に授けた拳法である。
様々な事件が重なり、今は人間の住むこの世界から距離を置いた神々であるが、その教えは信者たちの間で脈々と受け継がれていた。
雲を貫き舞い上がる鷹のごとく、ジャンヌの右足が空へ向け蹴り上げられる。天を
「さすがに硬いな!」
足の裏から骨の感触が伝わってくる。ジャンヌの右足は確かに鳥の右腕を捉え、その軌道をわずかにずらしたが、それを打ち砕くには至らなかった。
空を飛ぶための『軽さ』を捨てたかつての翼は、古代語で『戦う腕』を意味するその名のとおり、相当に頑丈であった。
「獣神拳、『
それならばとジャンヌはその場で腰を落とし、引き下ろされた右足は勢いを保ったまま円を描き、前方へと蹴り出される。
水面上を飛ぶ水鳥のごとく、地表すれすれを
「くっ!」
人間でいうならば、足首と
鳥であるポレモケイルスの足は、筋肉で覆われた
立ち上がりながら、ジャンヌは見た。胴体のほうへと、素早く引き上げられる右足を。
お返しとばかりに、ポレモケイルスの蹴りが放たれる。
人間の武術で例えるならば、一番近いのは前蹴りだろうか。
「なっ!?」
人間相手の組み手ならば、何百度と経験してきたジャンヌだが、その鳥の動きには違和感を覚えた。
刹那の迷いが、回避の判断を遅らせる。地を蹴って鋭い爪から逃れるも、普段ならできたはずの反撃に繋げることができない。
さらに、彼女の頭上に影が落ちる。
追撃は、頭と
ただし、鎌といっても人間の作った道具のように内側に刃があるわけでない。いや、用途としてはむしろ、固い岩を砕く『つるはし』の方が近いか。
嘴の曲線をなぞるように頭が振り下ろされ、野生のつるはしは大地を打つ。
「くっ……!」
とっさの判断で、ジャンヌは鳥の足元、攻撃の間合いの内側へと転がり込む。
「これ……でっ!?」
前転から体勢を整えたジャンヌの視界より、ポレモケイルスの両足が消えた。
翼を失った鳥は飛べずとも、
直後、地表に残された影からそれを悟ったジャンヌは、素早く真横に飛ぶ。
間髪入れずに、今まで彼女がいた場所に、鳥の巨体が降ってきた。
ポレモケイルスの体重は、最大で150キログラムにまで達する。空を飛ぶために筋肉をそぎ落とし、鱗を羽毛に変え、骨まで中空にした鳥たちとは比べ物にならないほどの重量だ。
無論それは、戦いの上で大きな武器となる。
なんとか下敷きは避けたものの、これでは間合いの中に入るのも困難だ。
距離を取らざるを得ないジャンヌの目前。腹から着地し、地上にうずくまった形で隙を見せていたかに思えた鳥は、大地に突き立てた両腕で体を持ち上げ、素早く立ち上がる。
『クァッ! コァッ! クワアアァァァッ!!』
腕となった翼を振り立て、両足で大地を踏み鳴らし、ポレモケイルスは逆にジャンヌを挑発するように鳴いた。
「正々堂々勝負、と行きたいけど、人間相手ならともかくこいつは、まともにぶつかれば分が悪いなあ……」
そう言いつつジャンヌは、いまだ上空の龍と対峙するリチャードの方をちらりと見る。
「彼の前でいいところを見せたかったけど、これまでかな。ま、二人の共同作業ってやつも楽しそうだ」
そして少女は、鳥を相手に不適な笑みを浮かべる。
「さて、今度はボクが楽しませてもらう番だよ」
◆
地面に接する腹を起点として、『
それをラルフは細剣ではじきつつ、その身に幾度となく切りつけた。剣を振るうたび、その軌跡上をなぞるように小さな粒子がきらきらと光を反射して輝く。
それは、彼の操る龍剣の効果。氷の龍であるダイヤモンド・ドラゴンこと
だがその力も、彼の相手である『蛇』に対しては分の悪いものであった。
「
ラルフはその『蛇』を知っていた。いや、正確には蛇などではない。
数億年にも及ぶ進化の旅の果て、その四肢も翼も失ってしまった。それでも彼らは、れっきとした
「しまっ……!」
クリオボアと呼ばれた龍の頭を細剣で弾き、回り込もうとした瞬間。
頭に隠れて死角から伸びた尾が、ラルフの右手首に絡み付く。
ラルフが振りほどくよりも早く、龍の全身が鞭のようにしなり、再び螺旋を描く。その内側に、獲物を閉じ込めたまま。
「くそっ!」
悪態をつきつつ、ラルフは蛇の姿の龍の拘束を解こうとするが、細剣を持った右手は体と共に巻き取られて自由が利かない。左手で敵の頭を掴み、噛み付かれるのだけは避けたが、彼の力だけでは脱出に時間がかかりそうだ。
逆に龍の方も、ある種の大型の蛇にみられるように人間を絞め殺すほどの力はないとラルフには感じられた。
互いの力が拮抗した状態で、少年は地面に座り込んだまま動けなくなった。
だが、このままでは……。
ラルフの背筋を冷たいものが流れる。それは、単なる恐怖による比喩表現だけではない。
中・大型のドラゴンと異なり、小型種はブレスを吐くことができないものが多い。
クリオボアも例外ではないが、それでも爬虫類や哺乳類には
龍の鱗の隙間から冷たく冷やされた体液がにじみ出すのを、ラルフは服越しに感じとった。
そしてそれは、彼の体温をゆっくりと奪い始めていた。
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