第35話 反撃の狼煙
「ジュリア・ローレンス!」
得物である弓矢を構えもしない同級生に向かい、ディアナは叫ぶ。
「
「…………」
その声にジュリアは、少しだけムッとした表情を声の主へと向ける。
「与えられた課題をうまく乗り越えられれば、それは新たな力となる」
そこまで口にして、ジュリアの表情が急に曇る。
「でも、もうそろそろ、限界」
「!?」
少女がゆっくりと首を動かす。その視線の先にあるものに気付き、ステラは上がりかけた悲鳴を両手で押しとどめた。
竜と対峙したレオの制服、特にその両手両足の部分は既にボロボロに引き裂かれていた。むき出しになった素肌からは、緩やかにではあるが今も真っ赤な血が
「レオっ!?」
泣き声にすら近い声でステラは叫び、そしてまたディアナに止められる。
「ジュリア・ローレンス!」
ステラを羽交い絞めにしたまま、ディアナはなおも動かない相手に向けて叫ぶ。
「確かに。いかに戦闘訓練とは言え、あの男の言葉にすべて従う理由はない」
あの男、とジュリアが指差したのは、彼女の父でもあるローレンス教授。
「ジュリア!?」
高みの見物を決め込んでいた教授が、娘の態度に慌てた声を上げた。
「だから、人を指差すものではありませんと!!」
「……」
背後の同級生の言葉には答えず、ジュリアは上空の教授を睨み続ける。
「ま、よかろう。お主らにも訓練相手は必要じゃろうて」
一瞬で立ち直った教授は、そうつぶやくと肘を張るように左腕を上げる。その二の腕に止まるように、一羽の青い鳥が出現した。
そしてジュリアは、ようやく弓を構え、一本の矢をつがえる。
「お待ちなさい! あなたまで安い挑発に乗ってどうするんですの!?」
ディアナにちらりと視線を送った後、父に矢を向けた娘はきっぱりと宣言する。
「挑発に乗るわけじゃない。でも、いい機会だから、言いたいことは全部言わせてもらう」
◆
血を流しつつも、レオはまだ闘志を失ってはいなかった。
右手で斬竜刀の柄を押さえたまま、左手を竜の首に回し、さらにその背に跨るようにしてねじ伏せる。
なんとか竜を捕えることに成功したレオだが、またそこから攻撃に移ることができなくなった。全力で押さえ込んでいないと、逆にレオの方が振り落とされ、やられてしまいそうだ。
「くそ……っ」
苦し紛れに、逆転の手掛かりを探して辺りを見回すレオ。
そして、空を舞う
彼もこちらのことを気にしていたのだろうか。それとも――。
その瞬間、迷うことなくレオは叫んでいた。
「リチャード! 頼む、手伝ってくれ!」
「
間髪入れずに、答えは返ってきた。
「
「うおっ!?」
助けを呼んだ本人のレオがたじろぐほどの速さで、リチャードは彼らのところへと突進する。
全力疾走を続けながら、体勢を崩すことなく槍使いは手にした槍を投擲した。
それはディファルクスの左肩から胸へと、深々と突き刺さる。
『グルアアァァ!』
仕留めたかに見えた獲物は、裂けそうなほどに顎を開いて咆哮する。
それは断末魔などではなく、まだ燃え盛る命の炎を宿した叫び。
鱗と筋肉、そして骨に阻まれ、槍は急所までわずかに届かなかったのだ。
「うおおっ!?」
さらに激しく暴れる竜を押さえ込もうとするが、文字通り死に物狂いの力を発揮する相手に、レオはしがみ付くのがやっとといった状況であった。
一方――竜の生存を予想していたか、もしくは最後まで油断をしなかっただけなのか。
「紫電流槍術、『
リチャードは速度を緩めることもなく、その速さを全て乗せた飛び蹴りを槍の石突きに叩き込む。足の裏で押し込まれた槍の穂先が心臓へと到達し、幻闘珠が生み出した幻の竜はその輪郭を失い始めた。
「!」
それでも、硬直した竜の筋肉は槍に絡み付き、最後の抵抗で自身を倒した相手の動きを封じる。
「レオ君!」
殺気を感じ取り、槍使いが叫ぶ。先ほどまで彼が戦っていたメテオルニスが、急降下の体勢に入っていた。
「リチャード、伏せろ!!」
レオの方も、直前まで彼が相手にしていたその龍のことは覚えている。
呼ばれたリチャードは、身を横たえるようにしながら地面に伏せ――。
「おおおおっ!!」
まるで居合い抜きのごとく、斬竜刀は力ずくで二本の牙の間から解き放たれた。巨大な刃は一回転しながら勢いを増し、槍使いの上を通り過ぎてゆく。
だがリチャードは一瞬のうちに、斬竜刀の描く
「失礼!」
あおむけの状態から放たれたリチャードの蹴りが刀身に打ち込まれ、その軌道を修正する。吸い込まれるように斬竜刀は、背を向けたはずのリチャードへと急降下を仕掛けたメテオルニスを撃ち落とした。
そして、本来は隣のゼムゼリア大陸を住みかとする竜と龍は、光と化して消えた。
◇
「ありがとな、リチャード。助かったぜ」
級友に向け、レオは右手を上げる。
「……いえ、こちらこそ」
一瞬戸惑いの表情を見せたリチャードであったが、すぐに右手の槍を左手に持ち替え、レオに応える。そして二人は手のひらを打ち合わせた。
「おお~い」
そこに、離れた所から女子の声が掛かる。
「男同士で友情を育むのもいいけど、
闘っていた
「ええと……おめでとう?」
レオも許嫁と言う言葉に戸惑っていたが、リチャードも返答に窮して一瞬固まる。
「……いえ……許嫁とか婚約とか言われましても、僕にはまだまだよくわからないのですが……」
困惑しながらもリチャードは、レオに返事をする。
「……それでも、あの人は大事な友人ですから」
そういうとリチャードは、レオに背を向け彼女のもとへと向かう。
「おう……」
頑張れよ、と声を掛けようとして、レオは踏み止まる。
自分より明らかに強いリチャードに、そんな事を言える立場ではないと。
それよりも……。
そしてレオは斬竜刀を肩に担ぎ直し、幼馴染のところに向かう。
そのステラたちの頭上では、隙を窺うかのように青い鳥が舞っていた。
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