第16話 白日の流星

「と、討伐……?」

 教授の言葉に、レオは弱々しく言葉を返す。

 ドラゴンなど、彼にとっては目にするのも初めてのものだった。

 物語や絵画などに登場するものに比べれば、あの鳥に似た姿を持つ龍はかなり小さいものといえる。

 しかしそれでも、ドラゴンとは伝説に出て来るような強大な生き物、というイメージは否定できない。


 レオが戸惑っているうちに、教授はジュリアとリチャードにも耳を保護するための魔法を掛ける。


「……この戦力で、本当にドラゴンの討伐は可能なのですか?」

 レオが漠然と感じていた不安を、リチャードが代弁してくれた。


「奴ら下級龍族は、能力は厄介でも生命力はそれほど強くないぞ。わしが援護するからリチャード、お主は槍を当てることだけ考えておればよい」

「……! 御意」

 教授の言葉から力を得たかのように、リチャードは大きくうなずいた。


 いつの間にかヴォルトサウルスは咆哮を止め、メテオルニスの攻撃から逃れるためにゆっくりと足を動かし始めていた。しかし、その巨体ゆえの緩慢な動きでは、とても翼を持つ敵からは逃れられそうにない。加えて、その逃れようとする先にも徐々に火が回りつつある。


「よし、リチャードはわしとともに、あの雷星鳥メテオルニスを引き付ける。ジュリアとレオは、その隙に雷電竜ヴォルトサウルスのための道を開き、安全な場所へと誘導してくれ」

「わかった」

「お……おう……」

 教授たちのところから離れるジュリアの後をレオも追いかける。

 二人の動きに反応し、メテオルニスは旋回の速度を落とし、急降下を準備するかのようなしぐさを見せた。


 それに対し教授が右手を上げ、人差し指を上空の龍に向ける。

 次の瞬間、その指先からほとばしった一条の細い光が、メテオルニスの翼を打った。だがその不意打ちは、わずかに目標の体勢を崩し、数枚の鱗を飛ちらせただけに終わる。一見して鳥たちと同じように見えるその翼は、羽毛の代わりに強固な龍鱗で覆われているのだ。


「かすり傷か……。攻撃魔法は専門外とはいえ、これであの程度の傷だけとはやっかいじゃのう」


 幸いなことにメテオルニスは、離れて行ったレオとジュリアをそれ以上標的とすることもなく、またヴォルトサウルスよりも二人の人間の方を脅威として判断したようだった。


 だが、戦いは膠着状態へと陥る。


 野火によって生まれた上昇気流を翼に受け、メテオルニスは人間たちの頭上で旋回を繰り返しながら、敵の手の届かぬ高みへと上昇する。

 地上からは、その姿はもはや肉眼では点にしか見えない。

 だが上空のメテオルニスは、人の数倍を誇る優れた視力で、人間たちの姿をはっきりと捉えていた。


 そして、猛禽の姿を持つ龍は、地上の人間の一人に向け、ほぼ地面に向け落下するかのごとき軌道で飛ぶ。前後の翼を合わせて二枚となった翼で大気を打ち、風を切って急降下した。

 翼をたためば、その体は一条の矢と化し、大気の抵抗から解き放たれた龍はさらに加速する。その最大速度は、人の放つ矢の倍を超えるほどだ。

 メテオルニスの攻撃手段は、主に二つ。これはそのうちの一つ、猛禽が獲物を襲うときのような急降下による襲撃。さらに彼らの場合、自身の生み出す雷もそれに追加される。


 だが、地上の教授たちを標的に射ち下ろされた龍の矢は、しかし命中を前に失速する。

 いつの間にか、龍と人間たちを隔てる半透明の壁が出現していた。教授の作り出した魔法の防壁だ。

 それにぶつかる直前、メテオルニスは翼を広げて急制動をかけ、衝突を回避していた。

 そして龍は、防壁が切れるタイミングで放たれたリチャードの手槍をその身をひるがえして回避すると、再び人間たちの手の届かぬ上空へと舞い上がる。


「いかんのう。下級とはいえ、ドラゴン相手の空中戦がこれほど困難とは」

「……完全に虚を突いたつもりだったのですが、あれをかわされるとは……。僕もまだまだ、修行が足りぬようです」

「先ほど得た情報によると、奴は電磁波をその身から放って周囲を探っておるそうじゃ。音による反響定位や、水中で電場を使う例は珍しくはないが……空中で電波探査とはのう。さすがははしくれとはいえ真龍類ドラゴン、信じられぬことをやりおる」

「……しかし、上空から吐息ブレスでも吐いてくれば、こちらからは手も足も出ないのですが、あの龍にはその能力はないのでしょうか」

「強すぎる雷の力は、奴らにとっても諸刃の剣じゃ。高威力かつ長時間の放電を無理に行えば、自身が感電するはめになる。奴は体が比較的小さいゆえに、長距離の放電はできなさそうじゃからな。相手に接近し、直接雷を打ち込むしかないんじゃが……」

 それについては、先ほどから教授によって封じられている。さらに、不用意に近づけば、反撃の可能性もある。


 だから、雷星鳥メテオルニスは、もう一つの攻撃法を取らざるを得ない。

 メテオルニスの旋回半径が明らかに小さくなってゆくのが、地上からもはっきりと見てとれた。

 

 その翼の内側から、白い鱗がはらはらとこぼれる。

 龍の体や翼の外側を覆う鎧のような鱗と異なり、それは鱗と鳥の羽毛の中間のような性質を持っていた。

 ゆっくりと落ちてゆく白い鱗に向け、メテオルニスは翼を打ち振って雷撃を放つ。燃え上がった鱗は浮力を失い、教授たちの頭上に降り注いだ。


 それはさながら、夜空からこぼれ落ちる流星雨のごとき光景。


 これが第二の攻撃手段。唯一の遠距離攻撃にして、今回の野火の原因でもあった。

 それは本来、草木の少ない険しい山岳地帯に生息する彼らが、急斜面を移動する獲物を叩き落とすための能力である。

 だが、それによる火災は、棲みかを離れ新天地を求めてきたメテオルニスにとっても想定外であり、全く経験のない出来事であった。


 「流星雨」は、再び生み出された教授の魔法による防壁によって防がれ、地に落ちる前に燃え尽きる。

 だが、一部は教授から離れたところに落ち、新たな炎を生み始めた。


 互いに、相手を仕留める手段を持たない状態。


 ここでメテオルニスのほうが、彼らを脅威とみて逃避を選んでいれば、またその後の展開は変わっていただろう。主に人間たちに被害が出て、対策に追われるという形でだが。

 敵が攻撃続行を選んだということは、教授たちにとって好運であったと言えよう。

 逆にメテオルニスにとっては、予想外の追っ手に追い付かれる、という結果を招いてしまうことになる。


『キュィィィイイーーーー!!』

 甲高い咆哮が、新たな来訪者を告げた。

 燃える森を越えて現れた巨大な翼が、大地に影を落とす。


 龍騎士とその騎龍が、戦域に突入した。


「な、なんだありゃあ!? また、ドラゴンか!?」

「! 落ち着いて。あれは味方」

「よく見りゃ、人が乗ってるみたいだな……じゃあ、あれが……」

「ん。これで、討伐の方も、何とかなりそう」

 そのジュリアの声に、わずかながら喜びが含まれているような気がして、レオは龍から彼女へと視線を移す。


「行くよ」

 その時には、ジュリアはレオに背を向けて再び駈け出していた。

 レオも上空の龍と騎士を一瞥した後、それに続く。


    ◇


 このソール大陸において、実際にドラゴンを目にしたことのある者は少ないであろう。

 ただそれでも、多くの人々は像や絵画、あるいは紋章などでその姿を知っている。

 鳥に似た姿をしたメテオルニスとは違い、それは実物を生まれて初めて目にするレオにとっても、一目でドラゴンとわかる姿をしていた。


 一見すると、四肢を備えた全身を硬い鱗で包んだその姿は、ある種の爬虫類レプタイルによく似ている。

 最もわかりやすい相違点は、足と翼の数だ。

 龍たちは、体形にある程度の違いがあるものの、四足二翼が基本であるとされる。だがその多くは、生息環境や生態に応じて独自の進化を遂げており、例外も少なくない。二足四翼の雷星鳥メテオルニスもその一例である。

 そして新たに現れた龍も、二足四翼という点では同じ。ただ、外見から受ける印象はまったく異なっていた。


 その翼は、羽毛の集まりである鳥類アヴィスの翼や、皮膜からなるコウモリや翼竜などの翼とは異なり、筋肉でできた膜の背面に鱗を並べた構造となっている。ドラゴンの鼻先からは、槍の穂先、もしくは船の衝角にも似た短くも鋭い角が一本、前方にまっすぐに伸びていた。


 新たに現れたドラゴンの姿を視界にとらえ、メテオルニスの行動も変化する。

 飛行高度を明らかに下げ、雷電竜ヴォルトサウルスに近づくと、その足の間をくぐりぬけるように飛び始める。

 これは、明らかにドラゴンを自分より格上の相手だと認識している証だ。


「まさかあ奴、ヴォルトサウルスを盾にするつもりか。やはり知能も低くはないようじゃな」

 教授の声には、どこか感心したような色が含まれていた。


『ブオオオオオォォォーーーーーン!!』

 そしてヴォルトサウルスは、二頭の龍を牽制するかのように首を動かし、再び咆哮を上げる。


「カイン!」

 それを見た教授は、口元に右手を添え、龍の背に乗る男に向け叫ぶ。教授の魔力を乗せられた声は、集束して剣士のもとへと届けられた。

「ヴォルトサウルスが怯えておる! 盾に使われても面倒じゃから、一旦ドラゴンを下げてくれ! その後は、ここから東の川に向けて道を作るんじゃ! そこからこ奴を逃がす!」


 地上の教授たちの姿を認め、挨拶するかのように上げられかけた騎士の手が途中で止まる。

 直後、彼の操る龍は静止飛行ホバリングを経て、垂直上昇へと移行する。


「さて……役者は揃った。ゆくぞ、リチャード!」

「……はい」


 そして教授は、上空をこちらの隙を窺うように旋回するメテオルニスを見上げ、高らかに言い放った。


「これより異大陸からの侵入者、雷星鳥メテオルニスの討伐を開始する!」

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