第28話 出会い、そして暗雲
「ん……」
深い闇の底から、レオの意識は浮かび上がった。
視界に広がるのは寮の天井ではなく、
体の下からはベッドではなく、硬く冷たい河原の石の感触が伝わって来る。
なぜ俺はこんなところで寝ているんだろう。
十数秒ほど、ぼんやりとした頭で考えて、何か大きな魚を釣ったところまでは思い出せた。だが、その直後からはまったく記憶に残っていない。
「おお、気が付いたか。心配したぜ」
「……ご無事で何よりです」
「すまねえな、アレックス。それに、リチャードはいつの間……に……」
槍使いの声がする方に顔を向けると、彼の後ろにいた仮面の人物と目が合った。
「うおっ!?」
思わず声を上げ、上体を起こす。
目が合ったといっても、実際にはそんな気がしただけだ。
真っ黒な仮面の目にあたる部分には、黒い宝石かガラス玉のようなものが埋め込まれていて、どこを見ているのかも定かではない。
口の部分も、横長に開かれた穴は黒い布のようなもので
体付きや、後ろで束ねられた長い褐色の髪から、その人物が女性であることは一応推測できた。
しばらく、どう反応していいかわからない状態であったが……。
「あ、どーも。エイミー・アダムソンですぅ」
「どうも……。レオナルド・オーウェンです……」
彼女の方から少し舌足らずな声で挨拶をしてきたので、レオも戸惑いながら名乗り返した。
◆
「このたび、新たに学友として三人の留学生と、一人の新入生を迎えるとこができました。これを祝しまして、ささやかでありますが歓迎の茶会をここにとりおこないます。なお、
学院の食堂に、よくとおる少女の声が広がる。
ゆるく波打った
このリーフ公国の元首の長女という立場ではあるが、世襲制ではないこの国では彼女自身にさして権力があるわけではない。彼女自身もこの学院において、身分をひけらかすこともなく一般市民の生徒にも態度を変えることなく接している。
それでも、生まれ持ったカリスマに自身の努力を合わせ、早くも彼女を次の元首にと望むものも少なくない。それほど、彼女は周囲の大人たちからも高い評価を受けていた。
「それでは、クラスの違う方もおられますので、まず留学生のお二方からご挨拶をお願いしたいと思います。なお、今回は女生徒だけの会ということになりましたので、留学生のもう
ディアナの言葉に続けて、ディアナの右隣に座っていた女生徒が立ち上がる。肩まで伸ばされた真っ直ぐな髪は、他の色彩を
「ポーラリア王国から参りました、フローラ・チェンバレンと申します。より実践的な魔法の使い方を学ぶため、1年2組でお世話になります」
「我が国の東に位置する魔道王国ポーラリア。その名家である六大家の一つ、チェンバレン家のお嬢様であるフローラさんも、魔法の腕もかなりのものと伺っております。くれぐれも彼女に
「いえ、わたしもまだ所業中の身。皆様と共に学ばせて頂きたく存じます。よろしくお願いいたします」
色白で可憐な顔立ちに柔和な笑みを浮かべ、フローラは一礼する。
新たな仲間を迎える拍手に続けて、ディアナは次の留学生を指名した。
「それでは続きまして、ドラクロワさん」
「うん」
ドラクロワと呼ばれた少女が起立すると、生徒たちの間にどよめきが走った。
先ほど女子だけの会と言われたばかりなのに、その生徒は男子と同じ制服のズボンを履いていた。ただし、上半身には女子の制服を身に着けている。
短く切られた金髪や彫りの深い顔立ちと合わせると、男装の麗人といった雰囲気がある。
「エルミナ王国のジャンヌ・ドラクロワだ。よろしく。この学院には、婚約者に会いに来たんだ」
「ジャンヌ!?」
どうやら彼女とは以前からの顔見知りらしく、ディアナはその名を呼び捨てにしていた。
「
「もちろん。本当の目的は、修行のためさ」
怒りを帯びたディアナの声を受け流しながら、ジャンヌは挑発するように右手を上げる。
「こう見えても
「まったく……」
呆れたような目つきでジャンヌをにらんだ後に、ディアナはさらに紹介を続ける。
「彼女のお父様は、北の国エルミナ王国が五虎将の一人。ジャンヌさん自身も、獣神アールギランより授けられた獣神拳の使い手でもあります。挑戦者募集中とのことですが、よほど腕に覚えのある方以外は挑まない方がよろしいかと」
ため息を一つついた後、ディアナはテーブルの向かいに座っていたステラに目を向ける。
「それでは続きまして、今月から1年3組に編入することになりました、アーウィンさんに自己紹介をお願いしたいと思います」
「は、はいっ!」
彼女に
「ステラ・D・アーウィンです。この度、皆さんと共に――」
◆
「……というわけで、このエイミーさんは僕たちの学院の先輩であり、今では国から任命された生態調査員と呼ばれる職業についておられます」
レオは河原に腰を下ろしたまま、リチャードが仮面の女性を紹介するのを聞いていた。
「と言っても、この春から働き始めたばかりの新米なんですけどねぇ」
そう言いつつエイミーは照れたようなしぐさで頬を
「ところで、さっきから気になってたんですが、あれ、
それをごまかすかのように彼女は、近くに放置されていた『
「珍しいですねぇ。普通は大陸沿岸の海にいるんですけど、たまに川にも入って来るとか」
「……ああ見えても、動植物の知識は豊富ですよ。戦闘などは、あまり得意ではないようですが」
「けらぶ……何?」
「
「そういやさっき、こいつに毒か
「毒じゃありません。電気ですぅ」
「デンキ?」
「基本は、空から落ちて来る雷と同じものですねぇ。だいぶ力は弱いんですが」
ケラブニクチスの死骸から目を離さぬまま、エイミーが答える。
「でも、
それをきいて、レオは自分の体を見下ろした。
「……おそらくショックで気絶しただけで、見る限り傷はなさそうです」
「人間が即死することは少ないようですねぇ。むしろ怖いのは、意識を失ってそのまま
「あ、そうだ!」
そこでようやく、レオは自分が倒れた状況を思い出す。
「それで、リチャードが助けてくれたのか!?」
「……いえ、レオ君を助けたのは僕の父なのですが……」
「それなら、お礼を言わねえとな」
レオは感謝すべき相手を探して辺りを見回すが、それらしき人物は見当たらない。
「それで、そのお父さんは?」
「……それが、レオ君の無事を確かめるとそのまま帰ってしまいました」
「そ、そうか」
「……我が父ながら、何と言うか……自由な人ですので……。突然、放浪の旅に出たりしますし」
リチャードは、言葉を探すかのように視線をさ迷わせる。
「本当は直接言うべきだろうが……」
「……あの父にとっては、人を助けるなど日常茶飯事です。先ほども、礼には及ばぬと申しておりましたが……」
「それでも、今度会ったら伝えてくれねえか。レオナルド・オーウェンが感謝していたって」
「……
「さて……っと」
立ち上がろうとしたレオだが、体にうまく力が入らず、わずかにふらついた。
そばにいたアレックスが慌てて肩を貸す。
「……命には別状はないとは言え、何か後遺症など出るといけません。今日のところは引き上げて学院の医務室にでも行くべきかと」
「わかった、そうするか」
「……僕らの乗って来た馬車にはまだ余裕があります。それで一緒に帰りましょう」
「すまねえ」
アレックスに支えられて歩き始めたレオだが、思い出したかのように魚竜の方を振り返る。
「そうだ。あのケラ何とか、このまま置いといていいのか?」
「……それも馬車に
「だがよ、持って帰ってどうすりゃいいんだ? 俺もまだ釣り士の資格はないから、買い取ってももらえねえだろうし」
「……食用になるのでは?」
リチャードの疑問に、エイミーがいいえと首を横に振った。
「全身の大半が、発電器官、それに自分が起こした電流から身を守るための脂肪でできていますからねぇ。食用には向かないそうですよ。私は食べたことないですけど」
「じゃあ、持って帰っても無駄なんじゃ……」
「討伐依頼もおそらく出ていなかったはずですので、報奨金もほとんど出ないとは思いますが……もしかしたら、ローレンス教授のところとかで、高く買い取ってくれるかもしれませんよぉ」
「それならリチャード、あのケ何とかの方を頼めるか?」
「……了解です」
そして彼らは、
◆
歓迎の茶会は順調に進み、ステラも他の一年生たちとゆっくり話をすることができた。
ずっと孤児院暮らしだったステラにとって、同年代の女友達と言えるのは近所の店の店員ぐらい。同じ学院での同級生との交流は楽しいものであったが、一つだけ気になる事があった。
学院に入って最初に知り合った、ある女生徒の姿が見えないのだ。
ステラの心の片隅に小さな疑問を残しながらも、茶会は終宴へと近づいたその頃。
突然食堂の扉が大きな音と共に押し開けられ、ステラが気に止めていた人物が駆けこんでくる。
「! ジュリア・ローレンス!」
彼女の姿を見たディアナは、顔色を変えて立ち上がる。
部屋の中を見回したジュリアは、ステラと目が合うとまっすぐに彼女の方へと駆け込んできた。
「
「そんなことより!」
頭に血が上った様子のディアナの言葉を
「レオが釣りに行った先で
それに続く彼女の言葉に、ステラは息を吞んだ。
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