第18話 虹龍剣士

「逃げられたか……だが……」

 騎龍であるラピスラズリ・ドラゴンの上で、カインはつぶやく。

 捕らえたはずの雷星鳥メテオルニスは、「奥の手」を使って彼らの手から逃れた。それでも、龍剣士の表情に落胆の色はない。


 これも、討伐のための布石の一つ。後は……彼らがいる。


    ◇


ぶぞ、リチャード! 歯を食いしばり、そして構えよ!」

 教授はかつて行動を共にしたことのあるカインと、知識として知っている彼の龍の行動を予測していた。

 さらには、先ほどの魔法により得た情報から、メテオルニスの行動さえも。


 そして教授はリチャードの背に触れながら、魔力を高め、そして解放した。二人の姿が一瞬ぶれ、そしてかき消える。


 短距離の転移魔法。


 カインとミコトがのその先――そこに教授はぶ。

「あっちじゃ!!」


 そして、リチャードはメテオルニスに向け、槍を構えた。飛び道具として使う手槍ではなく、主武器である銀の長槍を。

「……紫電流しでんりゅう槍術、飛箭槍ひぜんそう、参ります」

 水平に構えた槍の石突きを右手の平に当て、穂先近くをまっすぐ前に伸ばした左手の親指と人差し指の間に乗せる。まるで槍を弓につがえ、引き絞ったかのような構え。


 左手で狙いを定め、左足を大きく踏み出した。そのまま全身を捻り、すべての力を集めた右手の平で槍を打ち出す。


 銀の矢と化した槍はメテオルニスを迎え撃つかのように飛び、回避の間も与えずにその身を貫く。

 暴走した雷の力に体内から臓腑を焼かれ、鳥の姿を持つ龍は膨れ上がる圧に耐えきれずに燃え上がり、そして弾け飛んだ。


    ◆


 互いの生み出す上昇気流により、二つの炎は引き寄せ合い、ぶつかり合って一つになる。これまで焼き尽くしてきた焦土の真ん中で、燃料を失った炎に残された道はただ消え去るのみ。


「ん。そろそろ、終わり……かな?」

 その様子を遠巻きに眺め、ジュリアは独りごちる。

 炎は勢いを失い、メテオルニスが倒されたことで新たな火が生まれることはなくなった。

 火の手を逃れた雷電竜ヴォルトサウルスは、カエルたちの声に満ちる川に向けてなおもゆっくりと足を進める。


「どうしよう。これ……」

 声を限りに鳴き続けるカエルたちから距離を取り、少女は眉をひそめる。その音は、人間が近寄りがたいほどに高まり続けていた。

「ちょっと、やり過ぎたかも」


 そんなジュリアの耳に、カエルたちによるものとは明らかに異なる水音が飛び込んできた。


「あ……」

 見つけたのは、川に踏み込んで斬竜刀を洗っているレオの姿。


「おつかれ。それとありがとう」

「おお。何とかなったみてえだな」

「それ、野盗獣エレモヒエナにやられた?」

「今俺に近寄らねえほうがいいぞ。臭えから」

 ジュリアの見た限り、レオの服の方にもエレモヒエナの吐く腐食液を浴びたような形跡がある。

 

「水洗いだけじゃ服が痛む。教授に浄化の魔法をかけてもらうべき」

「そんなことまでできるのか……あの教授」

「ん……伊達だてに教授は名乗っていない」

「いや、教授ってそういうもんじゃねえよな……」


 そして、歩き始めた二人の背中に、空の上から甲高い鳥の声が届く。

 遠巻きに様子をうかがっていたのだろうか。

 野火が鎮火したせいか、導竜鳥サウロノータが再び、ヴォルトサウルスのそばに姿を現した。


    ◇


「さすがに、本物が戻ってくれば、カエルの声に惑わされることもあるまい」

 雷星鳥メテオルニスの遺骸を片付けていた教授も、遠くの空から聞こえてくる声を耳にしながら傍らのリチャードへと話し掛ける。


「……この森も被害を受けましたし、このまま北の方へと移動してくれればいいのですが」

「仲間はおそらく、北の平原におるじゃろうしな。しかし、あのヴォルトサウルスもさんざん呼び声を上げて、やって来たのがドラゴン二頭とはのう……さすがに同情を禁じ得んな」

「……カイン卿の方はともかく、あの鳥型の龍もヴォルトサウルスの声に呼ばれたのですか」

「そのようだな。おかげでこちらは手間が省けたよ」

 教授の答えの代わりに、男の声が二人のもとに届く。

 龍剣士カインは、着地させた龍を従え、教授たちの元へ歩を進めた。


「……ご無沙汰をしております」

「久しぶりじゃのう。しかしお主は変わっとらんな」

「こちらこそ。久しぶりだな。リチャード、それにアイク……いや、今は『教授』だったか」

「うむ。とはいえ、龍騎士殿がわざわざ遊びに来たわけでもあるまい。会談だの、訪問だのの話も聞いておらんがの」

「ああ。こちらの大陸に流れてきたドラゴンを捜索に来たんだ。討伐への協力、感謝する」

「それは構わんが……あれ一頭で終わりか?」

 にこやかに旧交を温めていた教授の目付きが、突然鋭くなった。

「今回はな」

 渋い表情で、カインは短く答える。


「おおーい! 教授ー!」

 そこに、 レオとジュリアも戻ってきた。


「ども」

「やあ、ひさしぶり」

 龍剣士はジュリアと短い挨拶を交わし、レオの方を見て姿勢を正す。

「お初にお目に掛かる。ドレイク連邦の金龍騎士団正騎士、カイン・ブレードだ。君たちのところの教授には、先の戦いでお世話になった」

「これはご丁寧に、ありがとうございます。リーフ王立学院一年三組、レオナルド・オーウェンと申します」


「あれ? 敬語、使える?」

「……いや……孤児院にいたというのですから、あり得ない話では……」

 側でジュリアとリチャードが何か言っているが、レオは聞こえないふりをした。


(あれ……?)

 それよりもレオは、目前のカインに対して既視感を抱く。


「あの……どこかでお会いしたことがありませんか?」

「いや、ここ数年この国には来ていないんだが……また妙な絵でも出回ったのか?」

 カインが教授の方に目をやった瞬間、レオが叫ぶ。

「ああっ! 思い出した!」

「何じゃ、いきなり」

「あの暴食竜レマルゴサウルスの……あれ、でも年が……」

 服装こそ違うものの、カインの容姿はレマルゴサウルス討伐に参加していた英雄たちのうち、二刀流の剣士に酷似していた。ただ、あれはたしか十五年前の出来事と聞いていた。

 そして目の前の男は、二十代後半のように見える。あの剣士の十五年後の姿とは、どうしても考えにくい。


「落ち着くんじゃ、レオ。先日映想珠で見せた討伐の映像の事なら、正真正銘、同一人物じゃぞ」

「ああ、あれはまだこの国にいた頃だったな。まあ俺はちょっと特殊な体質で……人より老化が遅いみたいでね」

 視線をわずかに彷徨わせるカインに救いの手を差し出すかのように、教授も言葉を続ける。

「今はドレイク連邦に移っておるが、この男も先の戦いの時、傭兵隊の大隊長をしておってな。その二つ名は『虹龍剣士こうりゅうけんし』。他にも、『規格外の龍騎士』とか『多頭龍』、『天将の護り手』、『苦労人の後継者』、『龍なき龍騎士』、『貧乏くじ請負人』、『黒眼の白龍ブラックアイズホワイトドラゴン』など、数多あまたの称号をほしいままに――」

「いやちょっと待て! それいくつか称号じゃないよな。それに、今初めて聞いたものも……」

 落ち着いた雰囲気を見せていたカインが、教授の言葉に慌て出す。

「わしに言われても知らんぞ。こういうものは、好きな連中が勝手にやっとることじゃからのう」

「あいつら……」

 誰のことを思い浮かべたか、苦虫を噛み潰したような顔になるカイン。


 彼がさらに口を開こうとした瞬間、それを遮るかのように雷電竜ヴォルトサウルスの声が聞こえてきた。


「まだ怯えられているようだな……」

 巨竜の方をうかがった後、カインは再び教授の方へと向き直る。


「これから公都ヴェルリーフに行く予定もある。慌ただしくてすまないが、そろそろ失礼するよ。機会があれば、またあちらで会おう」

「何じゃ? 他にも何かあるのか?」

 教授の問いに、ああと龍剣士はうなずく。


「公爵閣下と傭兵隊と、それから学院にも顔を出すけど……伝えておかねばならないことがある」

 そしてカインは、真剣な表情で告げた。


「ゼムゼリア大陸で、ドラゴンたちの『渡り』が活発化している。今後もまた、こちらまで流れてくるかもしれないんだ」

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