第17話 何も出来ない俺に何が出来るか?


「……高梨さんか」

「どうしたのそんな顔して? 橋下くんを連れて引き返して来るんじゃなかったの?」


 高梨は何故か怒っているのか、不満な表情を浮かべている。


「いや、そんなこと言われても俺らがあの2人の中に割って入って行けるとでも思う!? 無理だろ…………俺には何も出来ないんだ」


「ベシッ!」


 視線を落としていると、急に頬をたたかれた。


「急になに──」

「何落ち込んでるの? 真壁くんに1度邪魔するな! って言われたらそれで諦めるわけ? 颯くん出来たって言ってたよね? 颯くんの覚悟ってその程度だったの?」

「その程度って、でも……」

「でも何? 橋下くんを見て! あんなに必死に真壁くんを止めようとしてるのにまだ何かあるの?」


 橋下を見る。

 ハイペースで繰り出される真壁の攻撃に橋下は無心で食らいついている。



「………………」



 なんであんなに必死になれるんだよ?

 怖くないのかよ?


 何で怖くないんだよ!

 逃げ出さないんだよ!

 諦めないんだよ!


 あの反則的な力を持った真壁を本気で止めるつもりなのか?

 止められるとでも思っているのか?


 俺には出来ない。


 勝算が見えないのに、あんな風に本気で立ち向かうことは到底俺には出来ない。



 俺にもが欲しい。






 しばらく何も出来ずに呆然と立ち尽くしていた。



 俺には橋下のように無謀な相手に立ち向かう勇気はない。

 当然真壁のような出鱈目な反則級の力は持ってないし、川崎のような日々の鍛練から得た確かな実力と実績や、高梨さんのような挫けない強い心もないのだ。



 ただ、俺にも出来ることはある。



 橋下のように真っ向から立ち向かうことは出来なくても、それの手助けをすることならきっと出来るはずだ。


 橋下が表なら俺は裏。

 裏で戦うのが俺らしい戦い方だ。



 そうとなれば俺には何が出来るか?


 実は考えるまでもない。

 俺には出来ることが最初からある。


 本当はこの廃墟の中に入ってくる前に橋下に言おう思っていたことなのだが言うタイミングがなかった。


 それは橋下が言っていた、真壁があの力を手に入れた本のことだ。


 俺はその本を


 空想上の話だとずっと思っていた本なのだが、今目の前で非現実的なことが起こっているのを見ていたら、実在してもおかしくないと思えてきたある1冊の本だ。


 当然この目で見た訳ではないので、もし実物を見ても確信は出来ないが、橋下が言っていた話から考えると今俺が思い浮かんでいる本の可能性が非常に高い。



 俺のがここで役立つかもしれない。



「橋下!! さっき言ってた本は確かこの廃墟に残っているんだよなー!?」


 俺は橋下に聞こえるよう精一杯声を張り上げた。

 その声は橋下だけでなく真壁にも届き「何言ってるんだ?」とでも言いたげに、橋下への攻撃を止めこちらを向く。


 一瞬辺りはシーンとして、橋下が俺の声に反応する。


「本は隣の建物にあるけど……まさか!? 真壁のように力を得ようとでも考えているのか!?」


 違う。何も俺は真壁とを得ようとしている訳ではない。


 橋下が言っていた本が俺の知っている本だとしたら、真壁の中で暴走している力を封じることが出来るかもしれないのだ。


「そういうわけじゃない! 実は俺、その本を知ってるかもしれないんだ!!」

「知って……る!? 何で君が知って──」

「おいおい橋下! 白けさせるんじゃねぇー!!」


 橋下の声を遮った真壁は再び竹刀を振り回し始めた。


「クソッ」


 半テンポ遅れて橋下は真壁の攻撃を受け止めると、それから真壁の怒濤どとうの攻撃が繰り出され始めた。


 そこで突然真壁が橋下への攻撃を続けたまま声を上げる。


「おい! そこのビビり野郎! 何しようとしてんのか知らねぇーが面白そうじゃねぇーか!! ……早く行ってこいよ」


 どうやらさっきまで俺に全く興味がなかった真壁だったが、俺のやろうとしていることに興味を持ったらしい。


 ならばすぐにも本を探しに行くべきだ。

 ここは真壁が興味を持ったのを利用しよう。


「真壁! 今面白そうって行ったよな?」

「は? なんだよ」


 真壁はつまらなそうな顔をして橋下への攻撃を止めた。興味を無くされたらは困るので俺は簡潔に答える。


「俺が探しに行ってる間は橋下への攻撃を止めておいてほしい。じゃないと面白いもん見せねぇーぞ」

「俺に交渉してるのか? フハハッ! ますます面白い奴だな! ……でも攻撃は止めねぇー」


 そう言うとすぐに橋下へ今度は竹刀を突き刺した。


 橋下は真壁が余所見している間も終始警戒をしていたので、上手くかわすことが出来た。


 そしてまた真壁は攻撃をしながら呟く。


「お前らやっぱ勘違いしてやがるな!」

「真壁! 何が言いたいっ!!」


 橋下が少し声を荒らげて竹刀をおもいっきり振り下ろす。


 真壁はそれを軽くかわして橋下を蹴り飛ばした。

 蹴りを予想していなかった橋下はもろにそれを食らいその場に倒れ込んでしまう。


 倒れ込んでも橋下はすぐに顔を上げ、真壁を睨み付ける。


「なんだその顔は? さっきも言ったが俺はって言ったんだぜ? ルールもなければ反則や時間もねぇー! …………何ぼさっとしてんだよ橋下? お前が立ち上がらねぇーと遊べねぇーだろがよ!!」


 橋下はフラフラになりながらも立ち上がり真壁に突っ込んでいく。



 その様子を見て俺は気づいた。

 真壁が言うように俺は勘違いしていたのかもしれない。


 今の真壁の言動で気づいたのだが、真壁は橋下を殺ろうとしている訳ではない。


 もし殺ろうとしているのであれば、橋下が倒れた時に止めを刺せば良い。しかし真壁は止めを刺さずに、橋下が立ち上がるのを待っているのだ。


 そうとなれば俺はこの場を離れても問題無いだろう。


 もしかしたら橋下は既にそのことに気づいており、その上でさっき大丈夫と言ったのだろうか?

 いや、それは考えすぎか。



 とにかく、今の俺にでも出来る本を探しに行こう。


「橋下! ……俺行ってくる」


 俺はそう言って隣の建物へと向かって走っていった。



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