第9話 味美高校最強の剣士 川崎 秀介

 試合が始まった途端、川崎は素早く竹刀を振り上げ面を打った。そしてそれに真壁は素早く反応しサッと竹刀を前に出し受け止める。


「カンッ」という竹刀と竹刀がぶつかり合う音だけが、静まり返った武道場内全体を駆け巡った。

 気づいた時には次の動きに入っており、川崎が振るう竹刀をあれよとかわした真壁から小手が打たれる。川崎は当然想定してたぜとでも言わんばかりにスッと一歩下がり距離を取る。


 なんて速さなんだ……っ!


 先ほどまでに4試合ほど他の選手の試合を見ていたが、展開される試合のテンポと2人の動きは今までの試合とは桁違いだ。

 これが大会で優勝するレベルの選手の戦いなのだろうか!?


「2人とも……凄い、ね」

「ああ」


 目の前での出来事に高梨さんと俺は呆然とするのであった。



 その後も川崎の攻撃を中心に両者一歩も引かず高いレベルの攻防を繰り広げる。


 練習試合前に川崎から聞いた話だが、剣道の試合は4分間の内、先に2本取った方が勝ちとなるらしい。

 時間内に1本しか取れなかった場合はその1本を取った選手が勝ちとなるのだが、現在両者共に1本も取っていない。


「このまま延長戦になりそうだね」


 高梨さんの言葉に俺は頷いた。

 そのとき、思わぬ所から声がかかった。


「いや、一見互角に見えるが試合開始から終始川崎がリードしているよ」


 声がした方を振り返ると、うちの剣道部顧問の小島だった。

近くにはいたが俺らの声聞こえてたんですね。


 高梨さんは首をひねり小島先生に質問をする。


「え? そうなんですか!? どっちも凄くて接戦に見えるのに」

「確かに相手の真壁くんもいい動きはしている。でもよく見ていると、真壁くんは川崎の攻撃をしのいでいることがほとんどで自分の攻撃ペースには持ち込めていないのが分かるよ」


 なるほど。

素人の俺らが見ている感じだと、どちらも引けを取らない接戦に見えるが、小島先生には違って見えているようだ。


 そして小島先生は少し考え込むような表情を見せてこう呟く。


「それに……ちょっと真壁くんの動きの遅さには疑問だな」


 え? …………真壁が遅いだって!?


「前回試合で見たときよりも私はどうも動きがぎこちなく見えるんだよ。大会で見たときの彼はもっと積極的に攻めてくるプレースタイルだったが、今日は守りに入っているんだよ。一瞬でも油断すると軽く1本取られるほど攻撃的だったからね」


 俺らの驚いた顔を見て小島先生は、大会の時の試合を見ていない俺らにも分かるよう説明してくれた。


 俺からすると今目の前での試合でも十分真壁は速く見えるのだが、大会の時はもっと凄かったらしい。


 その違いに外から見ている小島先生が思うくらいだ。実際に戦っている川崎には前回の真壁とのギャップはどのように感じているのだろう。



 その後の試合展開を見ていると小島先生に言われたからなのだろうか、川崎がリードしているように見えてきた。

最初から展開はほぼ同じなのに不思議なもんだ。


 残り時間が1分を切った頃だろう。

あまりの2人の速さに今まで目で追うのが精一杯だったが、少し動きが鈍ってきたように感じる。

流石にあのハイペースでずっと動き続けるのは無理なのだろう。特に比較的守りに徹していた場面が多かった真壁はふらつき始めたように見える。


 ここからは1つ1つの動きが重要になってくる。先にミスをした方が敗けだ。


 試合をしてる本人は当然お互い疲れてきたことを把握しているのであろう。試合序盤とは違ってお互いスキを見せないよう相手の出方を伺って距離を取っている。


 そうこうしている内に残り時間もあと30秒ほどだ。


 このまま決着はつかず延長戦になるのだろうかと思っていたその時。

 突然試合展開が大きく変わるのだった。


 急に真壁がよろける。

そしてなんと、何もないところで大きく足を滑らせ転んでしまったのだ!


 川崎はそんな状況にも動じず起き上がろうとした隙だらけの真壁の小手に、素早く竹刀を振り下ろしとどめを刺した。



 あんなに凄い試合をしていたのにつまづいて転んでしまうなんてもったいない。足元を見ていなかったので確信は出来ないが、おそらく足が絡まってしまったのだろう。


 ただ、まだ試合は終わっていない。僅かだがあと数秒ほど時間が残ってはいる。

ほぼ試合は決まったようなものだが、川崎は全く油断したような素振りは見せず指定の位置まで戻りどっしりと構えている。

おそらく動揺しているであろう真壁は顔を下げたまま重い足取りで戻る。


 残り時間はあと5秒。

 両者が構えた所を確認した審判が「はじめっ!」っと声を上げ──




 ────ドサッ!!────




 気づいたときには川崎が倒れていた。







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