第12話 謎の男子生徒A 橋下 涼

 薄々気づいてはいたことだが、武道場に真壁は帰って来てはおらず、また保健室に戻って来る様子も確認出来なかった。


 3人で保健室前で立ち尽くす。

 さて、これからどうしよう。


「かべっちどこ行ったんだろう……」

「蘭ちゃん! どこか真壁くんが行きそうな所ってある?」


 明らかに落ち込んでいる市ヶ谷さんをなんとか元気付けようと高梨さんは明るく問いかける。


「行きそうな所かぁー……かべっちって寄り道とかせずすぐにお家に帰る子だから──」


 そこで市ヶ谷さんは突然何かを思い出す。


「りょーちんに聞けば良いかも!!」

「りょーちんって…………誰?」

「りょーちんはりょーちんだよぉ?」


 市ヶ谷さんは、どうしたの? とでも言いそうな雰囲気で目をパチパチとまばたきさせている。


 そのりょーちんって奴と俺らは当然友達じゃないんだから、あだ名で言われても分からないでしょ……。


「そのりょーちんって奴の名前を教えてくれ!」

「あぁー!そういうことね! 橋下 りょうくんのことだよぉー」


 橋下はしもと りょう

 涼って名前だからりょーちんなのね。

 ほんとこの子は人をオリジナルのあだ名で呼ぶのが好きだな。


「で、そいつは何者なんだ?」

「へ? かべっちの親友だよ! 多分かべっちのことなら1番よく知ってる! りょーちんはよくかべっちと一緒に帰ってるから! もしかしたらりょーちんの所にかべっちいるかも」


 真壁の親友であり、よく一緒に帰っているという橋下 涼という名の生徒。


 それならそいつを探して話を聞いてみるべきだな。現状真壁はどこに行ったのか全く情報がないし、もし真壁と一緒にいなくてもそいつからなら真壁の行きそうな所や家を教えてもらえばいい。


「じゃあその橋下くんに話を聞きたいんだけど、橋下くんはどこにいるのか分かる? 休みの日でも学校に来るような部活とかやってる人なのかな?」


 高梨さんの問いに市ヶ谷さんは難しそうな顔をして少しトーンを下げ呟く。


「えっと……部活はやってないです。でも! この時間なら多分図書室で勉強してると思うのぉー!」


 何故か突然敬語になったこと。それとという市ヶ谷さんの言葉がどうも俺は気になった。


「OK! じゃあ私達は図書室に行ってみるね♪ 蘭ちゃんはもう1度武道場に戻って、顧問の先生とかに今のことを伝えるのよろしくね!」

「うん。本当にありがとう。全然関係ないのにかべっち探すの手伝ってくれて」


 すると市ヶ谷さんは改まって姿勢を正し、突然頭を下げ俺らにお願いをしてくる。


「お願い! かべっちを!!」

……? それってどういう──」


 高梨さんの疑問に市ヶ谷さんは答えず、すぐに武道場に向かって走って行ってしまった。


「蘭ちゃん。真壁くんが行方不明になって焦ってるだけなのかもしれないけど、ちょっと変だったよね」


高梨さんも違和感を感じたようだ。


 市ヶ谷さんの言うの理由が分からない。真壁がいなくなったのはそんなに不味いことなのだろうか?


 俺らは知らない何か事情があるのかもしれない。


 その事情をこのまま知らずに首を突っ込むことに、俺はどこか嫌な予感を感じる。


 とはいえ、ここまで来てやっぱり探すのは無理だと言うのも無責任だし、とりあえず図書室に向かうことにした。




 俺と高梨さんは図書室の前まで来て再び2人で困ったように顔を見合わせる。


 本日2度目のどうやって入って行ったらいいのだ?


 他校の生徒がかってに図書室に入って行っていいのだろうか?

 いや、そもそも校内に入ること自体不味いんだよな。


 既に無断で校内に入るのは2度目ということもあり、少し罪悪感が薄れてきている。


慣れって怖いね。


「あのー高梨さん……」

「どうしたんだいはやてくん! 図書室に入らないのかなぁー?」

「その顔今同じこと考えてるよな」


 ふざけてる場合じゃない。

 市ヶ谷さんにあんなお願いのされ方をしたのだ。悠長にこの場で立ち止まっている訳にはいかないのだ。



 …………仕方ないな。

 俺は気が進まないが図書室へと歩を進めることにした。

 図書室のドアを少し引いた所で、高梨さんが肩をトントンと叩いてくる。


「堂々と入っていく作戦!? 颯くんにしては大胆だね」

「だってこのまま立ち尽くしていても仕方ないだろ。入ったあとは高梨さんのコミュ力に任せる」

「何だって? 私に丸投げする気!? 無責任だぁー!!」


高梨さんが中にも聞こえるボリュームで叫ぶ。


案の定、中を見ると視線がほぼこちらに向いていた。高梨さんこういう時声大きいんだよ……。


 自分でも声の大きさに自覚したのであろう。注目されていることに気づき俺にだけ聞こえる大きさで呟く。


「ちょっと声大きかったね♪」

「何で嬉しそうなの? どうするんだよこの状況っ!」

「私にいい考えがある。いっそのことこの状況を利用しちゃおう!」


 そう言って高梨さんは図書室の中へと入っていき、周りに聞こえる大きさで「橋下 涼くんって人いますかー!」と声を上げた。


 部屋の中はシーンとする。

 駄目だ……今すぐにこの場から走って立ち去りたい。


俺はシーンとした空気に耐えられず、図書室から離れようとすると、部屋の隅でなにやら話し出すグループが現れる。

そしてその中から1人の男子生徒がキョロキョロと周りを気にしながらそそくさと近づいてきた。


 その男子生徒を見て俺は気づく。

 あいつ……さっき3ー1の教室前で高梨さんとぶつかった男子生徒Aじゃないか!?

もしかしてあいつが橋下 涼なのか?


 男子生徒Aは俺らの目の前まで来て「ここだとみんなに注目されるし外で話さない?」と提案して来たので、それに従い図書室からちょっと離れた階段付近に3人で移動した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る