第11話 川崎の仮説

「どういう、ことだよ……?」


 川崎が放ったという言葉に俺は驚愕する。


 俺以上に驚いた高梨さんは声を上げる。


「二重人格!? それってど──」

「声でかいっ!」


 高梨さんは思わず周りから注目されるほどの大きな声を上げたので、川崎が反射的に高梨さんの額にデコピンをした。


 俺は気になり周りを見渡すと、今の高梨さんの声に反応し、ほとんどの人がこちらを向いていた。


 声が大きすぎるよ高梨さん……。

 話の内容的にあまり周りに聞かれるのは不味い。幸い、視線がこちらに向けられたのは一瞬であったので助かった。


「イテッ……ごめん」

「聖恵驚きすぎだって! まあ驚くようなこと言ったのは俺だけどさ」

「川崎。なぜそう思ったんだ?」


 驚いていても話は進まない。

 なので俺は、なぜそういう結論に至ったのかを聞くことにした。


「これは俺の勝手な妄想くらいに思ってくれ。たとえば通常時の真壁をAとする。真壁にはそのAとは違う、試合になると出てくる人格Bが存在していると俺は思うんだ」


「普段は温厚で優しそうな性格の真壁だが、試合になるとそのBの人格に変わるってことか?」


「まあそういうことだ。とはいえ、AとBの人格が試合になると明確に入れ替わるわけじゃない。試合中しきりにAとBが入れ替わってるんじゃないかと俺は思う。そして試合中にぶつぶつ何かを呟いているのは、あれはAとBが対話してるんじゃないかと思うんだ。外から見てたはやて達には気づかなかったと思うが、今日もしきりに何か呟いてたぜ」


 そういえば真壁は試合中何かをぶつぶつ呟いていると川崎は言っていたが、川崎曰く今日も何か呟いていたようだ。

 これは外から見ている俺らには気づかないことだ。


「真壁くんはどんなこと呟いてたの?」

「小さい声で聞き取れなかったから詳しい内容は分からないが、! とか! って言ってるのは分かった」


 川崎の言う二重人格説が正しいとすれば、真壁は試合中に別の人格が現れることを認識しており、その人格が出てくることを抑え込もうとしていることが、呟いている内容から推測できる。


「あともう1つ」


 川崎は人差し指を立てて、俺らの注目をもう1度集め直す。


「最後の突きで俺が1本取られたときのことなんだけどさ、俺は倒れ込んだときに一瞬だけ真壁のことを見たんだがあいつ……


 笑っていた?


「防具を付けていたとはいえ間違いない。 あのときの真壁の笑みには正直俺、大きな恐怖を感じた」


 川崎はその場面を思いだしたのか、口角は上がっているものの、表情は固く苦笑いを浮かべているのが分かった。




 それからしばらくして、両校の顧問の話し合いにより、今回の練習試合はこれで終了ということになった。


 剣道部員達は活動後の整理体操を行うことになり、その間俺と高梨さんは保健室に様子を見に行くことにした。



 再び雪ノ丘高校の校舎の中を歩きながら高梨さんは呟く。


「真壁くんは話を聞ける状態じゃないかもしれないけど、ちょっと気になるでしょ?」

「まあ気になるけど、保健室に押し掛けるのはどうかと思うんだけどな」

「そう言いながらも付いてきてるじゃん!」


 さっきも同じようなことがあったが、高梨さんのことだ。俺が行くことを拒否しても、どうせ1人でも行くのだから付いていく方がいい。


 保健室の場所は当然分からないので、途中ですれ違った生徒に場所を聞いた。

 そのおかげでスムーズに保健室までたどり着けたのは良かったのだが、部屋の前まで来て2人で困ったように顔を見合わせる。


 どうやって入って行ったらいいのだ?


 普通なら様子を見に来ました! とでも言って中に入ればいいのだが、俺らは他校の制服を着た言わば部外者。雪ノ丘高校の生徒や剣道部員が真壁の様子を見に来たのとは事情が違うのだ。


はやてくんどうしよう……?」

「まさか提案した高梨さんが何も案が無いとは思わなかったよ」


 すると高梨さんは少し頬を膨らませ、ばつが悪そうに斜め下を向く。


「だって真壁くんのことが気になったんだもん」


 はいはい。 気になったのは仕方ないけど、それなら中に入るための理由くらいは考えておいてくれよな。


「そうだ! 雪ノ丘高校の人に真壁を見に行くように頼まれたって言うのは?」

「それちょっと無理あるんじゃないの?」

「うーん。でもそれくらいしか思いつかない」



 そんなことを考えていると突然勢いよく保健室のドアが開いた。


 そして中から出てきた人物を見てより一層俺は驚くことになった。中からは出てきたのは市ヶ谷さんだったのだ。


 市ヶ谷さんは勢いよく出てきたので、ドアの近くにいた俺にぶつかりそうになる。


「ふにゃっと!? ご、ごめんなさい! …………あれ? 今朝武道場まで案内した賑やかな皆さんの2人だぁー!」


 

 俺らのことをそんなふうに捉えていたのか!? どう考えても1番賑やかなのはあんたでしょ!


 ……なんて突っ込もうとしたが止めよう。

 この子の発言にいちいち突っ込んでいると話が全く進まなくなるのだった。


「蘭ちゃんそんなに慌ててどうしたの!?」


 勢いよく保健室から飛び出してきた理由を聞いたところ、市ヶ谷さんは思い出したかのようにハッとする。


「あっ、そうだったぁー! かべっちがいなくなってたのぉー!!」


 真壁がいなくなった?


「保健室にかべっちを連れてきたあと私が見てたんだけど、ちょっと席を外している間に……」


 明らかに落ち込んでいる様子の市ヶ谷さんの肩に高梨さんは手を置き、慰めるかのように提案をする。


「真壁くんただ元気になって武道場に戻っただけかもしれないよ? 一緒に武道場に戻ってみよ!」


 正直期待は薄いが高梨さんが言うように武道場に戻っただけかもしれない。

 または、ただトイレに行っただけという理由も考えられる。その場合真壁はすぐにこの保健室に帰ってくるだろう。


「高梨さんと市ヶ谷さんで武道場見てきてよ。俺はもしかしたら保健室に帰ってくるかもしれない真壁を待ってみるから」

「うんそうしよっか! じゃあよろしくね」


 高梨さんに連れられ市ヶ谷さんは武道場へ走って戻っていった。


 走り初めてすぐ、市ヶ谷さんはこちらに振り向き止まった。

 そして「ありがと」とだけ言って再び2人で走っていくのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る