第16話 僕なんかよりもずっと

 辺りはシーンとする。

 なん……なんだ? 今の橋下の動きは!?


 橋下は俺の予想をはるかに越える素早い動きを見せ、あの真壁に膝をつかせたのだ。


「橋下くん。……そんなに強かったの?」


 高梨さんもきっと橋下が真壁の攻撃を受け流し、一本を取るような実力があったことは想像していなかったのであろう。

 戸惑っていることが分かる。


 橋下はそんな高梨さんの方へ向き、何でもないかのように静かに呟く。


「僕は剣道部員だったから」


 橋下は剣道をやっていたのか!?


 今まで橋下と話をしていてそういうことは一切言わなかった。

 おそらく隠していたのであろう。


 あのとき市ヶ谷さんが「は部活はやってない」と言っていた理由が分かったような気がする。


 橋下はさっき市ヶ谷さんのことは、真壁が親しいから間接的に知っていると言っていたが、それも嘘のようだ。


 後で色々と事情を聞きたい所だな。



 それにしてもあの真壁から1本を取るとは、川崎と同等くらいの実力であることは間違いない。


 ふと気付くと橋下はこちらの方へ向かって歩いてきており、視線を下げたまま呟く。


「ただ、僕はそんなに強くない。僕なんかよりも真壁の方がずっと強くて──」


 真壁が急に起き上がる。

 それを見て橋下は再び竹刀を構えて真壁の方を向き直した。


「やってくれるじゃねぇーか! ……次は油断しねぇ」

「待て真壁っ!! 僕の一本でもう試合は終わったはずだ!」

「試合? 何言ってんだよ!? お前何か勘違いしてんじゃねぇーか? 俺はをするとは言ってねぇー! っつったんだよー! 遊びに一本だとかそんなルールねぇーんだよぉーー!!!」


 真壁は荒々しい声で叫んだ後、橋下に再び襲いかかった。


 力いっぱい振るわれた真壁の竹刀を橋下はなんとか受け流そうとするが、真壁の力に及ばず橋下は真横に吹き飛ばされてしまった。


「ドスッ!」


 橋下が壁にぶつかる鈍い音が部屋中に響く。


 あの一撃を食らったというのに、真壁は何事もなかったかのように笑いながら橋下の方を見ている。



 やはり無理だ!!

 いくら剣道経験者だったとはいえ、あの真壁が相手では敵わない。

 ここは逃げた方がいい。


 俺は橋下を外へ連れ出すため橋下の元へ向かおうとすると、真壁がこちらの動きに気づき「邪魔するな!」と声を発してきた。


 しかし俺はそれを無視する。

 無視をしたまま走り続けていると、突然が物凄い速さで目の前を横切り、俺は驚いてその場で立ち止まってしまう。


 横切って行った方を見ると、コンクリートの壁にめり込んで突き刺さった竹刀が確認できた。


 咄嗟とっさに飛んできた方を見ると、真壁が俺を睨み付け立ち尽くしていた。

 真壁の手元に先ほどまであった竹刀が消えていたことで、今起こったことの状況を理解し思わず冷や汗をかく。


 そして真壁が一言。


「次邪魔しようとしたら串刺しにするぞ」

「いや……その──」

「僕は大丈夫だから君たちは逃げて……」


 倒れていた橋下が起き上がって言った。


 どこが大丈夫なんだ!?

 今ので真壁のデタラメな強さが十分分かっただろ? 大丈夫なんかじゃない!


 その言葉に真壁は不気味な笑みを浮かべながら、投げた竹刀を拾いにこちらへ歩いてくる。


「橋下もこう言ってるんだ! お前ら邪魔だからどっか行ってくれよ? ……なっ!!」


 真壁は俺を目掛けて竹刀投げたので、竹刀を拾いに来るということは、当然俺の方へ向かってくることになる。


 一歩一歩近づいてくる真壁を見て俺は、無意識に距離を取っていた。


 その様子を見ていた真壁はより一層笑う。


「フハハッ! 何ビビってんだよ? 俺がそんなに怖ぇーか?」


 真壁の言葉に俺は何も答えることが出来ない。今にも恐怖から逃げ出したいくらいだ。



 こんな腰抜けの俺に何が出来るんだ……?



 真壁がコンクリートの壁に刺さっていた竹刀を抜き取り、ゆっくりと橋下の方へ歩いていく。橋下は床に落としていた竹刀を拾って、いつ真壁が襲いかかってきてもいいように構える。


 構えた所を確認した真壁は橋下の方へ向かって走って行った。

 真壁の振るう竹刀を橋下は必死に受け止める。


 少しでも気を抜くと橋下はやられてしまうだろう。所謂いわゆる橋下の防戦一方だ。


 …………やはり俺には何も出来ないのか。

 

 ここで橋下がやられるのをただ見ていることしか出来ないのか?



 何も出来ない自分の無力さに歯を食い縛ることしか出来ずにいると、ふいに頭をペタペタとはたかれた。



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