第15話 2人の覚悟

「真壁が言うには、自分から力を放棄することを宣言すれば手に入れた力は消えて無くなるらしい。本当はもっと早く放棄しておけば良かったんだ」


 橋下は真壁を力ずくでも止めて力を放棄させるつもりらしい。


 とはいえ、1度手に入れた力をそう簡単に手放すことが果たして出来るのだろうか?


 俺と高梨さんは、その力を使っている真壁が目にも見えぬ速さで川崎を倒した所を見ている。しかもあれは力をコントロールするために少量しか使っていない状態であるとするならば、暴走している真壁は想像できないレベルの力を持っていると考えられる。


 そんな真壁を相手に俺らじゃ正直どうすることも出来ないのは明確だ。

 橋下はそのことをちゃんと理解しているのだろうか?


「橋下。力を使っている状態の真壁を見たことあるのか?」


 俺は橋下に自分がしようとしていることの無謀さを認識しているのか探るべく質問をした。


 橋下はこちらを向き淡々と答える。


「うん。 当然あるよ。そのとき真壁を止めようとした僕は腕を骨折したかな……」


 骨折なんて大したこと無いとでも言うように言い方だ。


 それに高梨さんが驚き橋下の腕を掴んで、今にも中へ入っていこうとするのを制止させた。


「骨折って……!? 橋下くん! 私達だけじゃ危険だと思う! 私達3人で行っても─」

「そんなこと言ってられる場合じゃないんだ! 一刻も早く止めないと! 最悪真壁は、意思を持たない破壊だけを繰り返す化け物になってしまうかもしれないんだよっ!!」


 橋下の言うことは分かる。

 だけど3人で行くのはやはり無謀だ。



 確か真壁は、ある本を開いて力を手に入れたんだよな?


 もし仮に3人で真壁を止めに行くとするならば、せめて先にその本を調べてからの方がいい。



 俺がそう思う理由として──



「ドンッ!! 」


 突然目の前の廃墟の中から物音がした。

 それは何か物を壁にぶつけたような音だ。


「真壁っ!!!」


 橋下は廃墟の中に向かって叫んだ後、こちらに振り返り「僕だけでも行くから!」と、一言だけ言って高梨さんの手を振り払い中へ入って行っていってしまった。


 1人で行くのは相当危険だ。


 橋下はおそらく冷静さを失ってしまっているのだろう。

 あの様子だと真壁を止めるために、最悪自分の命を落としても構わないくらいに思っている。


 真壁よりもまず橋下を助けないと。


「……仕方ない。俺も行ってくる」


 俺は橋下を連れ戻すために中へ入って行こうとすると高梨さんに止められた。


はやてくんまで行く気? 私……正直怖いよ」


 高梨さんの言うことはよく分かる。

 俺も中に入って行くのが危険なことは当然分かっている。


「橋下を連れてすぐ引き返してくる。だから高梨さんは待ってて」

「それなら私も行く!!」

「でも……中はおそらく相当危険だし、高梨さんを連れていく訳にはいかない」

「颯くん1人で橋下くんを連れて帰ってこようとする方が危険だよ!!」


 そう言われても…………俺は



「私。決めたから」



 高梨さんの瞳から伝わってくる覚悟を見た俺は何も反論出来ず、付いてくることを拒否するのを止めた。


「分かった。俺も覚悟は出来たから行こう」


 果たして中で何が待ち受けているのか?

 俺は不安な気持ちと、なぜかワクワクする気持ちを胸に進んでいった。






 廃墟の中は学校の教室よりも一回りほど大きいワンルームとなっており、家具などの物は一切無く空っぽで殺風景な空間が広がっていた。


 奥の方へ視線を写していくと、部屋の端に竹刀が転がっていることに気づく。


 さっき外で聞こえた物音は、この竹刀を壁にぶつけた音だったのだろうか?


 そして、部屋の奥では橋下と真壁が対面していた。


「真壁っ!! 意識はあるか!?」

「涼か。…………


 真壁は橋下に向かって確かに丁度良いと呟いた。丁度良いって何の話だ?


「俺は今……」


 真壁は肩を震わせながらこちらに一歩ずつ進んで来る。


 明らかに様子がおかしい……。


 そんな真壁を見て橋下は一歩後ろへ下がり様子を伺う。


「俺は丁度今。 相手になる奴が欲しかったんだー!! はしもとぉーー!!!」


 部屋全体に響くような声を上げた真壁は、落ちている竹刀を拾い手に持つと、橋下にそれを投げつけた。


 橋下は咄嗟とっさにその竹刀を受け止める。


 そして気づいたときには真壁はもう1本竹刀をどこからか拾ってきており、橋下目掛けて突っ込んで来ていたのだ。


 橋下は真壁を素早くかわす。


 橋下がかわしたことで、前から突っ込んで来た真壁と俺が対面することになる。


 2人の間に1mほど距離はあるものの、真壁から感じる独特な雰囲気から俺は思わず尻餅をついて転んでしまった。


 そんな俺を見て真壁は一言。


「お前誰? 今から橋下とから邪魔」


 俺は真壁から発せられた言葉に困惑していると、それを覆いかぶすように橋下は叫び声を上げた。


「遊ぶだと……? お前何言ってるんだ!? まさか完全に自我が乗っ取られたのか!?」

「乗っ取られた? 何言ってんだよ橋下? 俺はいつも通りだぜ! さあそれ持ってかかってこいよー!!」


 真壁は左手で橋下にこっちに来いよと手招きしている。彼の満面な笑顔がより違和感を感じさせ、正常の真壁では無いのは明らかだ。


「クソッ!! 目を覚ませ真壁っ! やはりその力は放棄した方が良かったんだ」

「んだよ……白けさせんなよ橋下。こねぇーなら俺から行くぞ」


 そう言うと真壁は、片手で竹刀を振り回しながら橋下目掛けて走ってきた。


「……やるしかないな」


 橋下は小さく呟くと真壁から投げ渡された竹刀を構える。

 暴走しているとでも言える真壁を真っ向から迎え撃つつもりだ。


「橋下くん! 危険だって!!」


 俺の隣に来ていた高梨さんが叫ぶ。


 県大会レベルのあの川崎でも倒された相手なんだぞ!? 剣道素人の橋下が敵うはずがない!


 しかもお互い防具を着けていない状態だ。

 生身の体で竹刀を打ち合うなんてとても危険な行為である。


 しかし、止めようにも真壁は橋下の側まで既に来ており、気づいた時には橋下に思いっきり振り回していた竹刀を振り下ろした所だった。


 橋下は真壁が竹刀を振り下ろしてきた瞬間に左斜め前に一歩進んでいて、持っていた竹刀で真壁の竹刀を右に反らし、よろけた真壁の頭目掛けて素早く叩いた。


 橋下の一撃を食らった真壁は「グウッ!」とうめきながら頭を押さえてその場で膝をついた。


 なんと……あの真壁から橋下は一本取ったのだ!?



「君の敗けだ。真壁」


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