第13話 市ヶ谷ちゃんに頼まれたから
「ビックリしたよ。 突然図書室前が騒がしいと思ったらさっき話をした人達で、しかも僕の名前を呼ぶんだから」
俺達の方も違う意味でビックリした。
市ヶ谷さんの言う真壁の親友である橋下っていうのは、まさかさっき真壁について話を聞いていた人だったとはね。
「そういえば何で僕の名前知ってるの? さっき僕名前言って無いはずだけど……」
橋下は明らかに警戒している。
何か俺らこの橋下に警戒されるようなことばかりやっているよな。
何も悪気は無いんだけど申し訳ない。
「蘭ちゃんに教えてもらって来たんだよ! 剣道部マネージャーの市ヶ谷 蘭って言う子なんだけど……」
そこで橋下は唖然とした顔をする。
「え? 市ヶ谷さん!? 君たちどういう繋がり?」
「今朝市ヶ谷さんに、武道場の場所を案内してもらったんだよ」
「そうか……」
「その様子だと蘭ちゃんのことは知ってるんだよね?」
高梨さんが一応確認をする。
市ヶ谷さんのことだから、もしかしたら彼女が一方的に知っているだけの可能性もあると 、図書室に来る途中2人で考えていたので、説明する手間が発生しなくて良かった。
「ま、まあ。真壁と市ヶ谷さんは仲が良いから、間接的に僕も関わりがあるって感じかな」
「それで、今度は何の用なのかな?」
そろそろ本題に入ろうとしていたのでちょうどいい。
高梨さんと俺は、今までの経緯を簡潔に橋下に伝えた。その話をしていくうちにだんだんと橋下の顔が青ざめていく。
「あいつ倒れたのか!??」
「……うん。 それで保健室に蘭ちゃん達が連れていったんだけど、気づいたときにはいなくなってて──」
高梨さんが事情を説明している所で橋下は、特に遮ったりはせず独り言を呟く。
「不味いかもしれない……あいつまた……まさか……出来なく……」
高梨さんの声にかき消され何を言っているのか上手く聞き取れない。
しかし何か言っていたことは高梨さんも気づいたのであろう。橋下に問いかける。
「ん? 今何か言った?」
その問いかけに橋下はハッとして手を横に振り「い、いや……何も無い」と、ただ答えた。
今の反応絶対何かあるよな?
橋下は再びこちらに目線を戻し申し訳なさそうに答える。
「真壁の様子を見てくる。ちょっと不味いかもしれないんだ」
俺達の返答を待つこともなく走り出していってしまいそうなので、俺は橋下の前に手を出して止める。
「ちょっと待てよ! まだ話は終わってない!」
俺が制止したことに橋下は戸惑いを見せる。
そして橋下……ではなく高梨さんが俺に向かって口を挟んできた。
「
高梨さんの言葉に俺はハッとした。
つい焦っていたからか語気が強くなってしまったかもしれない。
そこは反省する。
でも、何も言わずに立ち去ろうとした橋下にも問題あるだろ。
橋下は俺らのやり取りを見ているうちに冷静になったのであろうか? この場を去ろうとした説明をしてくれる。
「何も事情を説明せずに行こうとしたのは申し訳ない。でも今は急がないといけない緊急事態かもしれないんだ。市ヶ谷さんからどこまで事情を聞いたのか知らないけど、これ以上は君達を巻き込む訳にはいかない」
「巻き込む訳にはいかないって言われても──」
高梨さんの言葉を遮り橋下は声を上げる。
「これは僕達の問題なんだ!!」
橋下はそのまま続けて俺達に疑問をぶつけてくる。
「それに君達は何故関わろうとする? 正直関係ない赤の他人の話だろ!?」
橋下が言うように確かに俺達には関係のないことだ。
他人には知られたくない事情があるのかもしれない。それなのにずかずかと踏み込んでいく俺達は、おそらく橋下にとって邪魔者でしかない。
でも俺達は、市ヶ谷さんに頼まれたんだ。
やれることはやってあげたい!
橋下の疑問に俺は答える。
「市ヶ谷さんに」
「蘭ちゃんに」
俺と高梨さんの声がハモった。
横を向くと高梨さんと目が合う。
それと同時に高梨さんは俺の背中をぽんっと叩いた。
続きは俺が言えってことだよな。
「俺達。市ヶ谷ちゃんに頼まれたから!」
想定していなかったのか、真壁は動揺して固まっている。
……そして何故か高梨さんは笑っている。
何故笑う!?
俺、何かおかしなこといったか?
橋下は考え込むように視線を下げ時計をちらっと見る。次に顔を上げたときには何か決心がついたのだろうか、真剣な眼差しで俺を見て答える。
「結構不味い状態かもしれないんだ。どうなるか分からないよ? それでもいいなら付いてくることにこれ以上否定はしない」
それだけ言って橋下は走り出したので、俺達はその後を付いて行った。
「さっき何で笑ってたの?」
走っている途中。
気になったことを高梨さんに聞いてみた。
「だってさ、颯くん蘭ちゃんのこと市ヶ谷さんって読んでたのにさっき市ヶ谷ちゃんになってたんだもん。絶対私につられたでしょ?」
そんなことは……ない!
ちゃんと、市ヶ谷さんって言った
俺は何も答えず走るスピードを上げた。
目的地まで走るには距離があるらしくバスで行くことになった。
バスが来るのを待っている間に俺は、川崎に今の状況をLIMEで軽く伝えた。
その川崎からは「了解! 顧問には俺から伝えておくわ! 俺もちょっと話したいやつがこの学校にいるからそいつと話してからそっちに向かう」というような返事と「気をつけろよ。俺の二重人格説が当たっているとしたら、人格Bの方は何してくるか分からない奴だったから」という反応が返ってきた。
しばらくしてバスが到着する。
そのバスに乗り込んだところで、橋下に真壁のことを色々と聞いてみることにした。
「今真壁はどういう状態なんだ?」
「…………」
俺の質問に橋下は何か言いたそうだが黙っている。
ここまで来たんだ。
秘密にしておきたい事情までは聞かないが、最低限真壁が今どういう状態で、どう緊急事態なのかだけは教えてほしい。
ここで俺は川崎が言っていたことを思い出す。
──あいつ 二重人格だと思う──
川崎のこの予想が当たっているのかどうかは分からないが、真壁の身は何かしら異常があることは想像できる。
「黙ってても仕方ないよな」
口を開かず下を向いていた橋下が顔を上げ呟いた。
橋下が話してくれるのを待っていると、橋下がようやく重い口を開いてくれた。
「ここまで来てもらって何も言わない訳にはいかないもんね。僕が知っていることは出来る限り話すよ。えっと、まず何から話せばいいのかな……」
そう言ってまた黙ってしまいそうなところで真ん中に座っている高梨さんがシュッと手を上げた。
「私達が質問するから、それに答える形式はどうかな♪」
高梨さんのテンションに少し戸惑いを見せるも、むしろその空気がありがたかったのか、頬を緩ませる。
「うん。じゃあそれでお願いしようかな」
「よし! えーと……じゃあまず私達は今これどこに向かってるの?」
あーそういえばそれ聞いてなかった。
橋下に促されバスに乗り込んだものの、どこに向かっているのかさっぱり分からない。
「今向かっているのは真壁と剣道の練習で使っているある廃墟だよ」
「廃墟……?」
「うん。真壁が見つけてきた場所なんだ。 あいつ
橋下はそう言って悲しみを含んだ表情で微笑む。
「今そこに向かっているってことは、その廃墟に真壁はいる可能性が高いってことだよな?」
「そうだね。きっとあそこだと思う。用があるのはあそこだろうから」
「用があるって……どういう?」
おそらく真壁の秘密に迫る可能性がある質問だったのであろう。
橋下の緩んでいた表情が再び強ばる。
「今から言うことは信じられないかもしれないけど、確かに現実に起こっていることなんだ。覚悟はいいかな?」
現実では信じられないこと。
それは川崎の予想通りのことなのだろうか?
はたまたまったく別の現象か。
当然覚悟は出来ている。
俺と高梨さんは視線を合わせ頷く。
それを確認した橋下は静かに語りだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます