第23話 僕と真壁と、そして川崎
試合開始早々、僕はしばらく竹刀を振ってなかったということもあり、真壁の勢いに押される。
久しぶりに真壁と竹刀を交えたが、真壁はあの頃とスタイルが全く変わらない。試合開始からとにかく攻めまくって、相手が戸惑っているうちに倒すのが彼のスタイルだった。
約1カ月ぶりの剣道。
ちゃんと動けるか少し不安だったが、長年やってきたことからか、体が覚えていた。
当然毎日練習していた時よりは動きが鈍くなっていたが、これだけ動ければ真壁を相手にするのは十分だろう。
真壁は最近練習をしているらしいが、その動きなら今の僕でも全く負ける気がしない。
しばらくして僕は、真壁が一瞬気を抜いた隙を狙い素早く面を打つ動きをして、寸前で止めた。
真壁は寸止めされた竹刀の剣先をじっと見つめ、諦めたような仕草を見せる。
「俺の負けか……」
諦めの表情を浮かべていた真壁を見て、僕は竹刀をそっと下ろす。
「クソッ! やっぱ橋下は強いな。……俺が負けたから、橋下は剣道を──」
僕は真壁の言葉を遮る。
「そうだ! 僕が勝った場合のことは決めてなかったよな」
「……そうだけど? 何かあるのか」
真壁が警戒するような仕草を見せ、俺の返答を待つ。
真壁と対戦して僕は思った。
思ったというより明確になったという方が正しいかもしれない。
僕はまだ剣道がやりたい!!
「真壁! 僕の願いはただ1つ。僕とまた一緒に剣道をやろう」
床に座っていた真壁は、下を向き物憂げな表情を浮かべ僕の話を聞いていた。
話を終えた僕はそんな表情を浮かべていた真壁に語りかける。
「僕を剣道の道に戻してくれたのは真壁だった。だから今度は僕が君を剣道の道に戻してやる。僕とまた一緒に剣道をやろう」
ずっと下を向いていた真壁が顔を上げ口を開く。
「そうか…………。何かバカらしくなってきたな」
そう言って真壁は、手に持っていた竹刀を投げ飛ばした。
そして次の瞬間。
今まで見せていた速さとは比べ物にならない速さで《僕の首》を鷲掴みにしたのだ。
「グゥ……!? 真壁!?」
「あーあバカらしい。 何が剣道の道に戻してやるだよ!? もう俺は戻れねぇーんだよ!!!」
真壁のもう戻れないという言葉に僕は、真壁が考えていたことがやっと見えてきた。
まだ戻れるだろ!
いや、まだとかそういうことはなくて、戻ろうという思いがあればきっと戻れるはずなんだ! それを教えてくれたのはお前だろ!!
僕の中の思いをぶつけようとするも、首を掴まれていて声が出せない。
思いを伝えられないもどかしさが僕の中で渦巻いている。
そしてもどかしさだけではなく、息が出来ないことで息苦しくもなってきた。
僕は……僕はこのまま真壁に首を絞められて殺されるのか……
急に恐怖が込み上げてくる。
必死に真壁の顔を引っ掻いたり殴ったりした。しかし真壁は締め付ける力をより一層強めるだけだった。
次第に意識が遠のいていく。
これで……終わるのか……。
……そのとき
真壁目掛けて誰かが突っ込んでくるのが目に入った。
その瞬間僕は床に打ち付けられる。
そして必死に息をした。
助かったのか……?
意識がはっきりしてきて顔を上げた。
そこには僕が1度挫折したきっかけであり、底無しの強さにどこか憧れを抱いた奴が立っていたのだ。
「思ってたよりもヤバそうな雰囲気だな真壁」
「何でここに!? 味美高校の川崎……だよな?」
僕の目の前に突如現れた川崎は、僕の方を振り向きさらっと答える。
「おう! 久しぶりだな橋下」
「ぼ、僕のことを知ってる!?」
「はぁ? 知ってるも何も、何度か大会で対戦したことあるだろ! 覚えてないのか?」
川崎の言葉に僕は軽く衝撃を受けた。
あの大会の1回戦で戦って以来、何度か彼と試合をする機会があったのだが、毎回僕は完敗していた。
僕からすれば憧れの対象である川崎だが、彼からすれば特に意識せずに勝てる相手であり、眼中にないと思っていたからだ。
「そういや、こうやって話すのは初めてだったな! お前結構強い奴だなと前から思ってたぜ!」
まさか!? 僕のことを強いと思っていただと!?
対戦するたびに彼は僕以上の成長を毎回見せて、今まで全くと言っていいほど張り合えなかったはずなのに……
「なのによ! 最近大会で見ないし、今日も練習試合で見当たらなかったから気になって──」
「お前は……さっきの奴だな」
川崎の方に気を取られていた僕は、真壁が立ち上がってこちらの方を睨み付けていたことに気づいた。
「ああ、さっきの奴だぜ! 俺ともう1度勝負しろ!!」
そう言って川崎は背負っていた竹刀を出して構える。
「待ってくれ川崎!! 今の真壁は何をしてくるか僕にも分からないんだ! 最悪殺しにかかってくるかもしれないんだぞ!!」
「勝負か……橋下とやっててもつまらなくなってた所だ! いいじゃねぇーか! よろうぜ!!!」
真壁は先ほど投げ飛ばした竹刀を拾い上げ、川崎に向かって走り出した。
川崎はその真壁の動きを読んでいたのか、ひらりとかわして容赦なく竹刀を振り下ろした。
「さっきよりも速いけど、やっぱ隙だらけだな」
「……すごい」
真壁よりは遅い川崎であったが、真壁の動きをまるで数手先読んでから動く川崎に、僕はただただ呆然と呟くことしか出来ない。
川崎の面を防具なしで食らった真壁はその場に
「今のうちに逃げよう! 真壁はきっと油断してただけで、これ以上やりあうのは危険だ!!」
僕は川崎の腕を掴み逃げるように促す。
しかし川崎は僕の手を振り払い、何故か僕に竹刀を向けてきた。
「お前それ本気で言ってのか?」
「え……?」
「お前コイツとは友達なんだよな?」
川崎が何を言いたいのか分からない……。
「友達を見捨てるのか?」
そういうことか。
言いたいことは分かったが、今目の前にいるのは我を失って暴走している化け物だ。
「友達が助けを求めているのを見捨てるのかって言ってんだよ!!」
「助けを……求めてる? しかも今目の前にいるのは──」
「真壁の目を見ろよ!!」
僕は川崎の言葉にハッとした。
そして言われるがままに真壁の方を向く。
真壁はその場に
「俺にはコイツが助けを求めているようにしか見えないが、お前にはそう見えてないのか?」
僕は今この危険な場所から一刻も早く離れることしか頭になかった。
いつの間にか自分が逃げることだけを考え、真壁のことを見ていなかったと気づかされたのだ。
「そうだな……。僕の目の前にいるのはただ暴走をし続ける化け物でもなんでもなくて、僕の親友の真壁だ」
「だろ! ……お前も竹刀を持てよ。コイツ助けを求めてるくせに、手荒にいかないと話を聞いてくれそうにないぜ!」
川崎に促され僕はもう1度竹刀を構えた。
「川崎は何で僕の友達を助けるのを手伝ってくれるんだ?」
友達を見捨てるのを止めてくれたのは助かった。でもこれ以上川崎に手伝ってもらうわけには……と言っている状況ではないのだが疑問に思ったのだ。
「お前話聞いてたのか? 友達が命懸けで助けようとしてるのに、それを見捨てわけにはいかないだろ!」
「それって僕と川崎は友達ってことか!?」
「そうだよ。俺はお前のことを友達だと勝手に思ってるが何か悪いか?」
何も悪くことはない。
そういうことじゃないんだ!
だってまともに話をしたのは今が初めてだぞ?
「それに俺にもプライドはあるんだ。同じ相手に3度も負けてられないから!」
思っていたよりも川崎って面白い奴なんだな。僕はもっと雲の上の存在のように感じていたが、今は対等に肩を並べられているように感じる。
いや、頑張って肩を並べていたい!
このとき僕は川崎という頼もしい奴が友達になったのだ。
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