第22話 剣道を失った真壁の答え
真壁にそう言われて何も答えられなかった。
僕は…………部活を、そして剣道を辞めた真壁を避けるように学校生活を送っていたのだ。故に辞めた後の真壁を全く知らない。
黙っていた僕の気持ちを察したのか、真壁から質問の問いに答えてくれる。
「知らないよな。逃げた奴のことなんて興味なかっただろうし」
「いや、そんなつもりじゃ──」
「いいよ弁解しなくても。別に怒ってる訳じゃないからさ」
「…………ごめん」
僕には謝ることしか出来ない。
本当は真壁が辞めると行った時に、僕は引き留めれば良かったのかもしれないと、ずっと後悔していたのだ。
ただ、時間が経つにつれてだんだん部活に戻ってきてくれとは言いづらくなり、次第に真壁を避けるようになってしまった。
「橋下に相談することもなく勝手に辞めたのは俺なんだから、橋下が謝る必要はない」
そう言って真壁は頭を下げる。
真壁が謝ることはない!
頭を上げてくれ。
「話を戻すけど、俺が部活を辞めてどうなったのか話すよ」
「……うん。分かった」
部活を辞めて真壁の中でおそらく何か思ったことがあったのであろう。そんな真壁の話を僕はしっかり聞くべきなのだろう。
わざわざ呼び出したくらいのことだから。
「辞めた直後は相当気持ちが楽になったんだ。今まで悩んでいた悩みが解消されたんだから当然だよな。でも楽になったのは最初のうちだけだったんだよ」
真壁が昔を思い出すように語っていく。
「次第に暇な時間にも飽きてきたんだ。剣道以外で好きなことって言ったらゲームくらいだし、暇になったからと言って勉強する気もなかった」
真壁の話す内容が、まるで今の自分の話のように聞こえた。
僕も暇な時間を持て余している状態だ。
やはり今まで活動していた時間がぽっかり空き時間になってしまうと、何をすればいいのか分からなくなるのは僕だけじゃなかったんだな。
「時間が出来て新しい趣味も見つけたけど、どこか物足りなくて満たされない日々が続くだけなんだ。1度辞めると戻りにくくなる。だから辞めるならよく考えてからの方がいい……」
「それで……その真壁は今どうしているんだ?」
真壁が言いたいことは今ちょうど自分も体験しているのでよく分かる。
なので僕は、その状態になってしまっている今の状況を打開したくて真壁からの結論を急ぐ。
僕の問いに真壁は、より一層真剣な顔つきで答える。
「剣道をもう1回やり直すことにした」
「……じゃあ昨日のは──」
「うん。剣道の練習だよ」
真壁が再び剣道の道に戻って来てくれたことに僕は胸がいっぱいになった。
真壁が剣道を辞めたとき、今までの僕と真壁の関係や今まで2人で培ってきた経験のようなものがすべて消えてなくなってしまったと思っていた。
しかしそれが今、
「それに橋下は俺以上に剣道に打ち込んでいて、剣道のことばっか考えていて、そして剣道が好きだろ」
真壁が僕のことをそう思ってくれていたことにも感動した。
それと同時に僕は、真壁のことを忘れようだなんて思っていたことの申し訳なさがより一層強くなった。
本当に申し訳ない。
今後どうするのか。
よく考えた方が良いこと、確かに僕に伝わったよ。
「だから俺と剣道で勝負しろ」
……へ? …………勝負!?
突然の真壁の勝負宣言に僕は頭が真っ白になる。
どういう話の流れだ!?
「何で勝負になるんだよ!? 真壁?」
「だって橋下剣道辞めるんだろ! 俺は橋下に剣道を辞めて欲しくない!! だから約束してくれ、俺が勝ったら剣道を続けろ!」
真壁の奴。
何か勘違いしてるんじゃないか。
「いや、僕はまだ辞めるとは……それに勝ったら剣道続けろとか意味分かんないんだけど!」
「なんだよ橋下! 俺に勝てる自信がないのか?」
いやいや、そんな分かりやすい挑発には僕乗らないよ真壁……。
でも、ちょうどいいかもしれない。
僕は今久しぶりにある感情が芽生えた。
真壁と剣道をやりたい。
わざと真壁の挑発に乗って勝負するのも悪くないと思ったのだ。
「分かった勝負するよ。先に1本取った方の勝ちでいいよな」
「うん。竹刀はこれを使え」
真壁はそう言って、部屋の端に数本立ててあった竹刀から1本掴み僕に渡してきた。
「そういえば、その竹刀どうしたんだよ?」
竹刀が数本立ててあったことから僕は疑問に思った。
なぜなら1人で練習するくらいならそんなに本数はいらないはずだ。
「これは……戸塚先生から貰ったんだ」
戸塚先生。
それはうちの剣道部の顧問だ。
「俺が剣道をまたやりたいと思ったときに、俺部活を辞めたとき自分の竹刀を高校に置きっぱなしだったことに気づいたんだ。戸塚先生は俺が部活を辞めた後も度々声をかけてくれていたから、先生に会ったとき剣道をまたやりたいことを伝えたんだ。そしたら先生は、それならこれを使いなさいって言って竹刀を数本くれたんだ」
その戸塚先生は続けてこう言う。
「また私達の元で剣道をやりたいと思ったらいつでも来なさい。私達はあなたを歓迎します」
そんなことがあったのか。
確かに戸塚先生は僕ら部員のことをよく見ていてくれる先生だと認識していたが、部活を辞めた真壁と未だに親交があったのは初耳だ。
──また私達の元で剣道をやりたいと思ったらいつでも来なさい。私達はあなたを歓迎します──
これは僕が部活を休むときにも言ってくれた言葉だ。
「話はこれくらいにしてやろうぜ橋下!」
「そうだな。最近どれくらい練習をしてるのか知らないけど、僕手加減はしないから覚悟しろよ」
「当然だろ! 手加減なんてされても困る」
そして僕と真壁は向かい合い、竹刀を交えるのであった。
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