第18話 『願望の書』

「この中に橋下くんが言ってた本があるんだよね」

「そうだろうね」


 現在俺と高梨さんは2人で隣の建物に来た所だ。


 立て付けが悪くなっていた扉を力任せでおもいっきり開き中へ入っていく。


 中は教室の半分くらいの広さで、中央にそこそこ大きなテーブルとイスが1つある他に、本やコピー用紙などの紙類が床に散乱している。

 また部屋の奥には本棚がいくつか並んでおり、本がびっしり並べられていた。


 パッと見では橋下が言っていた本は見当たらない。どうやらあの本棚の中から1冊の本を探さないといけないようだ。


 俺はてっきりそれっぽい本が1冊「ポンッ」と置いてあるのだろうと思っていたので、少々面倒なことになりそうだ。


 高梨さんが付いて来てくれて良かったかもしれない。



「なんで廃墟にこんなに本あるんだろうね……?」

「さあ? 昔ここは図書館だったとかそういうことじゃない?」


 今はここが昔何だったのかは置いておいて本を探さないと。


「確か橋下は真っ黒いカバーに覆われている数学のチャートのような太さの本だと言ってたよな? まずはそれっぽい本を片っ端からそっちのテーブルの上にでも集めようか」

「分かった! 私左側の本棚から見ていくね」




 2人で手分けして探した結果、それっぽい本は2、3冊ほど見つけたのだが、どれも探していた本ではなく見つからなかった。


「どういうことだ!? 無いじゃねぇーかよ!」

「うーん……。橋下くん確かにこの建物にあるって言ってたんだけどね」


 高梨さんはテーブルにもたれ掛かるように座り、テーブルの上に積んである本を適当に1冊取る。


「この部屋本棚以外の所にも本がたくさんあるよね」

「でも、パッと見では真っ黒な表紙の本はなかったよ」


 本棚を探し終えた後俺は床に落ちている本やテーブルに置いてあった本も軽く目を通したが、黒い表紙の本は1冊も無かったのだ。


「そうなんだよねー」


 高梨さんはもう1冊適当に本を取った。

 中を見るため適当に赤い色のブックカバーを取ると、青色の表紙の本が出てきて目についた。


「青色の本だー……」

 見たまんまの感想を述べる高梨さん。


 それをなんとなく見ていた俺は気づく。

 これってもしや……?


 高梨さんに視線を合わせると、同じように何か気がついたのか彼女と視線が合う。


「「ブックカバー!」」


 声がハモった。


 そういうことか! 橋下はたしかに表紙は黒色だと言っていたが、その上に違う色のカバーが付けられている場合も考えられる。


 とはいえ、もしそうなら橋下の奴ちょっと不親切過ぎないか?

 緊迫していた状況で言い忘れていたのかもしれないが──


「あった! 表紙が黒い本!!」


 え!? いや、早すぎだろ!?


 どうやら高梨さんはテーブルの上に積んであった本の中から、それらしき本を見つけたようだ。


 それは橋下が言っていたように、真っ黒な表紙でどこか独特な雰囲気を感じる本であった。


「………………」


 高梨さんは本をまじまじと見ながら固まったと思いきや、スッと顔を上げて口を開く。


「今更何だけど、はやてくんこの本を知ってるんだよね……?」

「知ってるというよりは、知ってる本かもしれないって言った方が正しいのかな」

「颯くんってオカルトだっけ? 確かそう言うの好きだったのよね? これってもしかしてそういう類いの物ってことなの?」



 高梨さんは俺がオカルト好きなことを何故知っているんだろう?

 言った記憶無いんだけどな…………。



 まあいいや。 知ってるのなら話は早い。


 俺は、目の前にある本のことについて誤解を与えないよう慎重に言葉を選び説明していく。


「この本がもし俺の知っている本だとすると『願望の書』っていうなんだ」

「ま……? まどうしょ?? 何々!? 何それ!!」


 高梨さんは魔導書という言葉を聞き嬉しそうにはしゃいでいる。

 もしや高梨さんこういうの興味ある感じ!?


 高梨さんとは仲良くなれそうだ。


「その『願望の書』って本のことについて颯くんが知ってること教えて!」


 俺がこの『願望の書』について語り出すと軽く数時間は過ぎてしまう。

 とはいえ、高梨さんに全く説明しないわけにもいかないのでここは簡潔に説明しよう。


 この教え過ぎるのは良くないことを俺は知っているので、本当に最小限の説明だけしよう。



 …………最悪の場合も想定して。



「この魔導書は俺のようなオカルト好きには比較的有名な魔導書なんだ。まさか現実に存在しているとはこれっぽっちも思っていなかったけど……。さっき橋下が読めない言語で書かれていたと言っていたけど、この魔導書の原本はラテン語で書かれているから、読めなかったんだと思う。これが原本なのかどうかは分からないんだけどね」


 ちょっと回りくどい言い方になっているような気がするが、ここは丁寧にいきたいので仕方ない。


 高梨さんは相づちを打ちながら真剣に話を聞いてくれる。

 同じ趣味の人以外でこんなに真面目に話を聞いてくれる人は初めてだったのでちょっと嬉しい。


「真壁はこの本を開いたときに不思議な体験をしたと橋下が言っていたけど、おそらく真壁はんだと思う」

「魔導書に選ばれた!? 本が人を選ぶの……!? どういうこと??」


 魔導書側が読み手を選ぶ所がこの『願望の書』の大きな特徴でもある。

 ここが面白いポイントだ。


「詳しい説明は省けど、この『願望の書』には人を選び、そしてその選んだ人に呪文などを授ける力があるんだ」

「呪文!? じゃあ真壁くんのあの力は」

「そう。おそらくこの魔導書から得た力だ。真壁はきっと自分に魔術的な力を付与する呪文でも得たんだろうね」

「それじゃあ、真壁くんはこの『願望の書』に選ばれたってこと?」

「そうだろうね。ちなみにこの魔導書。人を選ぶときにある条件が2つあるんだ」

「条件? ……その条件は?」

「1つ目は魔導書の名称の由来でもある、強いを持った人間であること」


 きっと真壁は何か強く望んでいたことがあるはずなのだが、それはいったい何だったのだろうか?


 橋下の話では2人にとって因縁のある相手がいて、そいつにリベンジをどうとか言っていたな。


 得た力を使ってそいつを負かしてやりたいというのが、真壁が強く望んでいたことなのだろうか?

 魔導書に選ばれるほど真壁が強くリベンジを望んでいたそいつとは、どのような因縁があったのかが気になる所だ。


「あともう1つは?」


 高梨さんが催促するようにもう1つの条件について聞いてきたので俺は正直に答える。


「分からない」






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