第26話 最狂の剣士 黒田 颯
気が付くと視界には知っている顔が2つ。
それは高梨さんと川崎の顔だった……。
「颯くん!! 聞こえる!??」
高梨さんは俺の肩を揺すりながら叫ぶ。
どうやら俺はまた気を失っていたらしい。
「あ……うん。多分大丈夫」
「多分って何だよ? まあ、ちゃんと反応は出来ているし良さそうだな」
川崎はほっとしたように微笑んでいる。
「秀くんめっちゃ
「いや、それ言うなよ! それに俺泣いてねぇーし」
そうなのか?
それほど俺を心配してくれていたとは。
つくづく俺は今回の件で川崎の印象が急上昇している。
まあ元から印象が低かったわけではない。
ただ、俺のような奴と関わるタイプじゃないと勝手に思っていたのだ。
「だってよ! 颯、真壁の頭を掴んだかと思えば、急に気を失って倒れたんだぜ! しかもさっきまでお前何か
特に何か夢を見ていたようなことはない。
そうか。
俺は真壁の頭掴んで気を失っ……真壁は?
真壁はどうなった!??
俺は体を起こして辺りを見回す。
少し離れた所で気を失って倒れている真壁と、その真壁を座って見守っている橋下の姿を見つけた。
「真壁は、気を失っているのか……?」
俺の声に真壁を見下ろしていた橋下が反応して顔を上げる。
「うん。まだ反応がない」
「それって……俺が……」
「颯! 急に動くな! 真壁は息もしてるし大丈夫だ」
俺は無意識に立ち上がろうとしていたようで、それを川崎に止められた。
そんなに必死に俺を止めようとしなくてもいいのに。
川崎の反応が少し大袈裟に感じる。
そんなに俺のことが心配なのか?
「それにまだ安静にしてろよ。もうすぐで救急車が来るから」
え? 救急車が来るだと!?
「さっき私が呼んだの! 2人共気を失って倒れたから──」
外から微かに救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
川崎が立ち上がり建物の外へと走っていく。そのサイレンの音はだんだん近づいて来るのが分かる。
しばらくして川崎と数名の救急隊員が建物の中へ入って来た。
「あの2人です!!」
川崎は俺と真壁を指差す。
「俺はもう大丈夫だよ。体調も問題ないし──」
「颯くん大丈夫じゃない!! さっきも言ったけど、急に倒れてずっと何かに
俺を責めるように声を上げていた高梨は、そこまで言うと何故か急に黙ってしまう。
「それにって……何?」
俺は黙ってしまった高梨に問いかけるも、彼女はこちらから視線を逸らしてしまう。
俺は再び高梨さんに問いかけるが、彼女は下を向いてただただ
「川崎!」
高梨が反応してくれないので俺は川崎に問いかける。
「2人共さっきから俺のことを──」
「なんだよ黒田。もう救急車は来たから安心しろよ! な!」
安心とかそういうことじゃ……
なぜだろうか?
さっきから2人の態度が不自然に思えてくる。
そう。なぜか俺は2人に……
避けられているように感じる。
結局俺は高梨さんの「それに」から続く言葉を聞けず、川崎ともまともに会話をすることも出来ずに救急車に乗ることになり、この場を後にした。
後日聞いたら話では、真壁は無事に目を覚ましたようだ。
ただ、力が体に与えた影響は大きく、しばらくはまともに自分で体を動かせないらしい。
最狂の剣士現象からしばらく経った。
俺はあの出来事以来、何故か無性に何かを得たい願望が強くなった。 他人が持っているものを欲しがり、手に入れようとするのだ。
流石に人のものを盗み取ることはまだない。
しかし、いつ人のものを奪い取ってしまうか自分でも分からないのだ。
そんな欲望が俺の中のどこかで渦巻いている。
少し考えて思ったことがある。
俺は『願望の書』から得た力を勘違いしていたのかもしれない。
おそらく俺が得たのは、力を封印するものではなく力を奪うものであったのだ。
『願望の書』から得たのが本当に力を奪うものであるならば、今俺の中にはあの真壁を暴走させていた力が眠っているはずだ。
俺の中で渦巻く他人が持っているものを欲しがるのも、力の影響なのだろうか?
分からない。
俺の中で眠るこの力。
念じれば扱えるようになるのだろうか?
そんなことを考えていると、念じてみたい欲望に駆られる。
俺のことだ。
1度力を欲したら戻れなくなりそうなのは分かっている。
分かってはいる……分かってはいたんだ。
俺は間違っているのかもしれない。
俺は臆病だ。
止めることが出来なかった。
止められなかった理由。
それはこれを望んでいた自分がいたから。
俺は思う。
やはり間違っているのかもしれない。
間違っているのならやり直せばいいのだ。
しかし自分では止められず、誰かが止めてくれるのを待っている自分がいる。
故に俺は臆病だ。
こうして最狂の剣士が生まれたのだ。
最狂の剣士 巽 彼方 @kolo11
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