第51話 迷子

荷物を部屋に置き早速、二階にある上官の部屋へ向かった。重々しい木の扉は冷たかった。


「失礼します、山本賢治只今帰還致しました。突然ですが上官殿にお話があります」


「おう山本、待っていたぞ。急にどうしたんだ?」


「俺を特攻隊員にしてください」


「すまんが、それはできない」


ひと時のまもなく即答だった。俺は思いの丈を全て上官に話そうと思った。


「もうこの基地に残っている飛行機は少なく、燃料も底をつきかけています。こんな状態じゃ爆撃機を撃ち落とすために自由に飛ぶこともできません。それならいっそ、特攻させて下さい。大丈夫です、私なら必ずや敵空母を撃沈させてみます」


「それでもいかんのだ。本土決戦に備えて貴様を死なせるわけにはいかん。貴様の気持ちは十分理解している。頼むから辛抱してくれんか」


「本土決戦など起こるはずがありません」


「どういう意味だ?」


「それまでに日本は敗れます」


「なら、なぜ貴様は特攻するんだ?敗れるというのなら無駄死にだとは思はないのか?」


「無駄死にかもしれません。しかし、これしかできないのです。私は特攻することが戦後の日本の為になると考えています」


少し沈黙が続いた。


「今の話は聞かなかったことにする。本来なら非国民として牢屋行きだぞ。今日は部屋へ戻れ」


「ありがとうございます」


全身に汗を感じながら部屋へ戻ると治郎に声をかけられた。


「どうした赤い顔して」


「ああ、」


さっきの事を全て話した。


「上官が佐藤少佐でよかったな」


佐藤少佐は他の上官達とは違い現実を見ている人だ。きっと俺の言い分もあながち的外れではないはずだ。


「最近暑くなったよな」


他愛もない会話を二人でしていた。


梅雨が明け季節は夏へと向かっていた。今日は1945年6月某日、沖縄軍守備隊牛島満陸軍大将が自決した。沖縄戦では多くの民間人が亡くなった。あんな小さな島でさえこの被害だ。もし本土決戦が起きれば大変な事だ。空襲など比ではないほどの民間人が死ぬ。


沖縄を失った日本はますます敵の脅威に晒されるだろう。もう敗戦も近い。もって一年、いや、数ヶ月。


俺は本当に死ぬ意味があるのだろうか。日本の為とは言ったが、無駄死にではない保証はどこにもない。


決意したはずだが、自分自身がわからなくなっていた。









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