第54話 許可
戦闘が終わり基地へ戻ると俺と治郎は上官室へ呼ばれた。
「山本、只今参りました」
部屋を見渡すと上官全員が揃っていて驚いたと同時に、なんとなく理解した。
「山本よ、貴様は特攻隊員に志願していたよな」
「はい、常々そう申しておりました」
「ならその願い叶えてやる。来週の作戦に参加してもらうぞ。確かお前もだったよな」
上官達は治郎の方へ視線を向ける。
「はい、私も志願しておりました。これほどの光栄ありがたく頂戴いたします」
「待て、すまんがどちらか一人だけだ」
一瞬沈黙が生まれた。
「私達二人ではいけないのですか?」
「ああ、一人だけだ。解答は明後日まで待つ」
俺達は部屋を出た。階段から見える外の景色は何色でもなかった。無言のまま幾ばくか経過した。
「前も話したが俺が行く。治郎には行かせんからな」
一方的にそう言い放ち外へ出た。夏に入る前のジメジメとした不快な感覚、べたつく肌に生きた心地を味わっていると涙が頬をかすめた。誰にも見られぬようすぐさま手拭で拭き取り目に何か入ったふりをした。
すまない、晴子さん、赤子よ……
約束は守れそうにない。
晴子さんのお腹が膨らんでいたことも本心では気づいていたのかもしれない。しかし、それを受け止めることが怖かった。きっと見て見ぬふりをしていたのだろう。晴子さんから告げられた時に感じた情けなさは気付けなかった情けなさではなく、この情けなさだったはずだ。
来週までの命となった俺は一人黄昏ていた。
先に飛び立った者もこんな感情だったのだろうか。様々な感情が混ざり合い上手く言葉に表せない。無気力ではないが、かったるい。心の中は暑くもなく寒くもない。
「こんな所でなにしてるのですか」
痩せこけてはいるが信頼のできる整備兵の石川が立っていた。服はくたびれ、寝てないのだろうか酷い隈ができていた。いつも俺の機体を任せているかわいい後輩でもある。
「俺、来週いくわ」
彼はこの一言で全てを理解した。
「山本さんの機体万全に整備させていただきます」
「ありがとうな」
そういうと彼は小走りで格納庫へ向かった。
腕に止まった蚊を眺めている。いつもならすぐさまはたき落とすが何故かそれができない。ただ、なにもせずじっと眺めている。
俺はおかしくなったのだろうか。
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