第55話 知覧へ

あれから治郎は何も話しかけてこない。お互いがお互いを避けている。俺としては心から次郎には生きていてほしい。彼の夢を絶対に叶えてほしい。夢を叶えることが未来の日本のためにもなる。だからこそ、、


「私が特攻隊員として国の為に奉公して参ります」


「わかった。それなら明日、貴様が知覧へ向けて飛び立て。休暇を与えて最後の時を家族や愛する者と過ごさせてやりたいがすまない、この状況だ。貴様を故郷へ帰すことはできない」


「了解しました。お気持ち感謝致します」


「代わりと言ってはなんだが、家族には俺から知らせておく。知覧で会えるよう何とかするつもりだ」


「私ごときにそのような計らい結構でございます」


「いや、俺がただそうしたいからだ。俺の勝手な行動なんだ、気にするでない」


「ありがとうございます」


佐藤少佐には感謝しても、し尽くせれない。


俺は先人達が飛び立った知覧から出撃することとなった。基地の皆に挨拶を済ませ、身支度の整理を始めたが、荷物は少なくすぐに終わった。


手持ち無沙汰になった俺は紙と鉛筆を部下に貰い手紙を書くことにした。おそらく人生最後の手紙になるだろう。家族へ、そして晴子さんへ向けて。


元々、文才は全くと言ってなかった俺が文学家にでもなったのか如く、スラスラと言葉が出てくる。それもそうか、短い人生だったとはいえ、何十年も生きた。人生をたった数行で表せるはずなどない。


気がつくと何枚も書いていた。本当は思いの丈を全て書き表したかったが、検閲があるためそうはいかなかった。


手紙を封筒に入れ、郵便係に渡した。


部屋へ戻りうたた寝をするつもりだったのだが、目が覚めると朝だった。これほどぐっすりと眠ったのはいつ以来だったかわからないほどだ。


昨日に別れの挨拶は済ませていたが、皆が見送りに来てくれた。男ながら涙を堪えることは出来ず抱き合い、人の温かみを大いに感じた。


そして治郎とも笑顔で別れることができた。


「山本賢治、知覧へ向けて飛び立ちます。本当にお世話になりました」


コックピットへ乗り込む際、翼の上で大声で叫んだ。滑走路の傍で日本国旗が振られている。


俺は一人知覧へ向けて飛び立った。

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