第52話 蝉

澄み渡る高い空に蝉の泣き声が鳴り響く。虫取り網と籠を持ち山へ出かけては友と数を競い合ったものだ。負けず嫌いの友は数で負けるといつも大きさで競ってきた。


今から思うと地上での寿命はわずか数日と短いのにかわいそうなことをしたものだ。長い間地上に篭り続け、晴れて外の世界へ出てきたのに子供の虫取りの遊び相手にさせられる。元気に泣けば泣くほど注目を浴び狙われる。それに高い場所よりも低い所なら尚更だ。


なんだか戦闘機乗りの俺と似ているな……


敵艦隊や敵基地攻撃の際、命中精度をあげようと思えば敵との距離が縮まる低空を飛ぶのが一番だ。地上から見れば低空を飛ぶ戦闘機のエンジン音は大きく危険な存在であり、真っ先に狙う対象になる。


蝉と似ているというのなら、俺の人生も短くていいのではないか?いや、俺の人生は短くはなかったはずだ。決して華やかな華族のような生活ではなかったが、時には厳しく、時には温かな愛情を受けて育った幼少期。親の愛を知らず、その日暮らしで生きてきた者も多いご時世。なんと幸福な時を過ごしたものか。


それに好きな勉強をする為にアメリカへも行かせてもらえた。アジア人差別がある中、決して差別する事なく息子のように接してくれたバーのマスター。あのアクセサリーは一生の宝だ。


帰国後には晴子さんとお付き合いし、結婚までしてくれた。それに子供も授かった。予定ではあと二ヶ月で生まれる、早く会いたい。会って抱きしめたい。愛情全てで包み込み、俺が受けてきた以上に与えたい。どうか幸せに生きて欲しい。


人生を振り返ると、なんといい人生だったか。もし今日死ぬとしたら心残りは未来に対するものだけだろう。過去に一切そんなものはない。これだけの人生を過ごしてきてあってたまるものか。


俺は幸せ者だ、ありがとう


手で届くほどの高さにいた蝉を手で捕まえて空に放った。彼は元気よく鳴き空高く飛び立っていった。

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