第27話 不謹慎

不謹慎だが幸いなことに、俺たちの街は空襲を受けなかった。先程まで轟音が鳴り響いていた空は今では静けさに包まれている。嵐の前の静けさというより、嵐の後の静けさだ。


街は夜だというのに防空壕から出てきた人達で溢れかえっていた。道行く人の顔は安堵に包まれていたが暗かった。戦況の悪化に伴い今後は、このような景色が日常になってしまうのだろうか?いや、きっと日常になる。今回はこの街に被害は無かったが、次はわからない。


「さっきはすまんかったのお」


背中を叩かれ振り向くとあの時の老人がいた。


「いえいえ、仕方がないことです。皆様ご無事で何よりです。どうぞお構いなく」


「ありがとう」


老人は曲がった腰で深々とお辞儀をして去っていった。


「あの飛行機はどこへ向かったのでしょうか?」


「おそらく、北にある軍需工場だと思われます」


「そうですか。工場がやられてしまっては戦を続けられないですね」


「はい……」


晴子さんの家へ向かって歩いていた。なぜだか周りが騒がしく、憲兵の人達も険しい顔で俺の横を駆け抜けていった。


軒先きで立ち話しているおばさん達の話が耳に入ってきた。


おばさん達によると、どうやら近所の山に敵爆撃機が墜落したらしい。俺が草の隙間から見た中の一機だ。確かに、山上を眺めるとオレンジ色に光っている。爆弾を積んでいたせいか激しく燃えていた。まるで、山上から噴火しているようだ。


あの爆撃機の搭乗員におそらく生存者はいないだろう。しかし、憲兵達は歩兵小銃を手に取り山へ向かっている。


ー後日談だが意外なことに、生存者が三名いたらしい。おそらく優秀なパイロットだったのだろう。火が吹く機内で苦痛の中、墜落の衝撃を上手く抑え、山上のわずかな平地に操縦桿を滑らした。第一発見者の老人は頭を打ち抜かれ即死、その息子は足を撃たれたが一命を取り留めた。憲兵達が駆けつけ銃撃戦になり、敵は全滅し憲兵が一名殉職したー


晴子さんの家に着いた。


俺は家財の入った箱を元の位置に戻し、晴子さんは二階に上がった。


「大事な物は一箇所に固めるよう、父に言っておこうかしら」


「その方がいいですね。今後はますます空襲が増えそうですし」


「早く戦争、終わってほしいものですね」


「はい。平和な日常が一番です」


「そうですよね。さて、夜も遅いので布団敷きますね。そこに座っていてください」


「いえ、俺も手伝います」


タンスの奥から布団を取り出し、畳の上に並べた。


晴子さんとの初夜を迎えようとしていた。

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