第26話 サイレン
「えっ?」
俺達はサイレンの音を聞き呆気にとられていた。軍需工場や日本軍基地がないのも相まって、この辺りはまだ一度も空襲を受けていない。そもそも民間人しか住んでいない地域を空襲する必要などあるのだろうか?それとも上空を通過するだけで済むのか?不謹慎だが、後者でいてくれ。
「賢治さん、早く逃げましょう」
晴子さんの声で我に返った。どうしてだろうか、普段戦場に出ている俺よりも、晴子さんの方が冷静だった。
「一番近い防空壕に向かいましょう」
晴子さんはいかにも高そうな箱をタンスの奥から取り出した。聞いてみると家財が入っているらしい。
「俺がそれを持ちます。晴子さんは他に大切なものを持っていってください」
「ありがとうございます」
晴子さんは駆け足で階段を駆け上がり、パンパンに膨らんだ風呂敷を背中に抱えて降りてきた。両手には小包も持っている。
「さあ、行きましょう」
街はパニック状態だ。子供は大声で泣き、母親が必死に手を引っ張っている。皆が生きるために必死だった。
街を駆け抜けてようやく、一番近い防空壕が見えた。
最悪だ
中を見ると入るスペースが無かった。膝の上にも人が座っているほどだ。そして熱気がこもっており、蒸し風呂のようだった。
「すまんな……」
一番手前にいる老人が寂しい瞳で俺達に謝った。
「せめて一人だけでも入れてください」
俺は懇願した。せめて晴子さんだけでも……
「すまん、すまん……」
老人はやりきれない思いでいっぱいだっただろう。奥にいる人達も口々に謝っていた。
俺は中の人に軽くお辞儀をして晴子さんの手を引っ張った。遠くから飛行機のエンジン音が聴こえてきた。感覚的に後、数分で上空に到達するだろう。
「一番近い所まで何分かかりますか?」
「最低でも十分はかかります」
ダメだ、間に合わない
俺は頭の中で必死に考えた。目立たず、空襲をする必要がない場所を。どこか、どこか。
あっ、そうだ
「河原の茂みに隠れましょう」
幸いに河原はすぐそこだ。そして、手入れされていない為、草が生い茂っている。ここならなんとかやり過ごせるかもしれない。
エンジン音が空一面に鳴り響いており、友軍機とも交戦状態に入っていた。航続可能距離の問題で敵編隊に護衛戦闘機は付いていなかった。そのため、爆撃機とは違い機動力の高い戦闘機で迎撃する日本の方が有利だ。日本の戦闘機が空で暴れまわり、敵爆撃機が数機火を吹いていた。
俺は草の隙間から、流れ星のように赤く燃える炎を眺めていた。あの炎の中はどれほどの苦痛だろうか?敵兵とはいえ、異国で苦痛に満ち、死んでいくであろう彼らが気の毒に思えた。
俺は震える晴子さんの手を強く握りしめていた。
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