第22話 帰省
俺は故郷に帰ってきた。あの日、この街を旅立って以来一度も帰ってこなかった俺は懐かしい街の匂いに心が潤っていた。
激戦地では血みどろな戦いが繰り広げられていたが、この街は未だに戦争を感じさせない。もちろん、生活用品には困っていたが、敵の攻撃を直接受けていない街は当時のままのような気がした。
「ただいま」
アメリカ留学から帰ってきた時と同じように、隣の家まで聞こえるほどの大きさで言った。二人の足音が奥の居間から聞こえ、だんだんと近づいてきた。
「よう帰ってきたの。無事で何よりじゃ」
「よかった、よかった」
父と母は涙をこぼしながら俺の帰省を喜んでいた。俺は二人を抱きしめ、もう一度ただいまと言った。
「いつ戻るんじゃ?」
「数日後には戻ります」
「そうかあ。ゆっくりくつろいでいけよ」
「はい。ありがとうございます」
父はそういうと足早に家を出た。母は俺の服を洗濯してくれている。
俺は畳の上に寝転がり目を瞑った。畳が放つ独特の匂いと肌触りを感じ安心感に包まれていた。
早く晴子さんにも会いたい
しかし、昼間は忙しくしてるのを知っている。
よし、夜に会いに行こう
俺はそう決めると、母の洗濯を手伝いに行った。
「お父さんずっと心配してたわよ。いつもお参りに出かけては賢治の無事を祈っとったんよ」
母は洗濯板に服を擦りながら言った。
「ご利益のおかげで無事に生き残れてるのかもしれへんなあ。それに、最近は整備班に回されたから戦場へ出ることはないで。だから、お母さん心配せんといてな」
俺は少しでも母の不安を取り除きたくて、嘘をつき強がってみせた。
本当は毎日空で戦っている。来る日も来る日も生と死の狭間で揺れ動いている。一歩違えば死んでいただろうという経験を何度もした。だから、次の出撃で死んでもなんら不思議ではない。俺の命は時代に支配されている。
「整備士だったら安心できるわね」
母の表情は明るくなり、俺は安心した。洗濯を済ませると休むことなく家の掃除をした。
「せっかく帰ってきたのだから、掃除なんかしなくてもいいのに。ゆっくり休んどきよ」
母はそういうが、俺は掃除をしたかった。きっと、どんな些細で小さなことでも親孝行をしときたかったのだろう。
そう長くない命なんだから……
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