第31話 対照的

「もう肩が上がりません。おじいちゃんは大丈夫ですか?」


「ワシは全然平気じゃ、若いのに本当情けないのう。よしっ、飯食うてからもう一回行くか?」


「いえいえ、もう結構ですよ」


「あっ、はっはっ」


内心、安心したという顔でおじいちゃんは笑った。


「はーい、お待ちどうさま」


台所からお皿を抱えたおばあちゃんが出てきた。先程から部屋中に懐かしくいい匂いが充満している。


「美味しそうですね」


おばあちゃんの料理はとても美味しい。そして、どことなく父が作る味と似ている。


「賢ちゃん魚好きだろ?いっぱいお食べ」


お皿に魚が山盛りになっていた。これだけの量を見たのは久しぶりだ。あの晴子さんですら一匹しか持っていなかったのに、ここには山ほどある。


「なんでこんなにもあるんですか?」


不思議そうな顔で二人は俺を見る。


「ご近所さんに譲ってもらったのよ。そんなに驚くほどの量じゃないでしょう?」


「大阪の大金持ちの人ですら、一匹しか持っていなかったのにこの村はすごいですね。大阪ではもう、これだけの量はお目にかかれません」


俺は驚きを隠せなかったが、腹一杯魚を食べれることに嬉しさも込み上げてきた。


「大阪の方はご飯に困っとるんか?」


二人はまだ信じられないという様相だった。おじいちゃんが不思議そうな目で問う。


「配給が少なく、近所の子友達はいつも不満を言ってます。ふくよかだった知り合いの多くが今では細くなってしまいました」


「そうなんかあ……

こっちはご飯に困ることはないのお。なあ、ばあちゃん」


「そうですねえ、欲しい物は手に入るし困ることはないですね。それに、海も近いし山も近いし、最悪狩りに行けばなんとかなりますしね」


都会と田舎では戦争から受ける影響が大きく違っていた。都会では空襲の恐怖に怯え、食糧難で戦争をしていることを毎日感じながら生きている。しかし、田舎では敵機を見たことすらない人がほとんどで、食糧に困ることもない。現に、この二人はそうだった。


同じ日本とは思えなかった。


「ご馳走さまでした。久しぶりに腹一杯食べれて幸せです」


「まだまだあるから腹減ったらいつでも食べていいからの」


「ありがとうございます」


この感覚はいつ以来だろうか?腹いっぱい食べて苦しいこの感覚。昔なら食べ過ぎたことを後悔していたが、今になると苦しいが幸せに思えた。


少し横になり時が流れるままに身を任せた。おじいちゃんは昼寝を始めてすぐに熟睡しており、おばあちゃんは婦人雑誌を読んでいる。雑誌には相変わらず快進撃と書かれていた。ここに住む人なら騙すことができるだろうが、空襲を受けたり、敵機が上空を通過していく姿を見た人は、こんな馬鹿げたことを信じることはないだろう。


腹が少し楽になった。


俺は玄関を出て、袖をまくった。


なかなか手強いなあ


一面にびっしりと生えつくす雑草達との戦いが始まった。

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