第20話 数年
家を出て数年が立った。俺はパイロットとしての素質が認められ、正規の過程を全て受けることなく短期間で戦闘機乗りになった。
「賢治、相変わらず見事な飛行だなあ」
「治郎こそ見事やん。噂によると俺ら二人が期待の星らしいぞ」
「光栄じゃん。しっかり期待に応えようぜ」
治郎も俺と同じく、兵学校時代にパイロットとしての才が認められた男だ。俺と治郎はいつしか親友になっていた。治郎は孤児院で育った男だ。戦争が終わったら、自分と同じ境遇の子供たちを育てたいといつも言っていた。
「来週休暇だろ?家族に会いに行けよ。俺達はいつ死ぬかわからんから生きている内に……」
「そうやなあ。来週、家戻るわ」
「しっかり親孝行してこいよ」
治郎はそう言うと部屋に戻っていった。
この頃になると、予想どおり日本の戦局は悪化していた。今では兵役が猶予されていた学生までもが戦場に送られている。俺がいる基地にもずいぶんと若者が増えた。青春真っ只中の彼らを死なせるわけにはいかない。俺はなんとしてでも彼らを守りたかった。
先日マリアナ沖の戦いで完全に日本の制空権は奪われた。今回の戦争は制空権がモノを言う。サイパンもそう長くは持たないだろう。サイパンを失えば本土が危ない。以前にも空襲を受けたが、サイパンを失うとあの時とは比較にならないほどの被害を受けるだろう。そうなれば、女、子供、老人が危ない。
俺は不安に包まれながら眠りについた。
今日、俺と治郎は爆撃機護衛の任務に就く予定だ。綿密な打ち合わせを行い戦闘機に乗り込んだ。
相変わらず空を飛ぶのは気持ちがいい。これがもし戦争中でなければ、どれほどの幸せだろうか。きっと飛行機乗りの誰もが感じていただろう。基地を出て数時間が経った頃、青い空に違和感を感じた。
んっ?
左斜め上に光を感じたと同時に、爆撃機が火を吹き堕ちていった。
俺は手当たり次第敵機に襲いかかった。しかし、アメリカの飛行機の装甲は強く、なかなか火を吹かない。日本の飛行機とは大違いだ。やっとの事で火を吹き、遥か下へ堕ちていった。敵機撃墜の喜びに浸る時間などなく、視線を全方向に向けていた。
すると治郎機が目に入った。敵機に後ろを取られている状態で非常にまずい。しかし、それと時を同じくして、爆撃機も敵機の攻撃を受けている。
治郎なら大丈夫だろう
俺は親友を見捨て、本来の目的である爆撃機の護衛に向かった。
今回の戦闘で爆撃機を三機、戦闘機を四機失ったが、なんとか基地を爆撃することはできた。
「治郎、すまんかったなあ」
おそらく治郎は俺が見捨てたことに気づいている。
「なんのことや?」
「敵機にけつ追いかけられてたやろ?」
「全然余裕。あいつ振り切って、堕としたったで」
作戦としては成功だった。しかし、ついさっきまで生きていた人が、もうこの世にはいないという現実は辛い。本当に辛い。面倒見のよかった中西さんも今回の戦闘で亡くなった。中西さんは階級で呼ばれるのが嫌いで、俺達皆、中西さんと呼んでいた。中西さんの命日は、楽しみにしていた娘さんが生まれた日と同じだった。
皆で黙祷してから、部屋に戻った。
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