第37話 汗
昨日は昼寝から起きると、再びお酒を飲んだ。家族三人で食べる食事は質素だったが、思う存分酔った。皆がこんなに酔ったのはおそらく初めてだ。皆の顔がトマトみたいに真っ赤に染まっていた。
家族とのかけがえのない思い出になった。
明日、再び前線に戻る俺は最後の余暇を晴子さんと過ごすべく足を運んだ。
「おはようございます」
玄関のドアを叩き中へ入った。すると、晴子さんの父と母に迎えられた。
「晴子をよろしくお願いします」
晴子さんの父と母はそう言うと、笑顔で俺に深々と頭を下げた。
「お父様、お母様、晴子さんを絶対に幸せにします。これからもよろしくお願い致します」
玄関で三人頭を下げていた。
俺が田舎へ行っている間に、結婚について俺の両親と晴子さんの両親が会っていた。父と母は晴子さんの家系のことを考え、本当に賢治で大丈夫かと不安になったそうだ。一般庶民と華族、決して越えることができない高い壁があるのに、晴子さんの両親は俺の家系など全く気にもしていなかった。俺達二人の意見を尊重すると言ってくれた。
「賢治君はいつ戻るのだい?」
「明日の朝、この街を出ます」
「早いなあ……。今日は思う存分晴子と過ごしてやってくれ」
「はい。ありがとうございます」
晴子さんと一緒に街へ出た。
「私、山に登りたいです」
晴子さんは美しくそびえ立つ、山の方角に指を差した。
ボロボロの自転車とピカピカの自転車で山の麓まで行き、登山が始まった。そういえば、アメリカに居た頃よく登山に行っていたと聞いたことがある。晴子さんは山登りが好きでアメリカの主要な山は全て登ったそうだ。
「山登りをするの十年ぶりくらいです。足がもつか心配です」
「そんなにですか。賢治さんなら大丈夫ですよ」
「晴子さんは最近も登ってるんですか?」
「最近は忙しくて登れてないですね。久しぶりの山登りが賢治さんと一緒で幸せです」
所々木々の隙間から景色が見え、その度に大阪の街を見下ろした。そして、苔の生えたベンチが置かれた中間地点にたどり着いた。空いているベンチを見つけ、お昼にすることにした。
「賢治さんのお口にあったらいいんですけど……」
晴子さんは鞄から金粉が施された豪華な弁当箱を取り出し膝の上に置いた。表情は少し不安そうだったが、それが愛おしくてたまらなかった。
俺はだし巻き卵に手を伸ばし口に放り込んだ。
「美味しいです。今までで一番」
「本当ですか?」
「本当です。嘘などつきません」
さすがは晴子さん、味付けは食堂を意識してか少し濃いめで俺の好みそのものだった。
すると、突然涙がこぼれてきた。だし巻き卵を食べただけなのに、それを止めることができず汗など、とうに乾いているのに、汗が目に入ったと晴子さんに言った。
「私も汗が目に入りました。それも濃い汗が」
お互い目に見えない汗がこぼれ、目に入っていたのだろうか……
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