第33話 叫んだ

「少しの時間でしたがお話しできて楽しかったです。どうかサヨさん、お元気で」


「私も昔を思い出したりできて楽しかった。お店は毎日してるから、いつでも来てね。

ご武運をお祈りします」


サヨさんだけでなく、奥の間からキョトンと覗き込む河童頭の少年にも手を振り、駄菓子屋を出た。サヨさんとはもう会うことはないだろう。そして、この駄菓子屋も、あの河童頭の少年も。

去り際、小豆色の看板にもさようならを告げた。


颯爽と照りつける太陽に打たれながら道を歩いていた。


ふと、遠くでキラキラと光る海が目に入った。坂道を登ろうとしたが、心が俺を下らせた。家に戻り雑草との戦争をしなければならなかったが、俺の心や背中を押す暖かい風に流されてしまった。


ただ、海へ向かいながら道を進む。道中、何気ない風景の一つ一つが切なく、寂しく、悲しく俺の目に映る。しかし同時に、どこか心を落ち着かせてくれる。


潮風により錆びた、使い物にならない自転車


ガラスが割れ雑草に覆われた廃墟


古く、今にも沈みそうな船しか停留されていない小港


魚を求め水面ギリギリを飛ぶ海鳥


誰一人ともいない砂浜


俺は靴を脱ぎ子供のように砂浜を駆け抜けた。足にまとわりつく砂の温かみが心地よく、力尽きるまで俺を動かせた。


そして、力が尽き大の字になり寝転んだ。足だけではなく、全身に温かみを感じる。目を見開き空を見つめると青く、高く、美しい。人間が戦争をしているなど、まるでお構い無しに自然は生きていた。


「日本よ、どうなるのだ」


突如、天に向かって叫んだ。波音と叫び声が調和していた。


「俺よ、どうなるのだ」


誰かか、何かに問う。


「どうなるのだ」


再び問う。当然、叫び終わった後に答えなど与えてくれるわけもなく、波音と海鳥の鳴き声しか聞こえない。


しかし、叫びに叫んだ。叫んだ、叫んだ。


そして、目を瞑ると太陽が夕陽に変わっていた。


しまった


兵学校時代のように、素早く起き上がり早足で家へ向かった。幼い頃は海までの距離がとても遠く感じていたが、今になるとそうでもなかった。


「どこまで行ってたんじゃ?」


昼寝をしたせいか、元通り元気なおじいちゃんが草を毟っていた。


「休憩がてら駄菓子屋に行った後、気まぐれに誘われ海へ行ってました。そして、砂浜で寝てしまいました。おじいちゃんは家で休んでいてください。草毟りは俺がやります」


「そうかそうか、心配したぞ。サヨちゃんは元気だったか?草毟りはワシも一緒にするぞ」


「元気でした。しかし、夫からの手紙が帰って来ず不安げな表情でした。

俺がするはずだったのにすみません」


「おー、そうか」


二人で草を毟っていた。

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