第43話 適応 異常

本土に残された俺と治郎は、毎日のように現れる敵爆撃機の撃墜任務に奔走していた。敵爆撃機は俺達の遥か上空を飛んでおり、同じ高度まで辿りつくのでさえ一苦労だ。辿り着いたと思えば四方八方から飛んでくる銃弾の嵐に苛まれる。それに敵の装甲は厚く、何発当てても堕ちる気配がしない。撃墜するのは至難の技だ。


また、地上からの高射砲では高高度を飛ぶ敵には到底届かないため、まさに孤軍奮闘状態だ。それに共に飛ぶ友軍機の数も圧倒的に少なく、出撃する度に数は減り、この任務はほとんど自殺行為に違いなかった。それでも俺達は与えられた任務をこなし、雑草のようにしぶとく生き残り、少なからず敵爆機撃墜の戦果を挙げていた。


今ではほとんどの都市が爆撃された。日本に住む誰もが戦争を強く意識し、口には出さなかったがもはや敗戦することは時間の問題だと感じていただろう。


俺の故郷、大阪も大空襲を受けた。俺の家は奇跡的に被害はなかったが、数軒先の家屋は直撃弾をくらい、かわいい笑顔のおばあちゃんや気の強いおじいちゃん、やんちゃばかりする少年など知り合いが何人も死んだ。


晴子さんの家はというとこれまた、奇跡的に被害はなかった。


「また減ったな」


「ああ、今週だけで五十人らしいぞ」


「そうか……」


こんな内地の小さな基地でさえ一週間で五十人も亡くなった。前線ではこれどころじゃないだろう。数百人、数千人、いや、数万人が降り止まない雨のように、無限に流れる滝のように死んでいる。


「またか」


空襲警報が鳴り響き、各々落ち着いて持ち場へ向かった。


人間の適応能力はすごいものだ


敵が来るということはいつ死んでもおかしくない状態。それなのに皆が落ち着いている。


異常だ


以前なら神経が興奮し高まる鼓動と緊張感を感じ、尿を漏らす者、意識を失う者も居たが今では見る影もない。俺も例外ではなかった。死ぬことに対する恐怖心が薄れてきた。死ぬことは何も怖くない、しかし、死んで何もできなくなるのが怖い、といったところだろうか……


格納庫へ向かい整備班に笑顔で出発の合図を出した。操縦桿を握り締め、一番に基地を飛び立つと、雲一つない空に燃えるような夕日の残像が美しく描かれていた。下に写る街では防空壕へ向けて我先にと、駆け足で避難している人達で溢れかえっている。


よかった、あの人達はまだ正常だ


何故だか少しばかり安心した。


悲鳴をあげる機体を尻目に、敵機めがけて全速力で駆け抜けた。


俺は今日も生きて帰れるのだろうか……





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