2 王子院プロローグ

 俺の実家――王子院家は由緒正しく歴史も長く、まあ世間一般的に言って物凄く金持ちだ。

 父親は幾つもの分野の子会社を傘下に持つ一大企業のトップを務め、母親は有名ファッションデザイナーなんてものをやっている。

 嫌味に聞こえるかもしれないが、俺は生まれてこの方金に不自由した事だって一度もない。

 裕福な子女が集まる中高一貫の私立学校の中学でも友人関係は良好で、皆とは和気藹藹と過ごしていた。


 ……なんてのは俺だけがそう思っていただけだったらしいが。


 俺が自称じゃなく客観的に見ても結構なイケメンで、生まれ故に細かい金勘定に頓着してこなかったってのもあった金回りの良さが、一緒に連れて歩くには魅力だったらしい。

 知らなければきっと今でも同じ高校で楽しくやっていただろう。

 だが知ってしまった。

 打算と損得勘定塗れの取り巻きの級友たちに嫌気が差し、だから高校は庶民の通う公立校を受験しようと決めた。

 真実を知って落ち込まなかったと言えば大ウソで、随分と落ち込んだものだった。

 当時はしばらく中学も休んだ。自分の部屋に引き籠っていた。


 そんな時だ、美影たんと出会ったのは。


 美影たんと言うのは魔女少女アニメの主人公で、当時の俺と同じ中学二年という設定だった。

 まあその割に絵柄はちょっと大人びていて、正直高校生にしか見えなかったが。

 家に居ても勉強以外にする事もなく暇をしていた俺が深夜何気なくテレビを点けたら放映していたのがそのアニメだった。

 それまでアニメはほとんど観て来なかったから初めは本当の本当に暇潰しだったんだ。

 だけど見始めたらいつの間にかその回が終わっていた。

 奇跡的に第一話目ってのもすんなり入っていけた理由の一つではあったと思う。面白さに夢中になって観ていたのだと自覚して衝撃だった。そうして次の回もその次の回も欠かさず視聴するようになった。

 そのアニメは勧善懲悪をベースにしつつも、思春期の葛藤や恋、友情などがてんこ盛りで、持って生まれた恵まれた自分を垂れ流していた俺にとって、触れればバチッと弾かれるような敵意丸出しの敵の魔法少女とも徐々に友情を築いていった主人公の姿は、心の奥底に言い知れない揺らめきを齎した。


 ――あたし、欲しい物は自分で獲りに行く主義なの! それが友達でも!


 そして敵少女との友情構築回の放映日以来、彼女は俺の唯一のヒーローになり、同時にいつの間にやら自分の中ではただ一人のヒロインにもなっていたのだと自覚した。


 それまで何となく付き合った女子たちは、やっぱり俺のルックスや金が目当てだったし、俺自身も彼女たちに興味があるわけでもなかったのだと今更気付いた。

 ははっだからキスの一つもしなかったのかもしれないな。

 美影たんを思えば胸が熱くなり高鳴り、夜も眠れない。

 大好評を博して第一期を終え発売された美影たん抱き枕は発売日に即購入した。十セット。それのおかげで安眠できるようにもなった。

 でもそのせいで寝ても覚めても美影たんの姿が頭から離れない。


 恋とはこういうものなんだと実感した。


 ……毎日送り迎えをしてくれている運転手に話したら微妙な顔をされたが。

 まあともかく、寸暇も金も惜しまず美影たんに傾倒し、俺の日常は喜びに溢れた。

 前向きになれて中三の頃には登校もするようになった。

 ただ、禁断の女神を愛したが故の代償のように俺は極度の変態オタクとして周囲からは白い目で見られるようになり、無意味に奢ったりもしなくなったからか以前の取り巻きたちは近寄って来なくなった。

 だがそれが何だ?


 人生たったの一度、究極の愛を追求して何が悪い。


 もしもこの現実世界に美影たんが存在するなら、一分の隙もない程に幸福でみちみちに固めてみせるとすら宣言しただろう。

 まあ画面の中で生き生きと動く美影たんを観られるだけで至福だったから、贅沢は言わないとそう割り切ってもいた。


 だが、しかし、何という奇跡なのか、リアル美影たんは存在したんだ。


 幼少時から受けてきた王子院家の英才教育のおかげで難なく合格できた公立高校の入学式で、俺の前に彼女は降臨した。


 ――相原あいはらりく乃という名の女神として。


 まさかこの世に自分がこよなく愛するキャラ橘美影がXYZの軸を有して存在していようとは……。XY平面しか持たなかった美影たんの奇跡の進化体を目の当たりにして白昼夢かと思ったな、あの瞬間は。

 まあ髪の長さはさすがにアニメのように腰下まであるとか言う珍しい長さではなかったが、セミロングの美影たんもすごく新鮮だった。

 声も当然違っていたが、実は美影たんの声優には悪いが俺はりく乃の声の方が好みだったりするんだ。


 まあ、その日から俺の猛アプローチが始まった。


 俺にとって、彼女――相原りく乃を振り向かせる事こそが人生の至福かつ至高の使命となったんだ。


 りく乃と出会って早くも一年は過ぎたが、始まりはそう、そんな単純な動機からだった。

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