24 エピローグ・もしかしたら絡まり合っていく彼らの青春
「りくのん、どうして無理したの」
「あは、ついつい熱が入っちゃって」
「あはじゃないよ」
百合菜の顔には心配のしすぎで怒ったような色がある。
二人が居る場所は高校の保健室。
ベッドに寝かされたばかりのりく乃は苦笑いを浮かべた。
彼女は近々行われるしのりんのソロライブに向けてほぼ徹夜で振り付けの練習をして登校し、体育の授業中に寝不足と一晩中練習したせいで疲労が祟ってめまいを起こして倒れかけたのだ。
現在保健室に付き添ってくれている百合菜が間一髪で支えてくれたおかげで怪我一つなかったが。
「ライブなんて次回もあるでしょ。自分の体の方が大事じゃない」
「どうしてもライブまでに完璧にしておきたかったから」
「だからって無理して怪我なんてして、ライブって次もその次もあるんでしょう? そのライブを見れなくなったら意味ないでしょう?」
「だって、生しのりんに会えるって思ったら……」
「もーう、ファンなのはわかるけどどうしてそこまでして?」
りく乃は黙り込んだ。
(たとえ遠く小さくても、生でその姿を見なければって思うくらいに揺らぎそうだったから)
倉庫ビルの屋上から飛び降りたなんて、吊り橋効果など比ではなかった。
あの時の王子院の想いをりく乃は少なくとも半分くらいは理解したと思っている。そのまだ半分程度でうっかり気が緩んでしまった。
当初はアニメキャラそっくりだからという表面上で停まっていた王子院暁の気持ちが、いつの間にか相原りく乃という個人にまでも向けられているのだと実感して、酷く狼狽したのは否めない。
加えて、あの日彼はきっと無理もしていた。
肩の関節を外して戻すなんて荒業をやって痛みがないわけがない。彼は最後までそしてその次の日以降も何も言わなかったが、きっとそれはりく乃を思ってだ。
しばらく彼の傍に寄る度に微かな薬品のにおいがしていたのを覚えている。思い返せばしつこいくらいのスキンシップも妙に少なかった。
(ホント王子院はアホツキ……って今はアニオタ変態の事じゃなくてしのりんの話だった)
うっかり思考が脱線していたりく乃は急いで思考を一新させた。
軽く咳払いすると大真面目な顔付きになる。
「あのね、しのりんに関して私ね、ゆりちゃんにはまだ言ってなかった事があるの」
「どうしたの急に妙に深刻な顔になって。あ、実は激レア等身大パネル持ってるとか? それくらいなら別に驚かないし引かないよ」
「いいねそんなのあるの? 欲しい!」
「あ、違うんだ? ほらほら病人は興奮しないで休んで休んで」
ピラニア並みの食い付きの良さに百合菜はたじたじな笑みを浮かべた。
身を起こし掛けていたりく乃は枕にぽすんと頭を沈める。
そうしてやや乱してしまった呼吸を整えた。
「あのね私、しのりんが本気で好きなの」
幼馴染から紡がれた言葉に百合菜はキョトンとした。
「確かに熱烈なファンだなあとは思ってるけど。そっか本気度が半端ないファンなんだね」
「違うの。そうじゃなくて、本当に恋してるの」
百合菜は静かに瞬いた。
「え、でも王子院君は?」
「あの王子院バカツキ、うんやアホツキ、じゃないな、ええと何だっけ……」
「アカツキだよりくのん」
「ああっそうそれ! 彼は関係ないよ」
百合菜は王子院を大層気の毒に思った。そう言えば先程から廊下に出る扉の擦りガラスに男子生徒らしき影が見え隠れしている。きっと王子院がりく乃を心配で付いてきたのだろう。彼ならそう行動しても不思議ではないと百合菜は承知していた。
何故なら、いつも想い人を見つめる視界の端にちょろちょろ入って来るからだ。本音を言えば邪魔でしかない。
「王子院はそもそも彼氏じゃないって前にも言ったと思うけど」
「何だ、あれ事実だったんだあ」
「そうよ。わたしはしのりんが好きなんだもの」
りく乃は落ち着いた声音で言ってゆっくり目を閉じる。百合菜がどう反応するのかその表情を直接見るのはちょっとまだ勇気がいったのだ。
心構えをして恐る恐る薄く目を開けてみれば、百合菜の表情はどうしてか緩んでいる。
「それはりくのんが女の子を好きって意味?」
「女の子がっていうかしのりんが。たまたま好きになったしのりんが女の子なだけだと思う」
「……同じことだよ」
「そう?」
「うん……」
百合菜は怖いくらい重々しく首肯する。その様子は普段とは異なっていた。
しかし彼女がそう言うのなら、自分にはそっち方面での嗜好もあるのかもしれないと思い始める。
「ゆりちゃん、やっぱ……引く?」
「まさか! りくのん……りく乃がどんなりく乃でも、あたしの大事なりく乃だよ!」
「ゆりちゃん……」
聖母のように微笑む百合菜へとりく乃は癒しと赦しを感じた。
「ありがとう」
「安心した?」
「ん……」
「じゃあもうちゃっちゃと寝てなね? 気分良くなったら教室戻っておいでよ? もし駄目だったら連絡して?」
「うんわかった」
薄っぺらい掛け布団を直してくれるおかんな幼馴染みの優しさに感謝しつつ、自分の体温で温まった布団にうとうとしてきたりく乃は、気付けばすうすう寝入っていた。
「ふふっりくのんの寝顔は相変わらず可愛いな」
小さい頃から変わらない、気が強いけど素直な所もあって目が離せない。
もっと見ていたかったが、百合菜は極力音を立てないように気を付けて傍を離れた。
廊下への扉を開けて出る。
百合菜の予想は的中した。
「王子院君。りくのんは少し寝るって」
「そうか」
廊下の声は案外響いて聞こえるものだ。だから百合菜はりく乃が起きないように声量を絞った。彼の正面に立つ。
「ところであなたに一つ言っておきたいんだけど」
「何だ?」
「あたし、りく乃に関してじゃ、しのりんにもあなたにも負けないから」
「何だって……?」
「りく乃はあたしのりく乃なの」
それは王子院にとって全く予期せぬ宣戦布告だった。
彼はポカンとして百合菜を見据える。彼女の事はりく乃の良き友人として完全にマークからは外していた。盲点だったと悔いても今更だろう。
「まあだけどねえ、りく乃が一番りく乃らしく居られる誰かになら百歩譲ってもいいよ。あたしはそれが自分なのか別の誰かなのか見極めるまでは諦めないから、肝に銘じておいてね?」
彼女にしてはいつになく挑発的な台詞と共に微笑まれて、王子院は表情を引き締める。
彼はいつの頃からか思うようになっていた。相原りく乃は美影以上に自分にとってはヒロイン中のヒロインなのだと。
古今東西主人公がヒロインと結ばれるまでには、強力なライバルたちが立ち塞がるのが物語の常。どうやら百合菜もその一人らしいと認識する。
この恋に勝者がいるのなら、最終的にそれは自分なのだと王子院暁は思って疑わない。
――あたし、欲しい物は自分で獲りに行く主義なの! それが友達でも!
アニメ橘美影の言葉が彼の内に甦る。
「……それが、恋でも」
「王子院君? 話聞いてた?」
「ああ勿論だ。ライバル上等、と思ってな」
傲然と笑む王子院に負けず百合菜も不遜な微笑みを浮かべる。
「じゃああたしもう行くね。りくのんを少し保健室で休ませますって先生に報告しなきゃだから」
それきり百合菜はもう彼の方を見ずに上機嫌に歩き出す。
その背中を一瞥した彼は、保健室に入ろうとしてスライド扉へと掛けかけた手を下ろした。りく乃の眠りを妨げるつもりはないのだ。
「早く元気になれ、りく乃」
彼は扉の向こうへと柔らかな声で想いを寄せ、踵を返した。
今日も明日も明後日も、クリエイトの少女から教えられた彼の真っ直ぐな恋慕は、寸分も曲がる事なくリアルの少女に向けられるのだ。
「ゆ、百合菜さん……カッコイイ……」
廊下の角の向こうで、たまたま二人の会話を聞いていた少年が居た。
そっくり君だ。
彼はりく乃を介して百合菜と知り合いになったが、たったの今まではおっとりした普通に可愛い女の子だという認識しかなかった。
しかし王子院に宣戦布告するような彼女の意外な芯の強さを目の当たりにして、そのギャップにどうしようもなく彼女の存在が気になって急激に何かが育った。
偶然にも体がだるくて保健室に向かっていた彼は陰から出るに出れないまま、しばしの間胸に大きな衝撃を受けたようにそこを掌で押さえていた。そっと盗み見た時の百合菜の瞳の輝きを思い出すだけで、いつもと異なる自分の鼓動はやはり鳴りやまない。
ドキドキドキと強く速い振動が自らの手に伝わってくる。
元々の微熱ではない理由で頬も紅潮している。
そっくり君、彼は見事に百合菜に落ちていた。
とある日のCHU×3ラブッチュの控え室。
「ええっ凄いね! あの有名な王子院家からオファーがあったの? しかも個人的にってやばくない?」
化粧台の前に腰かけて髪飾りのチェックをしていたしのりんこと篠崎まりんへと、同グループのメンバーから驚きの声が上がる。
「まりんを指名してきたなんてそこの息子ってもしかしてまりんのファンなんじゃないの? 確かうちらと同じく高校生って話だよね。どうする~? 超お金持ちのお坊ちゃんから付き合ってって言われたら」
「ふふっうちのグループ恋愛は禁止でしょ?」
そう言えばそうだったと話を振って来たメンバーは残念そうにする。
「……でも、王子院家の男の子か。イケメンだったら話くらいはしてみたいよね」
「あーそれは確かに! お金持ちのファンがいれば色々と貢いでくれそうだしね」
「そう言う言い方は相手に失礼よ」
「はいはいごめ~ん」
篠崎まりんは、どうして自分が指名されてのソロライブの依頼が舞い込んだのか理由を知らない。
しかし彼女は期待のようなものを胸に、まだ見ぬ大企業の御曹司へと勝手な理想を当てはめる。
「ふふっ早く会ってみたいな、王子院くんに」
りく乃、王子院、そっくり君、百合菜、そしてアイドル篠崎まりん。
ややこしい恋のペンタゴンが生まれるのも時間の問題かもしれなかった。
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