12 箸とスプーン1
王子院の朝食は豪華だ。
と言っても王様の食卓のように何十品と皿が並ぶわけではない。
王子院家のシェフが厳選した高級食材で食べきれるだけの何品かを用意する。因みに朝なので軽めのものが多い。
夕食、つまり晩餐は朝よりも品数は多いが、やはり決して無駄が出ないようシェフによる緻密な分量計算がなされている。そして言うまでもなく一つ一つの料理は手間が掛けられており豪勢だ。
それらに対して昼食はと言うと……。
「よおおおーーーーっし! 今日はのりたま味の美影たんだったあああっ。昨日は仲間のアップルで美影たんですらなかったから、今日は何かいい事があるに違いない」
彼が上下に小さく手を動かすとサッサッサッと軽い音が立ち、小さなふりかけ袋から中身が白米の上に降り注ぐ。
のりたま味を構成する黒と黄色系統の小さな欠片とごはんの色合いが実に……普通だ。見ようによってはひよ子の色合いのようで可愛らしいとも言える。
学生生活全般においても例外はない彼のアニオタ魂だが、弁当箱、箸、それを包む大きめのハンカチ、そして弁当箱用のバッグに至るまで一押しアニメ魔法少女フルーティーマロン一色。より詳しく言えば柄が何種類かある中で主人公美影がメインの品をチョイスしている徹底ぶり。
彼はまた、世間で発売されている美影グッズを一つも見落とさず揃えるという、素晴らしい察知スキルの持ち主でもあった。
そして彼のアニオタ魂は食品にも適応される。
ソーセージやおまけ付き箱菓子はもちろん、レトルトカレーやふりかけに至るまで網羅している。特にふりかけにおいては昼食に持って来ていて、何のキャラの小袋が入っているのかは当日弁当の包みを解いてみてのお楽しみというわけだ。毎朝シェフがランダムに入れてくれている。
「本当はこの袋でさえ捨てるのが惜しいんだが、既に空袋のサンプルは企業から融通してもらっているしな。ここは涙を呑んでバイバイだ。ふりかけ袋の美影たんよ……!」
教室の机で弁当を広げる王子院はふりかけの袋を丁寧に折り畳んだ。美影の顔が上にくるように折り畳んでいるところなどは最早美影ファンの鑑。
「てっきり王子院くんのお昼って重箱かと思ってましたけど、普通……いえ男子高校生の弁当箱にそれが普通なのかは微妙ですけど、至って市販の弁当箱なんですね」
「ははっいくら俺でも重箱なんて場違いな物を持って来るか」
「場違い……」
王子院の机で昼食を共にするそっくり君は、キャラ絵がカラフルプリントな魔法少女二段弁当箱を見下ろして何とも言えない顔をしたが、私見は黙した。代わりに疑問を口に上らせる。
「相変わらず白米一つ取っても美味しそうですね。おかずもシェフお手製ですよね?」
「まあな。彼らの仕事ぶりには感謝しているよ」
転校生のそっくり君はクラスが違うのだが、りく乃との放課後中庭お喋りタイムを目撃というか覗き見て以来王子院が二人の接触を警戒し、悩んだ末に背に腹は代えられないというわけで、目の届く所にそっくり君の身柄を置く方向で動いた結果こうなっている。
そんなわけで、彼の昼休みも自分が押さえておこうという算段で以て昼食を一緒に摂るようになっていた。そっくり君の方も筋力アップの恩を感じているのか王子院からの呼び出しにも快く応じている節がある。
友人とつるむ事もあるし人当たりも良いが、連日昼食を共にするような特定の親しい友人を作らなかった王子院が女子みたいな男子と急接近という事で、一部からはあらぬ疑いが掛けられていたが幸い本人たちは噂を知らずに過ごしていた。
「彩りは最高ですし、本当に見た目からして美味しそうですねー」
王子院のおかずは一見レンチンにありそうだが、その実全てが仕込みから仕上げまでプロの専属料理人によるものだ。因みに一人一人の技量がオーナーシェフとして有名店を経営していてもおかしくないレベルの料理人たちからなる精鋭集団である。
一見普通弁当に見えて、手間を惜しまず創意工夫が加えられている事によりそれは芸術の域に達していた。
例えば、卵焼きがミルフィーユの如き層の厚さだ、とか。
甘味だけではなく美食にも目がないのか、そっくり君が食べたそうな顔で見下ろしているのを察して、王子院は弁当箱を彼の方へ少し押し出した。
「出汁巻き玉子を味見しないか? 言うまでもなくうちのシェフのは絶品だが、他者の意見を伝えるのもたまにはいいと思うしな」
「いいんですか?」
「遠慮するな」
わーいと子供みたいな歓声を上げて出汁巻き玉子を頬張るそっくり君は「すごく美味しいです! 筋肉が増えた気がします!!」と感動しつつ、嚥下し終えると気がかりそうな顔をした。
「こんな毎日超級の美味しいごはん食べてたら、舌も肥えてるでしょうし、正直不味くなくても相原さんの普通の手弁当への評価って
王子院は内心で首を傾げた。
りく乃の手弁当という魅力的な単語に密かに興奮してしまったのはともかく、それ以前に彼女の手料理を食べた事がないので評価も何もない。まあもしもゲテモノ級に不味くても「世界一美味い!」と褒め千切る用意はある。
だがそれよりも、どうしてそっくり君が急にそんな発言をしたのかが心底わからない。
(何か裏があるのか?)
彼の脳裏に中庭で親しげにしていたりく乃とそっくり君が思い起こされ、脳内りく乃は何と手弁当を広げてそっくり君に食べさせ始めた。
自分にスルメイカを食わせてくれた時の比ではない、まさに親密さを絵に描いたような場面だった。いつの間にか二人の背景も服装も青々とした芝の公園でランチをする紳士と淑女に変換されている。
――あの、そっくり君お味はどう?
口調まで貴婦人化しているが、この際そこはどうでもいいだろう。
――あ、お口にソースが……。
と言ってりく乃がそっくり君の口元にハンカチを近づけた所で強制終了する。
(まままままさかッ美影たんは俺以外の男に弁当を作って味見させている……? 全ては本番の俺へ食べさせるデータ収集かつ予行練習のために!! まだ付き合ってもないのに新婚気分だなんて気が早いなああ~~)
自然顔がにやけるが、ならば既にもう目の前のこの男にもりく乃は試食させたのかと思えば、先を越された嫉妬の炎がメラメラと燃え出した。
「え? その顔……もしかして手弁当はまだ、ですか?」
「……真打ち登場は一番最後と言うだろ。彼女はきっと好物は最後にとっといて食べる主義なんだっ!!」
「え、何の話ですか? というか王子院くん、お腹空いてるなら変な我慢しないで弁当食べて下さい。減らしちゃってすみません」
おかずを噛まずに唇を噛んでいる王子院にそっくり君はちょっと申し訳なさそうにしている。
気遣いを聞いていない王子院は机を拳でガンガン叩きたいのを何とか堪えていた。
(くそーーーーっ俺より先に食べたのか君は? そうなんだな? だからこんな余裕な態度で俺に話を振って来たのか? そうなんだな? 全ては俺のためだとわかる、わかるが、理性と感情は別ものだ。中庭お喋りの件も腹立たしかったし、先を越されて悔しいものは悔しいっ)
勝手に勘違いして憤慨する王子院の、強く握り締めていた美影たんイラスト入りの箸にみしりと亀裂が入った。
「ん……?」
手の中からした不穏な音に我に返った王子院は、直感も何もなく自らの感触から恐ろしい可能性に思い至ってさっと血の気を引かせた。そろ~りそろ~りと順番に五指を開いていく。
「そんなああああーーーーッ! 美影たんんんんんっ俺が悪かったああああっ!」
ポッキリと折れ使い物にならなくなったピンク色のマイ箸を愕然と見下ろし、王子院暁は傷心のあまりほろりと涙した。
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