11 甘辛なとある休日

 とある休日の約束の日。

 この日はりく乃がそっくり君にスイーツを奢る日だった。

 清楚系トップスと細身のジーンズを組み合わせた動きやすさ重視の服装は、活動的なりく乃らしいが、デートのつもりなど皆無なのは明白だ。

 その裏付けのように手には家族から頼まれ途中で済ませてきた買い物袋が提げられている。冷凍冷蔵ものはなく、彼女のとある相手へのドライな扱いとは関係ないだろうが、切干し大根やらスルメイカやら乾物干物系が多かった。


「みみみっ美影たんの私服は至福……! 魔法少女の変身衣装じゃないのはやや残念だが、普通服でも超絶悶絶するな……!」

「クソつまらんダジャレはいい! どうして貴様が待ち合わせ場所にいるわけ? タータンチェックのそっくり君はどうした!?」


 相手に掴みかからんばかりに刺々しい口調のりく乃は、もしかしたらそっくり君がスカートを穿いて来るのではないかと少しだけ、いやかなり期待に胸を膨らませていた。とはいえ、ストレートに「当日はスカートでよろしく~!」なんて親密度もそう高くないうちから言えはしないので、


 ――気が向いたらイギリススコットランドの民族衣装を着て来てほしいな~。


 なんて廊下ですれ違った際に臭わせてみた。

 普通に考えてそっくり君が民族衣装であれスカートを穿いてくるわけもないのだが、待ち合わせ場所に向かう途中無意識にスキップしていたりく乃は、誰かさんに負けずとも劣らない持ち前の思い込み力と想像力で脳裏にスカートそっくり君を思い描いて息を荒くしていた。

 男であるそっくり君に興味はないが眼福というものは性別を超える。

 周囲の通行人からドン引かれている自覚もなく妄想に浸り切っていたりく乃は、しかし待ち合わせ場所にいるはずのない男を見つけ、あまつさえそいつが何故かキルト着用だったのを認め、希望を全く完全にことごとくコテンパンに裏切られたと悟り不機嫌丸出しになったのだ。

 そもそも、そっくり君にだけ言った民族衣装の話まで筒抜けているのも気に食わない。そこからして不満爆発だ。

 今度から王子院に余計な事を言わないよう釘を刺さなければ、とりく乃は思った。


「言っておくけど貴様がそれを着ていても私は全く感動しない。一般的に言ってイケメンで背の高い貴様によく似合うのは受け合うが、私は今すぐ脱げこらとしか思わない」

「だっ脱衣熱烈希望だと!? 常々積極的発言の多い美影たんだと思ってはいたが、公衆の面前でいいのか!? 君はそこまで俺を求めて……っ」

「貴様はこのままこの場で逮捕されるがいいわ! ところで真面目な話、そっくり君をどこへやったの?」

「ふっ、彼は今頃我が王子院家お抱えのパティシエたちによるスイーツ三昧を堪能している頃だろう」

「はあ!? 最低、買収したのね」

「人聞きの悪い。俺は彼の選択肢を広げただけで、実際に選択をしたのは彼自身だ」

「だったら予定キャンセルしてくれればいいのに……帰る」


 くるりと踵を返したりく乃に焦ったのは王子院だ。

 折角姑息な手でデートという形式に漕ぎつけたのに、ここで帰られては根回し全てが無に帰する。


「んまままま待ってくれ美影たん、折角来たんだから甘い物を食べていくべきだろう?」

「王子院と食べても美味しくない」

「くっこれも愛の試練か」

「……帰る」

「そんな、美影たんんんん!」


 ウザいという気持ちは変わらない。しかし歩道に四肢を突きがっくりと項垂れ思った以上に落胆する王子院は、放っておくとこのまま動かなくなりそうだった。通行の邪魔でしかない。彼女は仕方がないこれっきりだと自分に言い聞かせた。

 実際王子院はデートが楽しみ過ぎて眠れず寝不足で、そこに来てのこのご破算だ。

 ショックでこのままこの場で寝てしまおうかという自棄を起こしかけていた。


「はあもう、さっさと立って。今日だけだからね」

「ふなあ!?」

「ホントにこれっきりよ」


 一生涯の我が天使、時に砂漠の絶対的オアシス、時に毒にも勝る気付け薬、結構いつもアイアンメイデン(拷問具)等々と王子院の中ではりく乃への認識と想いが統一感なく存在している。


「こんな美影たんも、やはりいい……!」


 アニメでは正義の主人公として清く正しく美しく優しく野菜嫌いの橘美影。そんな二次元の美影とリアル美影との齟齬そごを感じる王子院だったが、やっぱりりく乃と面と向かうとドキドキは止まらない。美影たんラブ道は揺るぎないと実感する。


「その弛み切った顔、まーたアニメキャラの妄想してるのね。行くの行かないの?」

「い、行くに決まっているだろう!」

「言っとくけど奢らないわよ。自分の分は自分持ちね」

「うむ。何なら俺が奢っても…」

「彼氏でもない奴に奢られたくない」

「それはつまり今すぐ正式に男女交際しようという意味か」

「頭大丈夫?」

「うぐっ、両想いなのに手厳しいな。だが俺はこの試練を乗り切ってみせる!」

「……両想い?」


 非常に残念な目をするりく乃はもう面倒なのか何も言わない。

 そうして、当人たちにそんなつもりはない寸劇を終えた二人は、連れ立ってスイーツバイキングに向かった。


 店内は休日という事もあって、同世代だろう女性客やカップル客で賑わっていた。


「貴様のせいで目立ってしょうがないわ」

「じゃあ脱ぐか」

「わいせつ罪で共犯と思われても嫌だからやめて」


 片や普通の女子服、片やキルトという組み合わせの変てこカップルの入店に店内はざわついたが、王子院がモデルのようにキルトが似合っているので、何かの撮影の合間なのかと思われたのかそのうち注目の視線たちは剥がれた。

 ただでさえ気が乗らない付き合いの上に無駄に注目までされてイライラとしたりく乃は、向かいの席の王子様もどきを睨んだ。


「ちょっと王子院、私の皿から取らないで自分で持ってきなさいよ」

「この程度の甘味自分で取りに行くまでもない。家で出る」

「ああそう、だったらどうして私の選んだの勝手に食べてるわけ? 食べるまでもないんでしょ」

「美影たんディッシュに触れた供物は最早地上の食べ物ではないからな」

「貴様が何言ってるのかわからない。とにかくキモイからやめて」


 そこらの芸能人よりもイケメン相手に躊躇なくキモイ発言をするアニメキャラ激似の正統派美少女へと、周囲は驚愕の眼差しを向けた。

 注意しても懲りずに皿からまた一口大ケーキを一つつまむ王子院に、りく乃はこめかみに稲光のような青筋を立てている。


「ちょっといい加減にして由布院ゆふいん

「王子院だ。ハッもしや温泉に行きたいというアピールか!? だがまだお泊まりは早いとこの前もむぐっ!?」

「貴様少し黙っとけ。お馬鹿発言で余計に目立つ」


 果たしてどちらのせいで目立っているのかは判定できないが、王子院はリンゴーンと教会の祝福の鐘の音の中に居る心地だった。

 これ以上の煩わしい言動を抑えようとりく乃はシュークリームを彼の口に突っ込んだのだが、王子院にとっては初あーんならぬ初むぐだ。

 もぐもぐと口を動かし感動に打ち震える少年は、確かにしばしの間大人しくなった。上がった成果に満足げな面持ちのりく乃は、次なる獲物を求めて席を立つ。王子院も餌付けされた子犬か、親鳥にくっ付いていく子カルガモのように席を立つ。


「ちょっとこっちまでくっ付いて来ないでよ」

「美影たんの手でもっと食べさせてくれ! 君からのあーんがほしい!」

「…………」


 大真面目な顔で言い切った王子院に周囲の方が照れたが、半眼になったりく乃は「暫し待て」と男らしく言い置くと、一度席に戻るや家族に頼まれていた買い物の品の中からある物を取り出して、それを手に戻って来るなり彼の口に突っ込んだ。

 因みに、丸ごと一枚のスルメイカだった。

 意外というか珍妙な形で望みの叶った王子院は、りく乃がスイーツを味わっている間大人しく咀嚼そしゃくし続けた。


「あ~美味し」

「…………」


 噛んで噛んで噛んで噛みまくる。

 かくしてりく乃のスイーツバイキングは無事に幕を下ろした。

 自身の会計を済ませさっさと帰ろうとするりく乃を引き留める余力もない王子院は、帰りのリムジンの中で頻繁に高級飲料水を口に運びながら、


「なあ澤野、俺はまだまだ未熟だと痛感した。美影たんの求める愛の深さは底知れない。恋愛も日々の精進あるのみだな」


 そう悟り切った目で運転手にぼやいたという。

 さすがに塩分過多で、丸ごと一枚はきつかったらしい。

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