13 箸とスプーン2

「現状~、僕にとって~君は邪魔者~。いつも僕の恋路を妨害してくれる憎いやつ~。それ以外の何物でもない~、Ah~」


 友人と学食で食べたりく乃が鼻歌交じりに教室に戻ると、そっくり君が神様でも見たような顔で泣き付いてきた。別人で男とわかっていても一瞬「しのりん……!」と感動したりく乃だ。途中まで一緒だった友人はメイクを直しに行っていた。


「相原さあ~ん、彼を何とかしてやって下さい。僕じゃあ手に負えません~」

「ええ? 何どうしたのそっくり君……ってうわ何この王子院、めっちゃ暗ッ」


 そっくり君から任されたのは王子院で、彼は今のりく乃の感想通りだった。

 正直いちいち意味のわからない彼に関わるのを控えたい彼女はしっかり引き顔を作って嫌そうにしたが、観念して黙って近寄った。自分の席が王子院の隣りなのだから仕方がない。


「で、どうしたのこれ?」

「何故か突然箸を折ったと思ったら、世界が終わったみたいな顔になってずっとこうなんですよ。いい加減早く食べないと昼休み終わっちゃいますし、何とかしてあげて下さい」


 教室前方上部に設置されている丸時計に目をやれば、確かにもう五分もしないうちに予鈴が鳴るだろう。

 そっくり君は自分の役目はもうないと悟ったのか「じゃあクラスに戻りますのでよろしくお願いします」と軽く頭を下げ、昼の荷物を手に出て行った。

 丸投げされて本音では面白くなかったりく乃だったが、りく乃が来るまで王子院の傍に留まっていた辺りそっくり君もお人好しだ。


(私だったら問答無用で放置するのに)


 隣席の王子院は机上に伏して屍化している。横に流れた涙の跡も新しく、かつ放心している彼の寝かせた頭の横には高校生男子には違和感しかない地がドピンク色の小ぶりのプラスチック箸があった。絶対それ小学生女子向けだろというそれは、お箸が二セットというには些か苦しい短すぎる姿に変貌している。


「え、どうしたのこれ。経年劣化?」


 プラ箸がこうなった理由はともかくとして、りく乃は少し考えた。

 彼の弁当箱にはまだ食べ始めといった残量が見て取れる。


「理由は知らないけど、折れちゃったからってそう悲観しなくてもいいじゃない。買い替えればいいでしょ。王子院はお金持ちなんだし。それに残すなんて勿体ない事しないの。食べる時はきちんと食べなさいよ。栄枯盛衰もスピーディーなこのご時世いつ没落するかわからないんだからね」


 ズケズケと何気にかなり失礼かつ辛辣な言葉を浴びせるりく乃だったが、王子院はその内容にというよりは、近くでしたりく乃の声にピクリと反応して息を吹き返そうとしている。


「食堂で割り箸でももらってこればいいじゃない」


 溜息すらつくりく乃は自身の弁当セットをガサゴソとやると、ほどなくスッとある物を取り出した。


「ハイこれ。スプーンの方今日は使ってないから貸してあげる」

「…………へ?」


 眼前に差し出されたピカピカのスプーン。近さ故に寄り目になる王子院は間抜け面を隠そうともしないでようよう顔を上げた。


「へ? じゃないわよ。使うの使わないの?」

「つ、使う! 絶対使う! このスプーンを後生大事にペンよろしく胸ポケットに挿してお守りとして持っていてもいいか!?」

「割とスプーンも使うんだからやめて。そんなに欲しいなら自分でコンビセット買えばいいでしょ」

「美影たんのぺろぺろした箸の至近で残り香を貪ったスプーンだからこそ欲しいに決まって……あああ後生だから仕舞わないでくれ!! 冗談だ冗談……なんかじゃないが、貸してくれて大いに感謝するっ」


 バネでも入っているかのようにがばりと起き上がり肉餌に食い付くピラニアの如き勢いでスプーンを掴んで言い募った王子院は、そうしてりく乃の冷視線の中で本鈴までに無事に弁当を搔っ込んだのだった。


「――ふう、ありがとう美影たん。君がいつも口に含む私物で食べた弁当はいつもの百倍は美味しかった」

「……気持ち悪い言い方をするな」

「美影たん、これからは変に気負わなくていいぞ」

「気負い? ハッ、貴様に殺気立ってるんだよ」

「言っておくが俺は年中無休受付だ」

「話噛み合ってないね! …………ってかいきなり何の話?」

「もちろん君の手弁当の話だ!」

「もちろん、の脈絡がわからない。あんたが私の一手間加えたお弁当食べたら舌が麻痺するわよ」

「……君は一体どんな一手間を加えているんだ?」


 とにかく、と王子院は弁当入れに丁寧に空箱を収めると、人心地ついたような顔でりく乃の手を取った。


「王子院家の名に懸けて、俺は君の手料理を食べる」

「そういう事はそっくり君にでも頼んだら?」

「……んん?」


 大きく呆れ目のりく乃の言葉に王子院は怪訝に首を捻った。

 彼女の様子にどこか羨望のようなものが見え隠れしていたのに気付いたからだ。


「美影たん……?」


 引っ掛かりを問う前に本鈴が鳴り、時間厳守タイプの教師が颯爽と教室に入って来たので疑問は一旦お預けにする。しかしその授業で小テストがあり、その採点を隣り同士でするようにと指示されて有頂天になったまま彼は忘れてしまった。

 その後、壊してしまった箸はお焚き上げで供養し、新品を購入。箸とスプーンとフォークまで入った三点トリプルセットにしたという。





「美影たん、箸を忘れたらいつでも俺に言ってくれ!」

「わざわざ貴様から借りるつもりは毛頭ない」


 魔法少女箸セット開封初日、友人と昼食を食べようと席を立つりく乃へと、ドヤ顔で頼りがいのある男をアピールした王子院。しかし彼女がにべもない断りを入れたのは、森羅万象、万物流転、自然の摂理の一部と言えよう。

 余談だが、彼の高校生活でフォークが使用される事は一度もなく、後に「処女美影たんフォーク」として大切に保管されたとか何とか。

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