14 相原家のとある夕食
「りくちゃん、好きな男の子はできたかい?」
夕食の席での同居の祖母の質問にりく乃は箸を止めた。
「え、ええとまだ、かな」
「そうかい。早く恋人でも作ってひ孫の顔を見せておくれよ?」
「あはっお祖母ちゃんったら気が早過ぎ」
「ホホホ、そうだねえ~」
りく乃は笑みを貼り付けながら不自然な冷や汗を何とか堪えた。
会話相手の祖母以外の食卓の誰も――祖父が、母親が、弟が、耳を欹てているのは明らかだった。
ここで態度を間違えば命の危機だ。
父親のせいで、女性アイドル……つまりは女性が好きなどと知れた日には……本気のしのりんラブとバレた日には、祖母から切腹させられる。
いや祖父から居合い斬りの巻き藁にされる。
何しろ二人はその方面の話題に母親以上に敏感だった。
自分たちの息子のせいで偏見を持っているのだ。
(はあ、今更言っても詮無いけど、お父さんももう少しきちんと話し合ってから出て行けば良かったのに……)
母親は仕方がなく同意していたものの、当時祖父母は一つも納得してはいなかったのだ。父親とはよく口論になっていた。
感心しないが、父親はおそらくは祖父母を説得できる気がしなくて話し合いを放り出した。
故にりく乃の父親は相原家から勘当されたも同然だったりする。
そういう理由から、しのりんの単なる熱烈な一ファンとして、そして自分がなりたい理想の女の子を見て研究するためだとして、部屋にしのりんグッズの数々を置いている事になっているりく乃にとって、決して女性アイドルにマジ恋をしているなどと露見してはならないのだ。
何もなければ普通に陽気な家族なのだが、こと恋愛については百合も薔薇も厳禁という今時の流れに逆らう厳格さと古さ、偏屈さがあった。
「でもりく乃、仲の良い奴くらいはできたんだろう?」
「生憎とそれもまだ」
今度は祖父の問いかけに首を横に振る。すると母親が思い出したように口を挟んだ。
「誰もだなんて、あらでもこの前宅配便を送って来た相手は? 王子院君だったっけ? お金持ちの」
母親は「上手くいけば玉の輿じゃない」とにやにやした。
「上手く? 行くわけないわよ。あいつは別に私を見てるわけじゃないもの。好きなアニメキャラに私がそっくりだからって、外見だけ気に入られてるだけ。そんな相手に恋出来ると思う? いつも意味不明でイライラするし、無駄に突撃スキンシップが多いし、行動が読めなくて正直苦手なんだよね」
「あらまあ、甘くないドキドキの多い男の子なのね。でも一周回るかもしれないわよ」
「すっごくアニオタでキモくて毎日二次元女子崇めてハアハア言ってる娘の彼氏なんて嫌でしょ」
「お金持ちでイケメンならよし。可愛い女の子連れてくるよりは全然いいわ」
「…………さいですか」
りく乃は密かな溜息をついた。
「ご馳走様~」
折良く食べ終わったので席を立つ。洗い物を流しに持って行き自らで洗い終えると自室に籠った。
「ふふふふ……」
ドアに背を付け一息ついた彼女は、壁に貼ったポスターに目をやった途端頬がだらしなく弛んだ。誰が印刷されているのかは言うまでもない。
この愛がバレれば即命が危ないかもしれない実家だが、幸いにして現状しのりん道驀進戦線に異常なし、だ。
――現状、僕にとって君は邪魔者。
家族での晩餐後、自分好みの豆と拘りの淹れ方で食後のコーヒーを淹れた王子院が、片手にカップを持って広いリビングを通りかかると、どこかで聞いたそんな歌詞が聞こえてきた。
「これは確か最近よく美影たんが口ずさんでいる歌……」
家族の誰かが消し忘れたのか、或いはたまたま中座しているのか、テレビの大画面に歌って踊る女性アイドルたちの姿が映し出されている。
「歌番組選局ということは、夕霧か。トイレにでも行ったのか?」
奇しくも彼女たちの中の一約名は、彼にとっては非常に目にするのが不本意な相手だった。
女性アイドル篠崎まりん。
「……これじゃ二股もいいとこだ。美影たんはこんな三次元女のどこがいいんだ。いくら俺にやきもきさせるためだとしても趣味が悪いな。こいつは絶対にぶりっこ属性じゃないか」
りく乃がこの場に居たら「頑張ってぶりっこしてる所がまた可愛いんだこのクズが」と罵倒される事必至な台詞を口に、王子院は冷淡な目でテレビ画面を見据える。
――現状、僕にとって君は邪魔者。
サビの部分は同じなのかさっきと同じ歌詞を口ずさむ少女たち。
「ホント女性アイドルの曲はボクが多いな。オレとかワシよりは耳ざわりやイメージがいいからだろうが」
アイドルに限らずアニメキャラでも僕っ娘はいるし、アニソンでも一人称が僕はよくある。
「ふう、
巷の男たちのような萌えもときめきも何もなく、ソファーを回ってつかつかとリモコンの載ったガラステーブルに近付くと、彼は片手のコーヒーが零れないよう注意して少し屈むとリモコンを手に取った。
「――現状、俺にとって君は邪魔者、だ。篠崎まりん」
当て擦りの台詞だったが、睨んだ画面の中で歌っている彼女の衣装は、まるで皮肉のように恋の矢を射るキューピットだった。
彼は躊躇なく「切」ボタンを押した。
ふつりと画面が暗転し、リビングに静寂が満ちる。
そしてリビングに近付く足音と入れ違いに彼は廊下へと出た。
テレビ観賞者は案の定妹の夕霧だった。
「あ、ちょっと席外してただけですのに、お兄様何で消しますのーッ!」
「電気代の節約だ」
夕霧が背後で更に喚いたが、彼はしれっとした顔で自室へと向かった。
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