19 トラブルは突然に2

 ライブも出来る施設の前の広場なので、イベントによっては車両の乗り入れも可能だったがために生じた状況だ。ただし今は他にも人が居る中での危険かつ無謀な運転でしかない。

 身の危険に思わず駆ける足を止めてしまった二人だが、それこそ連中の狙い通りでもあった。

 車は二人の進路を阻むように側面を急停止させるや、中からドアが開けられ有無を言わさず二人を引っ張り込んだ。


「ちょっと何っ、放してよ!」

「彼女に乱暴するな!」


 三人組は車が到着するまで王子院を足止めする役回りだったようで、彼らも急いで体を押し込めるようにして乗車する。運転席より後ろ部分は座席が取っ払われ荷物用の空間と言ってよかったが、それでもりく乃と王子院、三人組、車両後部に乗っていた二人の人員を合わせるとさすがに窮屈だ。

 因みに、同じ一味なので今更驚かないが、運転手も他の二人の男たちも覆面を被っていた。


「大人しくしてろよ? もらうもんもらったら帰してやるからよ。ん? 王子院君電話はどうした、持ってないとは言わないよな」

「……さっきお前たちのせいで広場に落とした」

「ははは何だ手間が省けたぜ」


 一人溜息をつく王子院は車内の床にがっちりと押さえ込まれて早々に両手首を縛られていた。


「そんな……」


 手を後ろにされて身動きが取れないように捕まるりく乃が不安に揺れた声を出す。彼女も外部への連絡手段を断つ意味で鞄からスマホを没収された所だった。

 しかしそこは相原りく乃、キッと男たちを睨め付ける。

 その目には屈さない諦めない絶対に逃げ出してやるという闘志が見て取れた。


「へへっ可愛い顔して生意気な態度取ってるとお兄さんが躾けちゃうぞお~? ひと目見た時から俺の好きな美影ちゃんにそっくりって思ってたんだよねえ」

「うっわ出たよこいつのアニオタ趣味」


 奇遇にも王子院と同じキャラ担当なのか、男が覆面下で鼻の下を伸ばしているだろう気配を滲ませてりく乃に手を伸ばす。


「君さあ、橘美影っぽいってよく言われない?」

「…………」


 りく乃は生理的な嫌悪から顔を背けた。


(この人王子院よりも百倍は気持ち悪い!)


「聞けえーッ! 実は俺も橘美影が推しだ。だから橘美影の等身大人形が欲しいならいくらでもくれてやる。だから惑わされるな。彼女は似ていると言ってもアニメのキャラじゃない、三次元の女なんだ。目を覚ませ、二次元の貴さを忘れるな!」

「ちょっと王子院、あんたこんな時にまで……」


 自分は貞操の危機さえ感じて怯えているのに言うに事欠いてそれかと、カチンと来てりく乃はわなわなと震えたが、男は「確かに……!」と呟いてハッと間違いを悟って悔いるような様子を見せた。

 結果的には良かったが、りく乃は複雑だ。

 他の仲間も呆れた様な目になっていて、車内に白けた空気が流れた。

 しばし皆の沈黙と走行音だけが車内を満たしていた。


「……もしも彼女に危害を加えてみろ、一銭だってお前たちの手には入らない。王子院家の総力を挙げてでも葬ってやる」


 そんな中で俯きがちにして垂れた前髪の奥からぼそりと放たれた王子院の声に、車内はより一層静まり返った。

 りく乃だけは不思議というか意外そうにした。


(王子院ってば激おこの演技が上手だったんだ。何か真に迫っててちょっとビックリよ)


 約一名以外の車内の人間たちは、少年の逆鱗を密かに理解した。

 その後二人は目隠しをされ、しばらく長く車を走らせた後に降ろされて歩かされた。そこで目隠しを外されるも、内部の様子からどこかの倉庫だろうとは察しが付いても、ドラム缶や無造作にシートを掛けられた資材以外何もない屋内に、自分たちの現在地がわかるものは何もなさそうだった。

 りく乃と王子院の私物鞄は無造作に二人の傍のコンクリの床に放られ、二人は足首をロープで拘束され、両手は後ろに回された格好で手首を縛られ、更には背中合わせにされた上に誘拐犯たちは二人を同じロープでぐるぐるぐるとひと纏めに縛っていった。

 他にも別の仲間が居るのかは不明だが、誘拐の実行犯たち皆が出て行き、遠くの方でガラガラガラと重たそうな扉をスライドさせて入口が閉じられると、後はもう静寂が満ちた。


「もーここまで入念にしなくたっていいのにっ。体勢的に変に窮屈だし」


 扉の外に見張りはいるのかもしれないがこの場には監視の目がないというわけで、今が好機とばかりに早速とりく乃は力一杯もがいてみた。しかし思うように身動きは取れなかった。少し息を上げた彼女は大きな溜息をつく。


「はふぅ、駄目かー」

「美影たん、そう焦らないでくれ」

「無理でしょそんなの。王子院はこの状況で危機感ないの?」

「いやその……見えない所ではあはあ言われてもぞもぞされると、変な気分になる」


 彼は無言のりく乃から後ろ頭突きをかまされ別の意味で身悶えさせられた。


 だだっ広い内部には壁の方に上階へと続く鉄組みの階段があり、複数ある窓は背伸びしようとも到底届かない位置だ。

 二人はしばらくの間会話もなしに過ごした。

 窓の外はまだ明るい。

 時間を知る術がないので正確な時刻はわからないが、ここに来るまでとここに来てからの体感時間と、加えて空の感じから午後だろうと判断できる。

 しのりんのライブはとっくに始まっているに違いなかった。既に終わっている可能性もある。


「私たちどうなるかな、ねえ王子院?」

「俺のせいで怖い思いさせて悪かった。この手の災難に巻き込むつもりはなかったんだ」

「貴様馬鹿か?」

「え」

「誰があんたのせいだって言ったのよ。悪いのは全面的にあいつらなんだし、あんたが謝罪する必要ないでしょ!」


 背中で凛々しく言い切ったりく乃に、王子院は思わずも苦笑を浮かべた。


「それに、不思議とそこまで怖くないのよね。殴られたりナイフで脅されたりしてないせいかも」

「それは幸いだが、警戒心を解いたら駄目だぞ」

「うんまあ、それはそうでしょ。さっき下らない思考して緊張感がなかったのはそっちだけど」

「ハハハハ」

「確かに不安はあるけど、一番は一人きりじゃなかったからかな。王子院が一緒だった」


 りく乃の耳に微かに息を呑む音が届く。


「ち、因みに吊り橋効果で俺にドキドキしたりは?」

「皆無」


 背後で落胆する気配を感じ、りく乃は呆れ気味に眉を上げた。


(そう言えば車の中で、こいつってば私と美影は違うってハッキリ言ってたけど、区別できてたんだ? それともあの場限りの言葉? 本音を訊いてみたいかも……)


「あのさ、王子い…」

「やはり遅い」


 不意に重なった声と同時に王子院が動いて、背中の方でゴキッと何やら肉の内に籠った様な決して気持ちのいい類ではない音がした。

 無意識に一時息を止めてしまったりく乃の背後でスッと王子院の気配が遠ざかり、りく乃は縄が緩んだからだとようやく悟る。


「え……何……?」


 恐る恐る見やれば、王子院は立ち上がってやや顔をしかめつつ肩の具合を確かめている。どうやったのか手首の拘束も解いている。りく乃の視線に気付いてか、彼はしれっとして言った。


「ああ、ちょっとロープを緩めるのに関節を外した」

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