たとえ天地が引っくり返っても
まるめぐ
1 りく乃プロローグ
「みーかーげーたーーーーん! 大好きだあああああーーーー!」
白昼堂々の告白に、校門付近を下校中の生徒たちの多くがこっちを振り返る。
私は冷め切った目で目の前の告白相手を一瞥すると、避けるようにしてその横をスタスタと通り過ぎた。
大体、私は
美影――フルネーム
「待ってくれ美影たん! 今日こそは俺のこの深い想いを一ミリで良いから受け入れてくれ!」
必死な顔の彼からはっしと掴まれた手首を「放してよ」とぞんざいに振り払って、私は今度は
私はこいつとなんて恋しない。
彼がどんなに今時のイケメンでも、超絶お金持ちでも、頭脳明晰運動神経抜群でも、その他女子が憧れるようなハイスペックな男でも、私は絶対に恋なんてしない。
だって私は女性アイドルの「しのりん」が大好きだから。
「美影たん、俺は何度だって告白して君を振り向かせてやるからな!」
「だからそれが大迷惑だっていつも言ってるでしょ。もう何度言えば分かるわけこのカカシ頭」
「三次元の相手でいいなら俺でも全く何一つとして見劣りしないじゃないか!」
「全っ然違うわよ!」
しのりんは誰も及ばない、誰にも代わりなんて出来ない、私のたった一人の想い人なんだから。
どうして彼女が私の唯一になったのか、特筆すべき経緯はないけど、言うなればそれすなわち偶然にして必然の運命だったって感じかな。
なーんて気障っぽく言ってみても、きっと家の事情がなかったら彼女にフォーリンラブはなかったと思う。
私の家は父親がいない。
これは現在進行形の家の事情。
別に死んだわけじゃない。
ある日突然、私の知らない、ううん顔だけは知っていた相手で母親とも面識のあった相手と出て行った。
学生時代から友人だったって――男性と。
母親と結婚し私や弟という子供まで
私が初恋の一つもする前だった。
母親は「振られちゃったわ」なんてからりとして何でもない事のように振る舞っていたけど、そこは同居の舅姑に気を遣って演技していたんだと思う。もちろん当の舅姑つまり私にとっては祖父母も不肖の息子については申し訳なさそうにしていて、ある時期は本当に家の中がぎこちなかった。
だからだと思う、誰かを好きになるのをどことなくいけないように思っていたのは。
そのせいもあって、中学生になり恋愛事がメインと言っても過言ではない時期に差し掛かり周囲が色気付いていく中でも、私は恋の一つもしなかった。
そんなある日、母親は私にこう言ったわ。
――恋愛事は感情よりも理性でするのよ、と。
相手に本気になるだけ虚しい思いをするとも言っていた。
後にも先にも一度きりのキッチンでの会話だった。
その時の母親は珍しく酔っていた。
いつもからからとしている母親の真面目でけれどどこか疲れた悲哀に満ちた顔は、今でも記憶から薄れる気配はない。ただまあお酒を飲んだ人間にはよくある事のようで、翌日その記憶はなかったみたいだけど。
父親憎しとは思わない。
部屋に古い家族写真を飾ってるし、今でも連絡を取ろうと思えば取れる。
それでも時々、どうしてと苛立ちを感じるのは否めない。
恋愛事で浮き沈みする周囲の友人たちを横目に、そもそも母親の言葉以前に誰かを好きになっていなかった自分はどこかおかしいのだろうか。
その考えは次第に強くなって私を悩ませた。
結局尊敬や憧れは抱いたけど恋愛という観点から好意を寄せる相手がないまま中学卒業を目前にした、どうせ高校でも変わらないとそう思っていたある日。
――しのりんと出会った。
まだ現在くらい知名度も人気もなかった頃のしのりんたち
初めは単に頑張る同世代少女たちの姿に少しの興味を覚えて、どんなものか見ていただけだった。
「この子たちって恋愛してるのかな」
タブレットの画面を眺めながら思わず呟いていた。
アイドルグループの中には恋愛禁止のとこもあるから、そういうとこの子は誰かを好きにならなくていいんだ。まあ密かに恋してたりはするかもしれないけど。
「そういうの、いいなあ……」
友達の幾人かは口には出さないけど、恋バナの出来ない私を少しつまらなそうに見る時がある。でもだからって私も誰かを好きにならないといけないの?
そもそも、好きになっても大丈夫なの?
だったら、どうやって好きになればいいの?
誰か知っているなら教えてほしかった。
つらつらとそんな思考を回しながら、ステージ上に切り替わった映像をぼんやり眺めていた時だ。
――そこの恋していない君~。
演劇の台詞のような歌詞が流れた。
「あは、まさに私じゃん」
一瞬メンバーからの呼び掛けにドキッとしてしまい苦笑する。
――ああ神様、一体誰に恋したらいいですか?
そんな台詞を口にしたメンバーの次に、マイクを持った一人の少女が華麗なターンを決めカメラ目線でアップになった。
――私に恋しちゃいなよ!!
「え……」
ドクン、と心臓が高鳴った。
まるで天啓のような声と屈託のない可愛い過ぎる笑顔に、心の何かにヒビが入ったような気さえした。
「恋……しちゃっていいの?」
彼女に。
私も誰かを好きになっていいの?
本気で。
――私はOKだよ!!
駄目押しのウインクだった。
何て奇跡的な歌詞の巡り合わせだろう。
その時きっと、決定的に私の中の大事な何かを撃ち抜かれたんだと思う。
即刻ググって彼女が
以来、彼女を追いかけグループを応援し続け、気付けば異例の早さで地上波の歌番組にも出演する程にまで彼女たちはのし上がった。
そこにファンとしての誇らしさと親しみと、独占欲からの少しの恨めしさを感じながらも、今日も明日も明後日も私はテレビの中のしのりんを見つめ、応援し続けるつもりでいる。
それは最早恋とか愛とかの括りなんて無意味なくらいの、私の人生の決め事。
あの時のしのりんに、私の恋は、心は、救われた。
画面の中の彼女は、私にとっての神にも等しい。
……正直、同性を好きになるなんて血は争えないかも、なんて思う。
とにかく、どんなハイスペック男子だろうとしのりん以上の男なんていないって断言できる。まあしのりんは女子だけど。
だから高校に入って話しかけてきたイケメンでお金持ちで頭も良いウザくてしつこくてド変態のアニオタな奴なんて、一切眼中にないんだから。
「――いい加減、変態は退散して!」
生徒たちの注目を集める校門前、私は一人の男子生徒と対峙する。
「でないと、ダークサイドに落ちた美影を演じるわよ?」
「なッ……!? そそそそれだけは駄目だ! 美影たんは闇に屈し染まったりしない永遠の正義の魔法少女なんだ。君は何を考えている!?」
「あんたがさっさと回れ右してあそこの車に乗り込めばいいのにって思ってるわ。ほらほらダークな美影たんが嫌ならとっとと行って」
「くっ……わかった」
あそこの車って言うのは校門前に横付けされた彼のお迎え用の黒いリムジンよ。勿論運転手付きのね。
彼――
だから大きなショックを受けてすごすごと去っていった。
よかった。これで今日も安心して帰れるわ。
全くホント、王子院に恋なんて、天地が引っ繰り返りでもしない限り有り得ない。
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