7 しのりん似の転校生2
りく乃が大急ぎで助け起こすと、アイドル篠崎まりんそっくりな少女はお礼の言葉と共に、何故か申し訳なさそうに首を竦めた。
「しのりんどこも痛い所はない?」
「あ、大丈夫です」
「本当に? 嘘ついてない? 遠慮してない? 強がってない? 私の事好き? 好きよね? ね?」
「え? ええ?」
「好きだ。大好きだ。俺は世界で一番君が大好きだ!」
ビンタ跡を勲章のように撫でさすりながら声高に訴える声は黙殺された。
「しのりんは頑張り屋さんだから無理してるんだよね。学校すぐそこだし保健室に行こう! 私が服の下の隅から隅まで診てあげるから安心して! はあはあ……ッ」
「えっ? ええっ?」
鼻息も荒くわきわきと手指を動かすりく乃。
何か安心できない空気を感じたのか、しのりんそっくりさんは血の気を引かせて後ずさった。
「さ、行こうしのりん!」
「美影たん早まるな! 君は相手が偽者でもいいのか!?」
「そ、それは……っ、貴様痛い所を。でもしのりんは忙しいし、手近なところで手を打つのもアリなのよ!」
「俺だけでは満足できないなんて欲張りさんめっ!」
「貴様だけはないわーーーーっっ!」
吐き捨てて自棄になった指先が「し、しのりん誤解しないで」と震えながらそっくりさん少女に触れようかという時だ。
少女が意を決した眼差しで顔を上げた。
あたかも男の中の男のような勇者の目だった。
「あっあのッ、かか勘違いなさっています!」
「しのりんへの愛に勘違いなんてないわ!」
「じゃなくて、ぼっ――僕は男です!」
早朝の路上にハイトーンボイスが響き渡った。
そう言えばハスキーな声の女性だなと王子院も思っていたが、これで納得だ。
一方のりく乃は、
「へ……?」
ポカンとなった。
頭にお花が咲いたようにほへっとした顔をしている。日本語が理解できなかったようだ。しのりんそっくりさんは理解させようと親切にももう一度言った。
「僕は男です」
王子院はまじまじとしのりんそっくりさんもといしのりんそっくり君を見据えた。
「本当に男か?」
「本当に男です」
「……身分証などはあるか?」
「はあ、……どうぞ。まだ前の学校のですけど、学生証です」
「……ふむ。間違いなく男だな。しかも何だ同級生か。それにしてもこれほどまでに女子にしか見えない男がいるとは驚きだ」
「ええ、僕ももっと男っぽくなりたいとは思ってるんですけどね。毎日走って筋トレしてプロテインも飲んでるんですけど、体質なのか中々筋肉が付かなくて悩んでいるんですよね」
適度な運動で適度に筋力が付く王子院はその経験しようのない悩みに同情が湧いた。
「当家専門のインストラクターを紹介し……いやいやいやいやライバルに情けをかけてどうするんだ俺はッ!」
「心の声、駄々漏れですよ。でもライバルって……?」
しかしそっくり君はあまり気にしないタイプの人間だったようでそれ以上は詮索せず苦笑しただけだった。
「…………お…おと……こ……」
りく乃が、買ったのを忘れてしなびてしまった
「ほ、本当に……男、なの……? そういえばスラックス穿いてる……」
藁にもすがる表情とはこんな顔だろうとその場の男二人は思った。
「す、すみません。男です」
「………………そう、なの」
ついでとばかりの学生証提示の姿が印籠を掲げたご老公様のようだった。
りく乃の目から急激に熱が冷めていくのを王子院はその目でハッキリと見た。
「あの……私、男には全然興味ないので、今までの事全部ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「い、いえ……」
内心「よっしゃあああ! 撃沈した!」と快哉を叫んだ王子院だったが、ハタと気付いた。
しのりんそっくりでも「男」は駄目らしい。
「ふっ、つくづく美影たんは百合属性だな。しかし俺はどんな美影たんでも大好きだから、安心してくれ」
しのりんに似てさえいない上に男である自分を、しかし王子院は全く悲観していない。むしろ得意気という態度だ。
それというのも、家族の頓珍漢な激励により俺はりく乃とは既に両想いだと思い込んでいるのだ。
そんな心の余裕からか、大き過ぎる落胆に急激に老け込んだりく乃を余所に、王子院はそっくり君に王子院家の伝手でマッチョ育成率百%のインストラクターの連絡先をすぐさま教えてやった。
「王子院くんありがとうございます! それじゃあ僕は先に行きますね」
「ああ。道はわかるか?」
「下見してましたからわかります」
そっくり君は何事もなかったような顔で二人に柔らかく微笑んで去っていく。
その状況への順応力、彼も案外食えない相手なのかもしれないと思った王子院だった。
意気消沈するりく乃は言葉もなくじっと足元を見つめている。しのりんのそっくりさんでも見た目はしのりんも同じ。学校で疑似しのりんときゃっきゃうふふができると思っていただけに落胆もひとしおなのだ。
「美影たん、遅れないうちに行くぞ」
「先行ってどうぞ」
「そう言うな。うちの車に乗って行け」
「いい」
王子院は何となくこの雰囲気に慣れず、腕組みして何度も小さな溜息をついて小さく唸った。
普段なら「何それ威嚇犬? さっさと
「……その、何だ、そこまで想いが強い君なら、いつか必ず本物のしのりんに会えると思うぞ。俺としては非常に不本意だがな。大体君が勝手にぬか喜びしただけだろう?」
「……っ」
貴様にこの気持ちはわからない、そう言い返そうとしたりく乃より先に王子院が続きを口にする。
「だから落ち込むな、――りく乃」
「……っ、お、王子院……うざい」
この日珍しく、りく乃は文句も言わずに王子院の提案に従って途中からリムジンに乗って登校したのだが、やっぱり極度の放心の余り念願のリムジンに乗ったそんな記憶さえ飛んだらしい彼女は、後で話を聞いて酷く残念がった。
ただ、放心理由の半分は予想外の慰めに動揺したからだったのを、王子院は知らない。
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