全国大会

 地下鉄九段下の階段を上ったところで指太郎が膝裏を掻きながら待っていると十分ほどで先輩はやって来た。先輩は髪が前日より五センチも伸びていた。

「おはようございます」指太郎がいった。

「皆は」すまなそうに先輩は訊いた。

「受付にもう」指太郎だけが先輩を待っていたのだった。「行きました」

 木陰を二人は並んで歩いた。緩い上り坂の左手は抹茶のような濠だった。

「遅刻するなんてごめんね」

「いや」

「急にトイレが動かなくなって大変だったよ業者呼んだり」

「先輩髪の毛が五センチ伸びましたね」何かいおうと思い指太郎はそういった。

「そう思うんならそうなんじゃない」先輩はにっこり笑った。

 紫色の木陰から出ると太陽が強く照り返した。汗を撫でつつ暑いですねと指太郎はいった。そうだねと返す先輩は暑くなさそうだった。その後に先輩が何か喋ったが蝉の音でよく聞き取れなかった。先輩が笑ったので指太郎も笑った。売られているアイスキャンディーを見ないようにし門を二つくぐると武道館が見えた。

「暑い」

「電話しようか」

「あはい」先輩にいわれるまで何も考えていなかったことを指太郎は恥ずく思った。

 武道館の周りは同じような格好をした若い人間で一杯だった。皆受付や計量をしているようだった。時折着替え終えた選手もいて、読めない名前を見つける度にあいつも強いに違いないと嫌になった。

「皆強いんだろう」

「二階の東だって皆」電話を終えて先輩が振り向いた。先輩はポロシャツだった。指太郎も制服で、試合には出ないので二人とも手ぶらだった。

 館内も人で溢れていた。先輩は人ごみに揉まれつつ掻き分けるように通路を進んだ。後ろを歩く指太郎は先輩の背中をずっと見ていた。ついて行くだけで楽なので少しすまなくもなった。

 迷子になることもなく二人は皆と合流をした。

「眩しかったよ」同級生のAがいった。

「いいよもうそれは」指太郎はいいながら席についた。ビニール袋は椅子の下に投げた。

 応援席にも道着に着替えた選手が多くいた。目指す試合まではかなり間が空いていた。

「先輩何かいってた」Aが小声でいった。

「謝ってたよ謝ってるんじゃない」指太郎は離れた席の先輩を見た。「謝るほどのことでも」

「まあ出ないし間あるけど」

 遅れた先輩が仲良しの隣に座るため、席が一つずつ波のようにずれていった。移動した隣の椅子は生温かかった。自分の熱はそれほどでなければいいのにと指太郎は思った。トイレから帰ってきた一年の席がなくなっていた。後列に座る一年を見てやや嫌だが大したこともないだろうと指太郎は結論した。

「そいや何でお前が先輩待ったの」メールを終えたAが訊いた。

「変だった」

「よく買って出たなとそんな仲良かったっけと」

「悪くはないよな気がしてたんだけど」

「普通なんだと思ってた」

 よくしてもらってるような気がしているのは自分だけかと指太郎は思った。

「試合もうだよ」

 知らず居眠りをしていた指太郎は顔を上げた。ごめんなさいと謝ると先輩はにっこり笑った。空調で冷えたのかさすると腕が鳥肌だった。汗は乾いたようだった。

 二階の暗い席からはアリーナがオレンジ色に見えた。八角形の試合会場には蝿ほどの大きさの無数の選手と竹刀がひしめいていて、そこで全国大会をしていた。

「ほらもう始まるよ」先輩は立ち上がり指太郎もそれに続いた。応援席の一番前に陣取ると同級生Bがコートに入るところだった。眼下のコートを見下ろしながら手摺が低いなと指太郎は思った。「落ちそう」

「人多いしね」先輩は膝を畳んだ。

 相手は埼玉の選手だった。互い礼すると二人は三歩進み平均台の上で蹲踞した。審判が叫び試合が始まった。

「勝てそうかな」先輩はいった。「動かしたのかな」

「一人だけれどどうでしょうね」偉そうかなと指太郎は思った。

 指太郎らの学校で出場しているのはBだけだった。指太郎も先輩もB以外全員が地方で負けていた。

 体は大きくないなと相手を見て指太郎は思った。試合が始まると同時にすぐ上の三階席でどっと拍手が沸いたのできっと負けるだろうと思い直した。コートの中には三人の審判が立っており全員が風邪を引いていた。遠目に風邪だと判ったのは額に薬を貼っているからだった。

 平均台の上で向き合った選手二人は竹刀を合わせて中心を取り合っていたが、四十秒もした頃にBが台から落ちた。ああと指太郎は声を漏らし上の階からは歓声が起こった。

 再びBは位置に戻ったが今度は体当たりで崩されあっけなく二本目を取られた。礼をしてBの試合は終わった。

「負けちゃった!」先輩はいった。悔しそうだと指太郎は思った。立ち上がった先輩は階段に溢れている私立の女子の小指を踏みながら通路へと走り去っていった。指太郎は立ち上がるとよもぎ色のプログラムを開き、知り合いの試合で一番早いものを探し移動した。

「Bは負けてしまったなBが飛ばされるのを初めて見た」全国大会と指太郎は思った。頭上では鉄と国旗が宙に吊られていた。

 中学時代ブロックが同じだった選手の試合を指太郎は追いかけた。皆負けたり勝ってその次で負けたりしていた。全国まで来て同じ地区同士初戦で当たったりもしていた。こんなとこまで来て何で内輪で当たるんだと指太郎は思った。どちらもそう思うのかどうなのか人一倍負けたくないらしく激しい試合だった。

「ああすごい試合だった」試合が終わって指太郎は止めていた息を吐いた。周りを見るとそういう親御が幾人もいた。負けた選手がホワイトボード裏を歩いて暗がりへ戻るのを見、彼らは試合だが自分は何してんだろうと指太郎は思った。

 八角形の会場は三階建ての洗濯機のような巨大な音を立てていた。隙間に作ったような小汚い便所の中にも音は響いていた。裾を上げて用を足す選手の白いふくらはぎはボウリングのピンのようだった。サンダルは床のタイルに当たると木琴のように綺麗に鳴った。

「お前勝った?」用を足している選手の一人が隣の選手に訊いた。

「負けたよ強くって」隣の選手は答えた。「すごいよな練習しなきゃ」

「でももう終わりじゃない」

「それはそうだ負けたもの」

「うん」

「お前は勝ったの」

「勝ったよ。まだ終わってないよ」

「そうか頑張ってね。おれは負けたんだ」

「おれは勝ったよ」

「うん。おれは負けたよ」

「おれ勝ったよまだ」

 いたたまれなくなったので指太郎は手を撫でるように洗うとトイレを飛び出した。「自分は見てただけだ」と思うと惨めでしょうがなくなり、空気でも吸おうと武道館の外へ出た。

 ドアをくぐった途端クーラーが途切れ焼けた空気が顔を覆い、いやだなと指太郎は後悔した。外は白や黒のペンギンのような格好の選手で一杯だった。時折ポロシャツの人間もいた。先輩もポロシャツを着ていた。手にはアイスを持っていた。

「暑いね」先輩は笑っていった。

「そうですね中に」

「アイス買ったからみんなで食べてよう」

 肘に掛けたビニール袋の中には山ほどのアイスが崩れて積まれていた。差し入れるなんて上級生は大変だとぼんやり思った。食べていいよと先輩がいうので小倉のアイスを指太郎は掘り出した。紙のカップは汗で歪んでいた。

「蓋舐めますか」開いた蓋の裏を見ながら指太郎はいった。

「人のはいいよ」先輩は自分の練乳あずきで手をべとつかせていた。

「自分のなら舐めますか」

「恥ずかしいけど落ち着かないもの」

「舐めても美味かないし舐めぬと不安だし、蓋が嫌でだからアイスを開けるのも嫌になるような、見ているだけのおれは何だかそういう人生な気がする」

「それは自慢なの」

「そうですか気持ちの問題を」

「私は蓋ちゃんと舐めて本体を食い残すような人生がいい。そういう細部に行き届いた生き方が理想だよ私」

「そうか」何だか羨ましいのが指太郎は不思議だった。炎天下で無駄な話をしている内にアイスはどんどん溶けて潰れていった。そういうところも人生みたいだと指太郎は思った。

「嘘だ人生なんて見てるだけで少しも知らないもの」

「しかし全国はやっぱすごいね皆上手で」

「上手くてもう誰が上手いのか判んないです皆同じくらいに見える」

「ここに出るようなやつらはみんなすごいなあ何もないことの確認に来てるみたいだ。九段下に来る度に自分が不正に持ってた気持ちや物をなくすみたいだ。それはいいことなんだろうな。何も持ち帰れなくてここで全て終わるのはずるしてた証拠なんだろう」

「惨めな気持ちになりませんか」

「なるなら頑張りゃいいじゃない」

「判んないようじゃどこかで駄目じゃないですか。そうでもないですか」簡単に正論をいわれて惨めになり指太郎は蹲った。「強い人がいて、その人が強いということは、同い年のその人はいつ弱かったんですか。その人は蓋のないアイスだったという、ことでは特にないのでしょうか」

 先輩はしばらく黙っていた。先輩とこんな話をするのは初めてだったので指太郎は変な汗を掻いた。試合前のように内臓が冷えて試合後のように後悔をした。もっとお菓子についてとかそういうおかしい話にしておけばとすぐに反省をしたが、五家宝について考えをまとめている内に先輩が口を開いてしまった。

「強い人がいるとして、蓋がないかも知れないし、舐めない派かも知れんし、だからって自分が食い切らぬ内に人のアイスを気にして、そういうのは素敵じゃないし、それはがめついだけなんじゃない。強い人らに蓋的なものが、あってもなくても私にはあるし、蓋に付いたような惨めさがそのままで頑張って、そういうの出来りゃそれはいいけど、私もあんたも出来ないでしょう。あるだけで蓋が苦手なんでしょ。そういうのは気持ちの問題なんだろうし、そういうのどうにか出来てるやつが今強いやつでしょ。私もお前も弱いんだから、覚悟とかない駄目なんだから、頑張ってそっから始めるしかしょうがないじゃない。始めてるうちに人生が溶けて、それで食い残してしまうんなら、それはいいことなんじゃあないの」

「思っていても出来なくないすか」

「それも含めて」そういって先輩は笑った。「頑張りましょうよ」

 会場に戻っても他の部員は見つからなかった。アイスを持ったまま二人は三階席をうろうろした。

「ねえあなたまだ二年でしょ。あと丸一年あるじゃないそも。これじゃ駄目だと再確認できたんだから悲観しなくてもいいじゃない」歩きながら先輩は指太郎を励まし続けた。嬉しいけれど恥ずかしいのでその話はもうよしてと指太郎は思った。

「先輩お菓子の話しましょう」

「おいしいよねまあ頑張りなよいつもは無理でも、駄目だと確認できた日くらいは」先輩はいった。「その日その日で真面目になれれば、それが続けばいいんじゃないの」

「おれ本当にへたれなんです」

「知ってるよ」

「へたれだから頑張れとかいわれると頑張ろうとかすぐ思っちゃって覚悟もないのに」

「尻すぼみならまだいいじゃない。あと一年すぼむ間もないでしょ」

「都合のいいことばかりいわれると都合よく考えられるんです。だからどうもありがとう」

「いや」先輩は苦笑した。

「先輩も頑張って下さい」

「いわれたからって返さなくても」

「応援しているんです」

「うん。あでも全員死んだから今日で引退か」歩きながら先輩はふとそういった。

 いわれてそのことを指太郎も思い出した。

「引退しちゃうんですね」

「勉強しなきゃね」

「もう部活来ないんですね」

「最低しばらく休まなければね」

「何だかもう全体的にこういう感じじゃなくなるんですね。ここには価値はなくてだから額縁はいらないんですね」

「あっコート決勝だ」

 三階の最前列まで先輩は駆け下りていった。アリーナではコート数がだいぶ減って、試合の終わった選手たちが中へ入り込んでいた。残っているコートでは白い選手と黒い選手が戦っていた。先輩の背中はよい形をしていた。背中がよい人はとても羨ましいなと指太郎は思った。

「色んな人が羨ましい」

 眼下の最前列へ階段を駆け下りた指太郎はそのまま手摺りにもたれている先輩の背中を押した。あっと声を出して先輩は大きく傾き、視界から消えた。

 ちょうどで試合が決まったのか会場中が大きく沸いた。見てなかったなと指太郎は後悔もした。拍手が止んだ後もどよめきだけ泡のように残っていた。

 皆どこへ行ったんだろうアイスあるのにと指太郎は思い応援席に目を凝らした。いなくなったのは自分の方なのかと途中で気が付いた。南の一番高い最後列から会場を探すと、ちょうど真向かいにふざけてじゃれ合っている集団を見つけた。キャラの比率が近似だったのでうちの学校だろうと当たりをつけた。

 南西の扉を開けて先輩が現れた。先輩はきょろきょろと周囲を見回し、背後に指太郎を見つけると、ゆっくり階段を上って近付いてきた。

 指太郎の前に立つと先輩は折れた手首を見せた。大きな手は手品のようにひん曲がっていた。指太郎が手首を持ち更に折る方向へ強く押し込むと皮が破れる音がした。折れた先輩を見て鏡で遊んでいるようだと指太郎は思った。先輩が咳き込んだので指太郎は人差し指と中指を揃えて、先輩の頬にしっぺした。痛くも無いのか先輩は何もいわなかった。指太郎は何度も何度もしっぺを繰り返したが、しっぺではダメージを受けないようだった。

「駄目だ」肩で息をしながら指太郎は呻いた。「しっぺでは倒せない」

「ラララー!」先輩が歌い出した。「ラララーあばばラララ」

「お困りかな」

 東の方から全身に炒飯を纏った男が現れて、指太郎と倒れている先輩に歩み寄り、炒飯の中から布袋を取り出すと指太郎に手渡して微笑んだ。

「中に何でも入っているよ」

「ありがとう見知らぬ人」

 指太郎は布袋から裁ちばさみを取り出すと、先輩をちょきちょきと切断し始めた。まず逃げられないよう膝を切り取ったが、切り取られた膝はどこかへ逃げてしまった。指太郎ははさみを逆さに持ち替えて(危ないので)、後を追いかけ先輩の足を押さえつけた。膝からは雨のように血が吹き出ていたが、尚も元気に動いていた。何度か胸を蹴られて息が詰まったが、苦労して足を更にばらばらにするとそれで動かなくなった。本体の元へ戻った指太郎はもう片方の足を切り取った。そちらの足も逃げようとしたが血で滑って転んだところを指太郎がフォークで串刺しにした。ナイフも使って筋肉を丁寧に剥がしていくと、太くて大きな骨が出てきた。

 会場が急に明るくなった。指太郎が驚いてコートを見やると決勝戦が始まっていた。

 電光掲示板に選手の名前が大きく灯った。

 拍手に呑まれるアナウンスが選手の氏名と所属を告げた。

 一斉に点いた天井の照明は辺りに飛び散った返り血を浮かび上がらせた。小さな肉も影を作った。コートの中心の二人の選手を見てあれが今日の日本一なのだと指太郎は思った。

 大きな拍手に包まれて決勝戦が行われている横で、指太郎は先輩を細かくして殺した。二人のためだけの電気で手元も死角も明るかったが、先輩がいつ死んだのかまだ生きているのかはよく判らなかった。生きているなら痛いようにと爪を鋏で切り取って、手首の穴から刃先を入れて、肘まで開いて魚を詰めた。指は強く握ると折れてしまった。髪の毛を五センチ分短くしようとしたが、切ってみると先輩は間抜けに見えた。決勝戦は洗練されつつとても激しかった。一振りごとに会場が沸いて、静かな時でも建物は揺れた。殆ど見ていない指太郎に凄みは伝ってこなかったが、骨を切る音やその手応えは全部呑まれてうやむやになった。切り取った耳が飛び立っていくのを見てから、決勝が見える位置に先輩を抱えなおした。体を起こした先輩は決勝を見ても何もいわなかった。見る分にはいらないだろうと上下半身を切り分けると、先輩の腰から下と内臓と骨が血で黒く光る階段をずるずると滑り落ちていった。垂れ幕のように大きく広がった腸は座席の脚に絡まり、血だまりを跳ねる度にべちゃべちゃと熱い音がした。絡んだ拍子に壁が破れて、管の中から先刻に食べた練乳あずきが流れ出した。眼下の先輩を見て、それからコートを見やると、どちらか一本を取ったらしく白い旗が三本上がっていた。どういう二人なんだろうと今更に思い、くしゃくしゃにしてあったプログラムを取り出すと、トーナメント表も選手名簿も真っ赤で読めなかった。三階席いっぱいに広がった先輩の消化器を座ったまま指太郎は見た。アリーナが揺れると血に波紋が浮いた。

「あなたを殺してトロフィーでも出ないか。あなただって俺の全国大会だったんだ」

 閉会式では無数の賞状とトロフィーや盾や旗が強かった選手に渡されていた。賞の種類は膨大で、受け渡す量も膨大だった。あんまり何度も繰り返すので、地獄甲子園みたいと誰かが呟いた。

 閉会式が終わって簡単なごみ拾いが出場校に課せられた。各校に大きめのビニール袋が支給されて、目に付く大きなごみを拾っていくものだった。部員の中から指太郎と後輩が代表して掃除に当たった。指太郎らの割り当ては真下の二階席だったので、三階の先輩が拾われる様子は見えなかった。

「今日か明日か業者も入れば多分綺麗に片付くんだろうな」

 掃除後合流できた部員らの背中を見ながら指太郎は思った。照り返す石畳の上で皆少し疲れた顔をしていた。大会が終わりなので新しい部長が決まったところだった。

「部長かやだな。でも何だか気持ちいい」部長になったAはいった。

「終わっちゃったな」Bがいった。「もう気まずい練習もないのね」

「勉強しなきゃね」指太郎は呟いた。

「あああ何にもないな。ここから何にも持ち帰れないな。何か持ち帰れる人もいるんだろうが、おれにはトロフィーくらいしか思いつかないな」

「もっと精神的な何かはないの」笑いながら新部長が訊いた。「がめついみたい」

「何か持ってきてた子なら何かと交換できるんだろ。何も持っていなかったから」

「もういいよ帰ろうよこんな日向で浸らなくても」歩き出した先輩らの背中を部長が示した。そういえばアイスがあったのだったと汗を拭きながら指太郎は思い出した。

「あったのに」

 白いビニール袋の中で十数個のアイスは溶け出して一つになっていた。大量の濁った絵の具のような液体の中にふやけたカップたちが浮かんだり沈んだりしていた。

「どうしたらこんなになるの」部長は気味悪そうに口角を上げた。

「捨ててきなよどっか」嬉しそうにBはいった。Bはこういうのが嬉しい子なんだなと指太郎は思った。

「どう捨てればいいか怖いから捨てれなくて」

「そういえば先輩はどうしたの」

「切って殺しちゃった」

「そうか」

「夏休みだしね」

「本当にここがどん詰まりで全部これっきりなんだな。何にも続かないんだな」

「アイスは持ち帰れたじゃない」Bがにっこり笑って近くの高校生を見つめた。「それがトロフィーなんだじゃん」

 いわれて手元の水を見つめて、

「先輩もこういう感じに袋に詰められたのか」と指太郎は思った。

 家に帰った指太郎はカップだけ除けてアイスをトイレに流した。

 流れていくアイスを見ながら「便器の蓋は上がってる」と思った。

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