ぺらぺらちょ山

 お父さんが風呂場で手首を切っていると、長女の市子さんがやってきて、

「お父さま私を殺して」

「どうしたんだいいきなり」

「何だかもう疲れてしまってよお」市子さんはそういってぐねぐねと背骨を動かして見せました。「おいらもうしんどいから殺してお父さま」

「仕方ないなあでも悲しいな」

 お父さんは市子さんに剃刀を向けて、市子さんの昨日に洗った薄紫の首筋をすうっと引っ掻きました。

 お父さんとお風呂場は血液で真っ赤になりました。お父さんはくしゃみしました。市子さんは死にました。

 お父さんは市子さんを抱きかかえて居間に行きました。バスタオルで自分と市子さんをよく拭きました。

「お姉ちゃん死んだの」と長男のAがいったのでお父さんはうんといいました。

「お父さんが殺したんだあ。お姉ちゃん死んだんだあ。ネックカットで死んだよ。あああ悲しいな」

「夕飯はラーメンだよ」

 市子さんやお父さんらの苗字はぺらぺらちょ山といいました。だから市子さんのフルネームはぺらぺらちょ山市子さんでした。

「市子は重いなあ大きくなったなあ」

 市子さんの死体をしょって運びながらお父さんはそういいました。その後ろを次男のコンセント次郎さんがついて歩いています。二人は一丁目の団地の中にある電信柱の根元を掘り起こしました。そして掘ったそこに市子さんを入れて埋めました。

「ぺらぺらちょ山市子何かちょっと死んだのでここに眠る」とぺらぺらちょ山お父さんが宣言しました。それを聞いてぺ略コンセント次郎さんは手をぱんぱと二回叩きました。市子さんが死んだ次の日のことでした。鯨は海で歯軋りしました。

 ぺらぺらちょ山家は二十二人家族の大家族でしたが、お母さんは十人目の子供の餅つき子さんを生んですぐになぜか死んでしまいました。変死だったのでお医者さんとサッカー選手がお母さんを解剖するとお腹の中からビニール傘が出てきたので、お母さんの死因が盲腸だったことがわかりました。お腹からは他にお父さんとお母さんが昔していた交換ノートや十一人目の子供が出てきました。十一人目のその子はイレブン子と名づけられ(取り上げたのがサッカー選手だったため)、その何日か後に、お母さんさん宛てに宅配便で新生児が十個届いたので、それまで十一人家族だったぺらぺらちょ山家はプラス十人目十一人目マイナスお母さん足す宅配十人で二十二人家族となったのでした。

 計算がめんどくさかったのでお父さんは宅配されてきた子供を全部石で殴ってやっつけました。以後ぺらぺらちょ山家は十二人家族でしたが、市子さんがお父さんに殺されたので、現在十一人家族なのでした。

 お父さんとコンセント次郎さんは炎天下の中とぼとぼと家路を辿りました。行きより軽くて楽ちんだけど暑いなあとお父さんは思いました。蝉がびびびびびと鳴いていたのでコンセント次郎さんはペンギンってえろいよなと思いました。バスは浴衣の女の子を乗せて走り去っていきました。

 家に帰ると餅つき子さんとイレブン子さんが喧嘩をしていました。

「どうしたのやめなよ」お父さんは手を洗いました。

「餅子がわしの見てたのにチャンネル変えたんじゃ」イレブン子さんがそういってお父さんを蹴りました。

「痛いよ」

「ごめん」

「餅つき子駄目だよチャンネル変えちゃ」

 餅つき子さんはキッとお父さんを見ました。

「だってイレブン子は私のことお姉ちゃんって呼ぶんだよ! 私は朝日新聞を丸めたいと犬が決意したのはどうしてのあなたが訊いた人はまず普通ですか? 私が四角かったとき私がそれを見なかったけれども私が逃げたので、そして、私が最初は甲子園を見たけれども、私はそれをしました。ううん、イレブン子は許可なしで私のジュースを飲みました、私はそれを高校野球に変えました。それがそのものであることは大声の子供です、そして、レバーはあなたが私がすでにいらいらするというかどうかいいます。待っているイレブン子のために私、がそしたらは時間を計って、そして、返された缶は、私のまわりでにそれがそれを切り始めたからとそれが場所であるテレビを開始さえすることに来るからにしてもらいたい。針金はどこ!」

「うんそうかあ針金は物置にあったよ」

「じゃあパン屋にいってきます」

 餅つき子さんは大体そうでした。お父さんはふふっと笑いました。

「いってらっしゃいほら空いたよテレビ」

「ありがたい」

 イレブン子さんはそういってテレビの前に戻りました。お父さんはクーラーを点けてその下で寝転がりました。コンセント次郎さんは二階へ行きました。代わりに長男Aが二階から降りてきて、夕ご飯を作り始めました。もともとお母さんが死んだので長女の市子さんが家事をしていたのですが市子さんも死んだので長男のAが料理をするのでした。

「夕飯はカレーだよ」

 その日餅つき子さんは帰ってきませんでした。四日経ってからお父さんとコンセント次郎さんとイレブン子さんと次女の川子さんと長男Aとは手分けして家とパン屋の周りを捜し回りました。四分してからお父さんが河川敷で犬に襲われている餅つき子さんを発見して空に信号弾を放ちました。集まってきた家族たちは野犬が怖かったので土手の上に並んで腰を下ろしてぼうっとさまを眺めていました。川の向こうの山の向こうに消えていく太陽はauの色をしていて綺麗でした。私が大人になったらとイレブン子さんは思いました。

 野犬だと思われた十頭の犬は飼い犬だったらしく、一時間後ふいに現れた細身のおじいさんに呼ばれて競うように土手を駆け上がりました。小綺麗で人の良さそうな白い髪のおじいさんでした。おじいさんは犬たちを抱きしめた後ぺらぺらちょ山家の一同に軽く会釈して犬に囲まれながら通り過ぎていきました。ぺらぺらちょ山家のみんなもぺこりとお辞儀を返しました。

 餅つき子さんはちょっともう駄目そうだったので、お父さんが止めを刺しました。コンセント次郎さんと川子さんとイレブン子さんとお父さんと長男Aは餅つき子さんをそれぞれ持って家路を帰りました。通りがかった近所の公園で夏祭りがやっていました。発光ダイオードの土星が光ったあと大人の傘を開く音が鳴りました。音と光とどちらがしかしき花火であったかをコンセント次郎さんは思い、腹話術だと川子さんは考えました。長男Aは夜店で焼きそばを十個買って帰りました。花火の音を聞きながらみんなは家で焼きそばを食べました。焼きそばはおいしいなあと次女の川子さんは思って麦茶を注ぎました。

 ぺらぺらちょ山一家の子供は長男Aと次男コンセント次郎さん以外はみんな女の子でした。年齢順に並べると、市子さんAコンセント次郎さん川子さん三女のド子さん四女のレ子さん五女のミ子さん六女の貯金箱さん七女の恵さん八女の餅つき子さん九女のイレブン子さんという感じの順番になります。

お父さんは最近クーラーのことばかり考えています。

「クーラーって涼しいな」

 当たりすぎでぶるぶる寒気がすると、

「クーラーって凄いな」

 だけどお父さんは夏空の下歩いて仕事へ行きました。お父さんの仕事は駅前で人の悪口をいう仕事でした。朝から昼過ぎまで駅前で人の悪口をいうとお金になるのでした。「悪口をいうことで金になるのはいいけど駅前は暑いなあと」お父さんは痛んだ髪の毛を触って火傷しそうな気がしました。空はがりがり君より青く積乱雲は乱れて積もっていました。恐ろしい高度とでかさの白雲を眺めている内にお父さんは小学校の校長先生の事を思い出しました。

「お父さん」呼ばれてお父さんが振り返ると次女の川子さんが立っていました。

「どうしたの川子こんな駅で」

「バイト始めたの」

「何で」

「ド子もレの子もやり始めてるよ。蕎麦屋のバイトに、宿題のバイト」

「お前は」

「駅で悪口いうバイト。罵詈雑言をローターさせるの」

 お父さんは川子さんを突き飛ばしました。よろめいた川子さんは駅に入ってきたタクシーにはねられて宙を舞い、ロータリー中央の時計台にぶつかって落下し、別のタクシーにぶつかって宙を舞い時計にぶつかって落下し出て行くタクシーにぶつかって時計台にぶつかって最後にバスに吹っ飛ばされて砕け散りました。川子さんの血は空まで飛び散ってペンキをかけられたように空は紫く染まりました。白雲は赤くなりました。雲には川子さんの心臓が引っかかって乗っかってしまっていましたが手を伸ばしても高いので取れませんでした。空にこびりついた血は何日経っても取れませんでした。早く雨になればいいなとお父さんは思いましたが連日真夏日ばかりでした。川子さんを殺してしまったのでお父さんは悲しくて仕事をやめました。

 川子さんが死んでお父さんが仕事をやめてからもぺらぺらちょ山家ではクーラーが動いています。六女の貯金箱さんは二階で読書しています。七女の恵さんは学校で泳いでいます。そうはいっても恵さんは泳げません。泳げないのでみんなが往復する混雑プールの中端っこのほうで卑屈に笑いながら一時立ってるだけのふりをしつつ誰もをやり過ごしてお茶を濁していました。つま先でトントン跳ねながらホイッスルの鳴る日を夢見ていました。「何してんのそんなとこで」と泳ぎ終えてプールから上がった友達がタオルをほおばりながら尋ねましたが恵さんはううんとしかいえませんでした。悪いのは恵さんのほうでした。排水溝の縁に漂う笹の葉を見ながらあの赤のタイルを潜り拾うだけの日々に戻りたいと願いました。涙のような鼻水は飲み込みました。私今確実に駄目になってるのだとも恵さんは感じました。畑では芋が打ち捨てられています。

 その晩ぺらぺらちょ山家の夕食はありませんでした。事件の顛末はこうです。

 長男Aがいいました。「今日の夕飯は私だよ」

 ド子レ子ミ子さんがAを見ました。ちなみにミ子さんは巫女ではありません。お父さんはクーラーの下で汗をかいていました。何で汗出るんだろうとお父さんは不思議でした。長男Aはごはあんああんと叫びました。十分ほどして二階から恵さんと貯金箱さんがどばーっと降りてきました。イレブン子さんはどこかというとトイレの中でした。コンセント次郎さんは合宿でいませんでした。

「今日の夕食はお兄ちゃんだよ」長男Aがいいました。「今日の夕餉はお兄ちゃんだよ。市子さん死んだよお母さんも居らぬ。兄さんを食べなよ。これから服脱ぐからさ。自分で自分が焼けないだから、全裸になったら兄を屠りて各自自在に煮炊きされたし」

「やめるんだ兄さん」その時ちょうど合宿から帰ってきたコンセント次郎さんが二階から降りてきていいました。「何を考えているんだ。馬鹿じゃねえの全裸とか。全裸になるやつなんて大嫌いだっ」

「お前だって毎日全裸になっているだろう」

「あっ本当だ! 俺も毎日全裸になっている!」

「気が付かなかったようだな」

「まあとにかくやめなよ」

「何で! おれを大事にしてくれ」

「いいから飯作れよ」

「おれを食べればいいでしょう」

「ほら」

「何で何で」

 長男Aはどうなったのかというと結局家族の誰にも食べてもらえなかったので家を飛び出して崖から身を投げて海に落ち白い蛇になったそうです。長男Aが海中で変態するさまを夏の海に来ていた多くのかたがたがご覧になっていました。白蛇はすうーと沖のほうへ去っていったということです。それを見ていた観光家族は北朝鮮のことを考えました。

 長男Aがいなくなってからぺらぺらちょ山家ではご飯が出なくなりました。順序ではコンセント次郎さんが当番でしたが何かもういいやとお父さんがいってクーラーに当たっていたのでした。いいならいいやと思ってコンセント次郎さんは目覚まし時計を解きました。クーラーは思考を止めるのかしらんとお父さんは甘い唇を触りながらぼんやり考えます。

「私作家になりてえな」

 CCレモンを飲みながらド子さんがいいました。

「作家かいいね頑張ってね」レ子さんはそう相槌しました。そうして自分も作家になりたいなと思いました。

「ふうん」とだけミ子さんはいいました。そしてド子には無理だ、けれど私もなりたいな、と思いました。

 お父さんはもう悪口をいう仕事もやめてしまって、クーラーに当たるだけの毎日で、もう作家になるしかないなと思いました。そうでなければ死ぬしかないなと思いました。だけど死ぬわけにはいかないなとも思えて、どうにかならなきゃなとも思いました。

 貯金箱さんは二階で読書をしていました。姿勢が悪いから読んでいると頭が痛くなってきて、自分は何をしているのだろうかと思えてきました。しかし左手に握る紙の薄さが貯金箱さんを駆り立てるのでした。

 恵さんは今日もプールで泳いでいます。二十五メートルの隣にある池のような小プールをちらりと見てあそこにいっても今の体じゃ大きすぎて恥ずかしいだけなのだろうなと思いました。

 コンセント次郎さんは死にました。コンセント次郎さんは死ぬ前の晩と前の前の晩に人を殺す夢と人に殺される夢を見ました。人殺しも殺されるのも想像以上にきつくて悲しくてそれで泣いていたらそのまま死んでしまったのでした。家族総出でコンセント次郎さんの体を運びました。

 貯金箱さんは二階で読書をしています。恵さんはプールで泳いでいます。イレブン子さんは餅つき子さんが死んで以来ずっとトイレの中にいます。たまにお父さんが声をかけるとノックを返すので生存は確認されています。確認だけするとお父さんはまた毛布を羽織ってクーラーの下へ行きます。クーラーは休みなく働いています。風を削り取るごうごうという音が天井を歩き回ります。お父さんは過労気味のクーラーをじっと見つめています。するとクーラーの送風口から指先ほどのサイコロがぽろりぽろりと一つ二つ三つこぼれ落ちてきました。サイコロはお父さんの目の前でこけんと跳ねて散らばりました。次に誰かの右手がクーラーからのくりと出てきて何か軟膏っぽいものを落としました。白濁した軟膏はお父さんの真上に落ちて耳と髪の毛に混ざりました。  

 気が付くと白熱灯の周りを羽虫が飛び回っていました。虫は全部で二十いました。

 クーラーからは土がぼろぼろこぼれてきます。かさかさに乾いた赤い土でした。生地に混ぜ込むように少しずつ雪のように降ってきます。火山が噴火したらこんな感じかしらとお父さんは思いました。土がお父さんにかかるのでお父さんは逃げようとしましたがお父さんの体は気付けば軟膏でぐちょぐちょんのべたべたになっていたので摩擦がなくて体が逃げられなくてなす術もなく土に降られていました。置いておいた洗濯物も土で汚れてしまいました。お父さんはもう海辺でいたずらされたようになっていました。唯一出ている顔の上にも土が降ってきていよいよまずいとお父さんは思いましたが土は何だか重くて指一本動かせませんでした。クーラーからまたサイコロが降ってきました。サイコロはお父さんの唇にぶつかってお父さんはそれを飲んでしまいました。胸からお腹までぐるぐると音を立てていました。久しぶりに何か食べたなと考えた時、クーラーが突然輝きだして辺りを電子音が埋め尽くしました。クーラーは実はUFOだったことにお父さんが気付いた瞬間クーラーからリモコンくらいの大きさの宇宙人が三人下りてきました。

「サイコロはどこだ探すのだ」

「あたぞここに二つ」

「こっちにも一つあったぞ」

「後一個はどこだ。これがないと軌道計算が出来ぬ母星に還れぬ」

「これそこもとさいの行方をば知らぬか」

 宇宙人に話しかけられたのでお父さんはどぎまぎしながら食べちったと答えました。

「まじかよ」

「じゃあ体開いて摘出するしかないかしら」

「そうだね」

「うんそうだ」

「でも体埋まっているね」

「じゃあ顔から割いてけばいいや」

「お父さんお父さん」

 ほっぺに切れ目が入ったところでお父さんは目覚めました。レ子が不安げにお父さんを覗き込んでいます。

「こりゃいかん冷房病だ」

 我に返ったお父さんは呟くと土を振り払って起き上がりました。そしてその場にいたド子レ子ミ子さんの手をひいて嫌がる娘の声は無視して、あの誰もいない八月の大空の下へと出て行ったのでありました。

 快晴でした。蝉が六千羽はいる時刻は午後の二時ごろでした。

「あちいな」

「どこいくの」

「とにかく散歩すんの」

「じゃあアイスかってよ」

「いいけど」

 びいびいびいと蝉が鳴いています。

「家いたやつ皆連れてくりゃよかったか」お父さんがいうと「総出でお出かけきもっ」と三人は笑いました。

「ん」

「なに」

「なんか落ちてる前方道路上」レ子さんが顎をしゃくります。

「ほんとだ」ド子さんは左手で左脇を掻きました。「何だろ焼き豆腐みたいな」

「でも質感生ぽくね」

「ふやけたにじみ石鹸みたい」

「何じゃこら。あら目がある」

 それは轢かれて潰れた大きな蛙でした。

「うえ」

「うげえ」

「やなもん見た」レ子さんは踵が浮きました。

「やめようかアイス」

「えええええええええ。え」

「関係ねえべ」

「でも吐きそう」

「唄うといいよ」

「じゃあ唄います。作家になりたい歌。さっかになりたあいだってサッカーできないしおれサッカーの授業で邪魔以外の何でなかったしーきゃあああ。合唱コンでもおみんなに迷惑かけてばっかだったしいいこえちいせいよって唄っているのってえうなぎパイおいしいなあ。テストも出来ないくせに人馬鹿にしてたしサッカーできないしいドリブルできないしボールどっかいっちゃうんすよお卑屈ー卑屈ー泳げないしー死ねよ死ね全員死ねー友達いないしーめんどくてなくしたしー維持費かかるよね使わないのにペンギン風味のティッシュペーパー作家になりたいなあ性格もよくないし自分大好きだし盛ってるし自意識過剰でどうしようもなくてさ作家になりたいななってから考えたいな作家になりたいな全てそれからにしたい作家になりたいなちょちょいと賞とってさ作家になりたいなそれでちやほやされてさ作家になりたいなサッカーしなくていいし作家になりたいな自虐で生きてけるでしょ作家になりたいな苦労自慢して作家になりてえなサインはどうするの作家になりたいなカテゴライズされたい作家になりたいな不幸自慢して作家になりてえな評論されてさ作家になりてえなあとがき書いてさ作家になりてえなインタビュー受けてさ作家になりてえなゲラ、ゲラ、ゲラ! 作家になりてえな無理なら死にたいな作家になりてえな他は馬鹿にして作家になりてえなでもそれ恥ずいな作家になりてえなだが黙ってよう作家になりてえなあんまがっつかないで作家になりてえなとにかく作家になりたいなだって他は駄目で、でも作家になってどうするのなっても駄目ならどうするの負けたらどうしようかしら別に作家になんかなりたくないな何でもいいわ働いてもいいわ卒なく生きれたらそれで別に作家になりたくないかな私王女様になりたいんだきっとでもまああ悩みも野望も全てはとにかく作家になってから考えるわでも今日は漫画でも読むわ」

「誰の唄それ」

「市子さんの自作」

「あの子作家になりたかったの」

「バンド組みたいっていってたよ」

「友達いなかったから無理ね」

「悲しいね」

「あ、もうすぐ市子だよ」

 道は団地へと続いていました。団地の中は建物の陰でとても暗くて涼しいために車がたくさん昼寝していました。雑木が大仰に動くたびに夢のような風が吹きぬけてみんなのはぎを撫でました。ド子さんはサンダルを脱いでアスファルトの冷たさを踏みました。

「団地の中真っ暗だね。雨の降らない雨の日みたい」

「ほら市子」

 お父さんが電信柱を指差しました。市子さんを埋めたそれでした。電柱の腹にエピタフもあります。

「さあ行こう」

 四人は日向へと飛び出しました。駆け足とお父さんが号しました。駅へ向かう道をどたばた駆けます。

 空では太陽がまるで荒井由美のようでした。

「ここにコンセント次郎さんっ」ド子さんが交差点の電柱を指していいます。

「ここに餅つき子さん!」レ子さんが歩道を横断しそれを指差します。

「これが川子姉さま」ミ子が貼り紙のある電信柱に飛びつきます。

「これがアナスタシヤ兄さんの空っぽだけど!」電柱をタッチしてド子さんはいいます。

「これがお母さんの!」お父さんは電柱をびんたしました。

「これが宅配されてきた子名前ないけど一!」

「二!」

「三!」

「四!」

「五!」

「六!」

「七、八、九!」

「じゅう!」

 十六個の電信柱をさわって駆け抜けた四人は肩で息をしていました。駅前についていました。駅からは今日も雲上に川子さんの心臓が見えます。

「落ちてこないねえ」

「雨降らないかしらそしたら取れるのに」

「あの時計にぶつけてお父さんあの心したのよあの子殺したのよ」

「私らは殺さないの」時計台を見上げてレ子さんが笑いました。「お父さん私を殺して」

「私も殺して」ド子さんがにこりと笑いました。

「私もじゃあ」ミ子さんも笑います。

 お父さんも笑いました。「やだよお前ら嫌いだもの」

 夏の天気はどうも時々よく判らなくて、犬が摺り足するように雲が薄く延び始めました。そうかと思うと今度は急にその色が白から黒へと変わっていきます。辺りは暗くなります。「団地の中みたい」

「あっ雷」スパコーンと近くに雷が落ちました。いやだなあとお父さんは思いました。

「感電死したらどうしよう」

「ロータリー危ないんじゃ」

 するといきなり目の前がスペラピカピカチョーンと大爆発して、ぺらぺらちょ山の四人は吹っ飛びました。宙を舞いながら時計台に落雷したのだとお父さんは思いました。

 雷様は連なるタクシーの屋根を伝って、バスの鼻っ面を踏み台にして、ロータリーを飛び出ると駅舎にぶつかり放射に伸びる電線の一本の上をばりばりばりりと稲光りながら駆け抜けていきました。

 頭がパーマになったぺらぺらちょ山家の四人は生焼けの白煙を吐きながら、炭化している時計台を見上げました。バックトゥザフューチャーとド子さんは思いました。そして雷の通った方を見ました。するとどうでしょう、雷が走った電線の下の電柱の根元からぼこぼこと赤子が出てくるではありませんか。お父さんはうわあと思い、ようやく雷が自宅の方へ抜けていったことに気が付いたのでした。

 四人が道を引き返すと電柱の下から次々と乳児ががわらわらわらわら湧いて、どう見ても蘇生した宅配されてきた子供たちでした。ちゃんと十人いました。

「雷で生き返ったのか」レ子さんは両手に子供を抱えます。「ということは」

 お父さんが小走りになって角を曲がると、そこにはやはり盲腸で死んだお母さんが立っていました。お母さんは口からアスファルトの欠片をぺっと吐き出すところでした。あんまり久しぶりだったので勝手がわからずお父さんはこんにちはといいました。

「暑いな今何月」とお母さんはいいながら背骨を鳴らしました。

「よおお母さん帰ってきたの」ミ子さんが子供を抱えて追いつきました。

「何それ」

「子供」

「孫?」

「子供」

 五人が十人を抱えて歩くと川子さんが見えました。お父さんが拾っておいた心臓を渡すと川子さんはそれを食べて循環を始めました。おお生き返るわと川子さんはいいました。

 道の向こうでおおいと声がし、餅つき子さんとコンセント次郎さんがたらたら歩いてきました。

「何これおかしいだろ何で落雷で生き返るんだよあほかよ」生き返った餅つき子さんが納得できないという顔で誰ともなく叫びます。

「てかお前殺しといて別にいいんか親父!」

「餅つき子ったらまたわけ判らんこといってるなあ」ド子さんがそういって、みんなもふふっと笑いました。

「市子さん団地の日陰で昼寝してたよ」コンセント次郎さんがいいます。

「あーあみんな生き返ったのね」お父さんはいいました。「しょうがないなあでも嬉しいな」

 ぐねぐねした寝相の市子さんを拾ってみんなは家へと帰りました。プール帰りの恵さんはお母さんに会うと明日プール休んでいいと訊きました。いんじゃねとお母さんは答えました。貯金箱さんは本を読み終えたので本を赤子にあげました。イレブン子さんはトイレから出てきて餅つき子さんと並んでテレビを見ました。

 長男Aは帰ってこなかったのですが、代わりに蛙が家族になったので、ぺらぺらちょ山家は今でも二十二人家族です。家族でバンドも組みました。終わり。


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