スーパー赤い

「スーパーできるって」と母がいったので私は「は」と訊き返しました。母はチラシを見ていました。「スーパマーケット」

「どこにできるの」

「あのお寺あったとこみたい」

 私の家の近所にはこの間まで大きな古寺がありました。墓もからすも多く不気味で敬遠していたのですが、ある日シートで覆われ以来工事中でした。

「よかったじゃない明るくなって。近くのスーパー微妙に遠いし」

「うん」

 開けるのはいいことだと思いながら私がチラシを見ると、オープン日は全品九割引きと大きく書かれていました。

「九割引き」

「えっ」母はチラシを覗き込み、それから後ろを振り返りました。「大丈夫なのこれ」

「何だか危なさそうな店だな」

「ねえ。こうも露骨だと何か行くの怖いよね」

 数週間後私たちは開店直前のスーパーに並んでいました。ものすごい人だかりでした。小さな店の前に近隣の住民が押しかけ、人も車も数珠になって通りにまで溢れていました。

「個数制限とかあんのかな」

「痛っ誰かに踏まれた」

「本当今誰かの足踏んだかも」

「周りの町からも人来てるみたい」

「ただのスーパーにどうしてこんなに」

「結局田舎ってことなのかなあ」

 自覚が乏しかっただけに私は考えさせられました。

 皆様お待たせいたしましたと赤いエプロンと制服の女性が機械で声を上げました。

「ただいまより開店いたします」

 女性店員の誘導で少しずつ行列が動き出しました。私と母は女性をがん見していました。「頭の形綺麗ね」「うん綺麗。でも顔」女性がこちらを見ると慌ててそっぽを向きました。刻むように一歩ずつ私たちは前進しました。入り口に着いたのは四十分もしてからでした。

 自動ドアをくぐると中はスーパーマーケットでした。

「思ったよか狭いね」少し暗めの照明を見上げて私はいいました。母は買い物かごを取りました。「さあ何買おっか夕飯とあとは」

「予算あるでしょ買えるだけ買えば」

「冷蔵庫に入らんでしょう」

 私たちは馬鹿のように安い野菜を何となくかごに詰め込んでいきました。かごはみるみる物で埋まって、途中からごみ拾いをしている気分でした。周りの人も冬眠でもするように九割引きの食料や日用品を手に取っていました。

「さすがにだいぶ混んでるね」

「あのはた誤植だ鶏が鴉になってる」

「お客様にご案内申し上げます」店内放送が入りました。「ただいま出入り口付近でごうかな賞品が当たる福引を行っておりますお帰りの際ぜひお立ち寄りください」

 私が入り口を見やると初老の男性が買い物帰りのお客を別室へ誘導していました。その男性の顔を見て入り口の女性と似ているなと私は思いました。

「家族でやってたりね」

「家族じゃ無理でしょこっちのも鳥が烏に」

「あれほらレジ一人しかいない」

 会計コーナーでは小柄なおばあさんが一人で四苦八苦しつつ山ほど商品を抱えてくるお客の群れを捌いていました。六つ設置されているレジで開いているのは一番レジだけでした。誰もがやたらめったらに商品を積み上げるので当然のようにレジ渋滞が起きていました。

「人いないんだ」

「あっトイレットペーパー買わなきゃ」

 母が方向を転換したので私は不機嫌になりました。

「香りつきダブル」母の差し出した袋詰めを受け取ると、予想外の重さで私はよろけました。

「重いよこれ」

「じゃあかごと代える?」

「どうぞカートをお使いください」

 私たちが振り返ると背後に制服の男性が立っていました。男性は爽やかに微笑みながら私の手を取り、ペーパーをカートの下段に置いてくれました。すいませんと私はいい、母もお礼をいってかごを乗せました。

「一杯買ってってくださいね」男性の名札には店長とありました。店長さんはおばあさんと目鼻がそっくりでした。

 私たちは顔を見合わせました。「不躾ですがご家族だったり」

 店長さんは驚いていやあといいました。「判りますか」

「よく似てらして」

「裏で調理場もあるんですけどね」

「はい」私は出来たてと書かれた惣菜コーナーを見やりました。

「そっちは子供たちが取り仕切っているんです」

「まあ」と母がいいました。私は私に言及されそうで少し母を威圧しました。

「皆さん偉いですね」

「私店内整理です何かありましたらお声お掛けください」

「どうも」

 その後もしばらく回っているうちに気づけば正午を回っていました。そろそろ帰ろうかと私たちもレジの行列に並びました。

「あっ甘食」通りがかった菓子パンコーナーにあった甘食を私はかごに滑り込ませました。

「あっこら」

「いいじゃないおやつ」

 母はため息をつきました。列はなかなか動かずかなりの時間がかかりそうでした。暇をした私は辺りを何となく見回しました。

「しかし商品減らないね」

「店長さんが足してるじゃない」

「お客も減らないね」

「お昼時だもの今がピークでしょ」

 私は入り口を見やりました。レジと違い福引は列も出来ていませんでした。その内に店の一番外のシャッターが降り出しました。私が怪訝に思う目の前でシャッターは降り切ってしまいました。辺りを見ましたがやはり入り口はひとつだけでした。

「シャッター閉まったよ」

「何で本当だ」

「お客様に申し上げますただいま甘食が売り切れました」

「甘食」

「甘食が売り切れましたのでご連絡いたします」

「甘食」

「甘食をお買い上げいただいたお客様には当店以外のお店でも使える、十万円相当の十万円をお配りいたします。お手数ですがどうぞ六番レジまでお越しください」

「十万円って」私と母は顔を見合わせました。「何考えてんだろ怪しいよねえ」

「じゃあやめとくの」

「行くけどさ」

 出遅れた二人が六番レジに辿り着くとそちらも既に行列ができていました。先頭の小柄なおばあさんがまさに十万円を受け取るところでした。

「甘食は御家族にですか?」にこやかに店長さんがおばあさんに訊きました。

「私が好きなの」おばあさんは笑って答えました。「これいい甘食ね」

「ありがとうございます。はい十万円です」

 店長さんは透明なビニール袋に詰め込まれた十万枚あると思われる一円玉をおばあさんの頭頂部に振り下ろしました。ドアを強く閉めた時の音がしおばあさんの細い両足が跳ね上がりました。店長さんが苦労してレジ台から袋を持ち上げると潰れて広がったおばあさんと目玉二つが出てきました。

「甘食を買ったやつはみんな死ね!」

 店長がそう叫ぶとわたわた慌てふためいていたお客さんたちは引いて黙りました。

「説明すると私の家族サドルちゃんがある日近隣にないおいしい甘食を求め第三町に一人で買い物に行った帰り何者かに襲われ路上に脳みそをこぼすはめになり三十分後に死亡しました犯人はサドルちゃんの買い物袋から甘食を抜き取り持ち去った! 警察の懸命の科学捜査によって犯人が甘食を食べ歩きかすをこぼしながらこの町に入ったことが判ったしかし寺の小坊主がそんなのいるのね竹箒で歩道を掃除してしまったためにここより先の捜査が困難になったのだそして翌日の雨で糸は途切れた! ポイ捨てされた空袋さえ見つからず目撃者は出ず事件は暗礁に乗り上げ私はスーパーを作ることにした! そのスーパーに件の近隣にないおいしい高級甘食を置けば殺してまで奪った犯人は必ず買い求めに現れる筈まず私はまず犯人かもしれない寺に住む人間を全員拷問し違ったようなので全員殺し寺を潰してスーパーを建てそして付近の町にチラシをばら撒いた野菜は辺りから盗み肉は寺に異様に集ってたカラスを捕らえて捌いて並べた! これで犯人は絶対今日来る筈なので今甘食を持ってるやつは全員殺します。他の客も拷問し情報を吐かせてから入り口のクリーニング屋で脳を洗って返してやろうその日の夕方に」

「何てことだ」

「大変だ」

 お客たちはパニックを起こし逃げ出そうとしましたがすし詰めの店内に逃げ場はありませんでした。店長さんは一人の少年の首根っこを掴み包丁を突きつけました。

「うちのサドルちゃんを殺したのはお前か」

「しっ知らない」

「訊いてみただけさっ」店長さんは少年の頚動脈を刺し別の主婦に襲い掛かりました。主婦はとっさに持っていたトイレットペーパーを盾にしました。包丁が刺さり袋詰めの袋が破れて中からロールの大きさに輪切りにされた人のふくらはぎが零れ落ちました。

「商品はにせものだっ」誰かがいいました。「すね毛が生えている」

 喉を押さえて出血を止めている少年の元へ数人の子供たちが駆け寄ってきました。子供たちはみなエプロンをつけていました。少年が引き攣った顔で子供たちを見上げると、子供たちは手にしていた大きな刃物で少年の解体にかかりました。生きたまま細切れにされていく少年の血がフロアの一面に広がり、何人ものお客が転倒しました。ばらばらになった少年をカートに乗せるとものすごい速さで子供たちは従業員の専用扉の向こうへ消えていきました。

「このお肉」といって母がかごからパッケージされた肉を振り落としました。私がポテトチップスの袋を開けてみると中からたくさんの耳が出てきました。あの大きな寺には何十人もお坊さんがいたはずでした。

「さあお前がサドルちゃんを」

「違います違います持ってません甘食なんて」

 そういった青年の服の下から甘食が出てきたので店長は逆上しました。

「すいませんすいません甘食大好きです」

「貴様はこれでも食え」店長は棚にあった六ピースチーズを包装ごと青年の口に押し込みました。包装紙が破け中から十二本の人間の指が出てきました。青年はもごもごといいながら失神しました。

「さあお前らも食え七十八枚切り住職チーズパンだ」青年を叩き割った店長は別の客を追いかけました。

「どこがパンだ」

「聖職者の肉だしパンだろ! 腐ってないしちゃんとチーズ状だよ屍蝋にっ。なってるからっ」

「つまり死亡したお坊さんが脂肪酸になったんですね!」私は拳を握り締めました。

 子供たちがまた現れて先ほどの少年や主婦を精肉コーナーに陳列しました。血で作ったろう野菜ジュースも持っていました。あちこちに積み上げられている死体を片っ端からカートに乗せて子供たちは店内を縦横無尽に駆け回りました。やはり子どもだけあって顔はよく似ていました。

「さああなたたちも甘食を買ったね」

 店長が私たちの前に立ちました。私は肉より甘食を捨てるべきだったと後悔しました。

「さあ刺身にして出したげる」

「やめて店長さん何でこんなこと」

「馬鹿をしても奥さんは帰りませんよ」

「したかったからしてるんでしょうしなきゃいられなかったかは判らないけれど、私がして欲しいことは私がしなければ誰も助けてもくれないでしょう。家族でスーパーやりたかったけれどサドルちゃんは死んじゃったし、そうサドルちゃんは家内です」

 やがて誰かの呼んだ警察が来て店長さん一家は御用となりました。私たちは辛くも生き延びて家へ帰ることができました。入る時はとても気づきませんでしたがスーパーの外壁にはサドルさん通り魔事件の目撃情報を求める手製チラシが何枚も張られていました。奥さんをちゃんで呼べる店長さんは私は嫌でもありませんでした。

「でも安いからって出かけないようにしようね」

「うん」

 夕飯の材料を買いそびれたので夜は買ってあった甘食を皆で食しました。

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