葉っぱ
「出席を取ります青井さん浅野くん」
「はい」
「安達くん」
「はい」
「井上くん」
「はい」
「上野さん大久保さん加藤さん加藤さん加藤さん久保さん久保田くん」
「はい」
「小林さん」
「はい」
「くんだったねごめん」小林くんの方を見て先生は訂正しました。「で小林さんで佐野くん」
「はあい」
「長いのでとばします和田さん。全員いますねじゃあ授業を始めます。男子は窓際から順に読んでってください教科書八十三ページの頭から」
男子の全員が教科書を開きました。窓際最前列の久保田くんは先生を見ていました。
先生も久保田くんを見ました。
「いいですか」
「ですよ」
「うふん」
久保田君が咳払いをした時ムラサキ先生と声が掛かりました。
「なあに平田くん」
「山下さんが具合悪そうです」
平田くんは隣の席の山下さんを指していいました。またかよ、と井上くんが小さく洩らしました。先生は注意の顔で平田くんを軽く見てから「元気ないの?」と訊きました。
「なんか葉っぱの色が」
「窓際に移したらどうかしら移してあげて」
「はい」
平田くんは席を立つと受け皿ごと山下さんを持ち上げて机の間を渡り、少し考えてから窓際の加藤(千)さんの席に向かい、椅子の上の加藤さんと山下さんを取り替えると加藤さんを持って元の席に戻りました。
「ありがとう後で荷物も移してあげてね」
「はい」
窓際で成長の早かった加藤さんは背が高く、山下さんの後ろだった村田くんはいやそうな顔をしました。「先生前が見づらいです」
「我慢して君背高い方でしょ」
「でもちょうしげってるもんこいつ」
「そういうこといわないの山下さん具合悪いんだから仕方ないでしょ」
「じゃあみんな窓側にすればいいじゃん」
「席自由がいいってみんないったじゃない」
「その時男子と植木交互って決めたの先生だろお」
教室が騒がしくなったので先生は判りましたと大声でいいました。教室の半分の男子は黙りました。もう半分の植木鉢は最初から黙って椅子についていました。男子が完全に沈黙するまでムラサキ先生は待ちました。
「帰りの会で考えましょう今日一日は我慢して」
「解決してないじゃん」
「さあじゃあ久保田くん読んで」
「はいうふん『私の花』御茶漬海苔。また朝がくる/またいやな朝がくる」
中休みの鐘が鳴り教室の半分の男子の多くが外目指し教室を飛び出しました。
「ちょっとそこな男子待ちなさい」ムラサキ先生が男子を制止しました。
「何先生刹那も惜しいこの時に」
「山下さん元気ないから一緒に外に連れ出してあげなさい」
えええという声が上がりました。
「何でおれらが」村田くんがいいました。
「同じ班でしょ」
「関係ないよ窓際にいてそれでいいじゃん」
「外で遊びたくないかもインドア派で読書なぞが」
「駄目よ若いんだから外に出て太陽に当たらなきゃあクラスメイトなんだから一緒に仲良く遊びなさい」
「はああ」
「ドッチボールするんだけど」
「駄目よ鉢が割れたらどうするの」ムラサキ先生は顔をしかめました。「だるまさんが転んだとかにしなさい」
「先生」
「そうだ山下さんだけじゃなく他に元気なさそうな子がいたら外に連れてってあげなさい」
「無茶を仰る」
「頼んだからね」
結局植木鉢を運ぶために中休みは半分以上費やされ場所も取れずじまいで何もできませんでした。チャイムが鳴ってから植木鉢を運び始めたので授業に間に合わず先生にも怒られました。
四時間目が終わり給食になりました。給食は煮魚と冷奴でした。
給食係は男子だけでした。給食係以外の男子は自分の給食をもらうと給食係の分をもらいに再び列に並びました。それも終えると今度は植木鉢を抱えて列に並び、給食係のじょうろから順に水をもらっていきました。
「みんなもらったねじゃあいただきます」
「いただきます」先生に続いて男子全員が唱えました。最初に分けた自分たちの給食は微妙に冷め始めていました。
「先生どうして給食係は男子だけなのですか」村田くんがいいました。
「そうだ不公平だ」
「やんや」
「だって植木は給食は食べてないじゃない食べないのに係をやれとは」
「なんて理屈」
「あなたも無茶いわないの出来る人が出来ない人を助けるのが支え合いです」
放送で呼び出されたのでいけねと先生は食事を流し込み、立ち上がっていいました。
「食べながら聞いてね移動教室の班は一クラスでAからD四つと決まりました。うちは男子十二人植木十八人だから綺麗に割れるね。だから男子三人植木四人の班を二つ男子三植五の班を二つ作ってください」
「綺麗に割れてねえじゃん」浅野くんがいいました。
「先生植木が男子より多いと一人で一つ以上鉢持たなきゃならなくなるじゃん」
「しょうがないでしょ今に始まったことでなし」
「鉢持ってあちこち歩けないよ」
「男子は男子だけで班作らせてよ」
「帰りの会でも時間作るけど今の内に打ち合わせておいてねー」
二度目の放送が入ったのでじゃよろしくといいムラサキ先生は教室を出て行きました。
「いつも男子ばっかりで植木鉢はえこひいきだ」
「男植不平等だ」浅野くんがいいました。
「植木鉢も給食を食べればいいんでしょう」
藤田くんが何か考えがあるようにそういって、窓際の山下さんの机へと歩み寄りました。
「何すんの藤田」
藤田くんは余っていた牛乳を山下さんにかけました。
「あっ」
「牛乳を」
「好き嫌いしないで何でも食べるべきだよね」藤田くんは続けて山下さんの土の上へ魚や豆腐をぶちまけました。色のついた汁が土に吸い込まれていきました。
「おれの牛乳もやるよ」
「おれ魚嫌いでさ」
瞬く間に山下さんの鉢は牛乳の中に魚と山下さんと崩れた豆腐が積もっているような状態になりました。残飯コーナーのようでした。机の上にまで魚はこぼれていました。鉢の底の水受け皿には過剰に注がれた牛乳がなみなみと落ちてきていました。皿から溢れた牛乳が椅子を伝って床に広がると集まっていた数人男子はわああといって散っていきました。
そのように何となく山下さんいじめは始まりました。
休み時間にも男子は積極的に山下さんらを外に連れ出しました。いいことだと先生は思いました。男子は他の植木鉢を適当に放置すると山下さんを交えてサッカーをしました。
「みんな山下を中心にボールを集めろ!」
「おっおいみんな山下だ山下をマークしろ強烈に」
「あっ山下のヘディングだ」
「山下を止めるんだどんな手を使ってもいい!」
「山下が体で止めたっ」
勝負はPKにもつれ込みキーパー山下さんが全球を止めたので引き分けになりました。校庭には衝突や転倒のたびに吹き飛んでこぼれた山下さんの土や葉があちこちに散らばっていました。
移動教室が近いのでその日の授業は合同のダンス練習でした。男子は植木を両手で抱えて円になり踊りました。男子の輪と植木の輪は踊りながらずれていき、男子はそれぞれ一つ隣の植木を抱えてまた踊りました。
「山下の鉢べとべとしてるぜ」男子の一人が囁きました。
山下さんの鉢が近づくにつれ男子はあと幾つと数えました。
順番の回ってきた久保田くんが山下さんの縁を掴んだかと思うと、急に鉢を突き放して飛びのきました。山下さんの落ちる音がラジカセの音を越えて体育館に響きました。
「どうしたの久保田くん」ムラサキ先生が壇上から駆け寄ってきました。
「どうしたの久保田」
「虫が」
久保田くんが懸命に手を振り回すと大きな毛虫がぼとりと落ちました。
「山下についてたんだ」
「刺されたの」
「いや」
皆が山下さんを見ました。山下さんの鉢は真っ二つに割れて中身が飛び出していました。先生は手で山下さんの中身をかき集めると体育館を出て行きました。
「保健室に行ったんだ」
「いや花壇だ」
「また戻ってくるのかな」
「そしたらどうするまたいじめるの」
「揉めるのはごめんだなあ」
男子ははああと息をつきました。「弱っている子は腹が立つなあ」
「何で弱いんだろうね」
「派手に割れたが死んだのかしら」
山下さんは死んではおらずプランターになって戻ってきました。
「怪我させてごめんなさい」
久保田くんは先生に見えるように謝りました。山下さんは返事をしませんでしたが先生はよしとしました。
表立った山下さんいじめがなくなると共に加藤さんが次の標的とされました。きっかけは加藤さんの病気でした。葉っぱの色が変わる病気になった加藤さんはみるみるかつての元気を失っていきました。男子はうつる菌がうつると加藤さんに触れようとせず世話を誰もしないので病気は悪化の一途を辿りました。一度加藤さんが火を放たれるという事件がありましたが結局犯人は捕まりませんでした。困っている子は気持ち悪いなと男子は皆思いました。
男子と植木の関係を憂いたムラサキ先生は席替えをしました。教室のうち廊下側半分が男子の、窓側半分が植木の席となりました。健康面での配慮と男子には説明されましたがそうでないだろうことは男子にもよく感じられました。
「でも問題の解決になってないよな」
「ムラサキ先生その程度だから」
窓側が植木鉢に占領されて以来教室に日光が入らなくなりました。植木の成長は加速して枝葉が天井に届くものまで現れました。
「おれは目が悪くなったかもしれない」
平田くんが休み時間にそういいました。雨が降っているらしいのですが教室からは判りませんでした。確かめるのも面倒なのでみんな屋内にとどまっていました。
「涼しくて過ごしやすいじゃないか」井上くんがいいました。「狭い気もするけど動きやすくなったし」
「漫画は読みづらくなったけれどね」
山下さんと加藤(千)さんは窓際に置かれたので男子側から姿は見えませんでした。以来男子の前に姿を現すことはありません。
境界辺りの机の上には伸びた葉や茎やが垂れ下がり椅子の足にはつるが巻いていました。枝を切ろうという動きもあったのですがさすがに刃物はと躊躇する意見が大勢で中止されました。
「なんか段々飲み込まれそう固まってると小さな森みたい」
「大袈裟にいうね」
「けど最近外を歩いていて雑木林が怖いんだあれが生きていてクラスメイトと思うと」
「生きてはいるでしょう」
「しかしじめじめしてるねやだね雨って」
「明日は晴れるでしょう」
翌日は晴れましたが教室は暗くじとじとしていました。
「汗止まんない」
「温室みたい」
「風があいつらのせいで遮られているんだよ」
男子はみなすっかり参って授業どころではありませんでした。
「いやそも窓はちゃんと開いているのか」
久保田くんがそういい、みなも確かにと思いました。
「昨日雨だもの閉めたままのはず」
「でもだから昨日誰が閉めたの」
「だれももう植木鉢に近づく奴なんて」
「開いていても雨は吹き込まないよむしろ木的には開いてるほうがいいのじゃ」
「じゃあ開いてるのかしら」
「確かめてみなきゃ確かじゃないね」
「確かめてくるよ」
そういい浅野くんが植木の奥へと入っていき、そしてそれっきり帰ってきませんでした。
「おはようございます暑いねえ晴れたから本当じゃあ出席取ります青井さん浅野くん」
「先生あの」
「なあに浅野くんお休みなの」
「いはするんだけれど」
「さぼりですか困ったわねとばしてとばして平田くん」
「その後平田くんも探しに追っったんですが二人とも帰ってこないんです」
「探すって」
「浅野くんです」
「どこにいったの」
「教室のその辺なんですけれど」
「なあにどういうこと」
そういいながら小林さんと和田さんを掻き分けて入っていったムラサキ先生も帰ってきませんでした。
「何が起こったんだろう」久保田くんは呟きました。
「仕返されてるんじゃ」藤田くんがいいました。
残りの男子は藤田くんを見つめました。
「山下が何かしたというの」
「加藤かも村田があんま酷くするから」
「おれかよ」村田くんは抗議しました。「みんなしたじゃん牛乳は藤田だし蛆湧いたとかでで割ったの久保田じゃん」
「じゃあやっぱり全員恨まれてるの」
「先生も帰ってこないし」
「山下だけじゃないよこいつら全員の男子全員への仕返しなんだ」
「だけどどうすんの見殺しにできないでしょ」
「お前ら三人で助けにいってよ責任者だろ」
「そんな」
他の男子に追い立てられるように久保田くんと村田くんと藤田くんは植木たちの中へと入っていきました。
「中はそんなに暗くはないな」
「日が入らなきゃ育たないじゃない」
「いたっ」村田くんが声を上げました。
「いたの」
「違う手を切った」
村田君の右手の甲が薄く一文字に切れていました。
「硬い葉っぱがあるぞ」
「たぶん豊田さんとか三田さんとかそこらへんのグループだ葉が硬くてざらざらしてるの」
「気をつけて進もう」
成長した植木は鉢割れを起こしているらしく根だけが突き出して床に広がっていました。天井まで伸びて戻ってきた枝葉を振り払いながら三人は進みました。
「教室を半分渡るだけなのにどこまでも続いてるようだ」久保田くんは湧き出る汗を拭いました。先ほどの比でないほどに植木の中は蒸していました。
「ねえあれ」藤田くんが久保田くんの肩を叩きました。
視界を覆う植物の中に服の裾のような色の生地が見えました。
「ムラサキ先生だっ紫だから」
「追いついたんだ。先生待ってっ」
枝葉を掻き分け村田くんが先生の肩を掴むと、ぐらりと先生は仰け反り白目を向いた血まみれの顔面が逆さまで現れました。
「うわ」
「ムラサキ先生真っ赤だ皮がそげてる」
「いったい何が誰がこんな」
「こいつらがやったんだ」村田くんが大声で泣いていいました。
「馬鹿な植物じゃん」
「もういやだお母さん」そういい藤田くんを突き飛ばして村田くんは駆け出しあさっての方向へと消えていきました。不意に突き飛ばされた藤田くんは思い切り体勢を崩し真横にあった硬い葉の茂みに頭から突っ込みました。ものすごい絶叫と共に跳ね起きた藤田くんの顔にはアブラムシがびっしり付いていました。目にも入ったらしく(眼鏡にもびっしり付いていました)普段冷静な藤田くんは半狂乱になって手足を振り回しました。硬い葉や薄い葉に手を突っ込むたびに藤田くんの皮膚はこそぎ取られて薄い傷口を何度もこすることで次第に藤田くんの露出面は真っ赤に剥けていきました。
「先生もこうなったのか」
村田くんも無事で済まないだろうと久保田くんが思ったとき遠くの方で村田君の悲鳴が上がりました。つるに絡まって身動きの止まった藤田くんを残して久保田くんは前へと進みました。
「全部おれのせいなんだろうか」
別に山下が嫌いなわけじゃないんだと久保田くんは思いました。「毛虫のせいにしたけれど触るの緊張しただけなんだ誰にだって触れる時は怖いじゃない」
不意に掻き分ける手が空を切って久保田くんは開けた空間に出ました。そこに病気の加藤(千)さんと山下さんがいました。
どこまでも伸び広がった他の子たちと違い加藤さんと山下さんは久保田くんの知っている姿のままで、むしろやつれたようにも見えました。枝や幹のどの線をとっても力なく色褪せていました。二人の鉢を囲い込むようにその四方をクラスメイトたちが囲んでいました。二人の椅子や机や、机の横に掛けてあるリコーダー袋には誰かのつるが巻いていました。
「対立のようになっちゃったけれどごめんなさい。違う生き物な気持ちがしたんだおんなじクラスメイトなのに。仲良くしたくもないだろうけれど、酷いことしてごめんなさい」
山下さんは返事をしませんでしたが、死ぬよりはいいのではと思い久保田くんは二人を保健室へ運ぼうと近寄りました。足元の水溜りに滑って前へつんのめり、山下さんの更に奥の茂みに倒れ掛かりました。茂みは奥行きがあまりなく、突き抜けるとそこは窓の外でした。昨日も窓は開いてたんだなと久保田くんは思いました。落ちる先に浅野くんと平田君が倒れていました。
週明けには退院したムラサキ先生は包帯でぐるぐる巻きの頭で出勤しました。気遣われながら打ち合わせを終えると職員室を後にし一日授業を行いました。
「創子からは花が生えてだけれど植物になりたい静かに暮らしたいという願いと違いなれませんでしたもちろんなれましたなれたけど暮らしの保証はないです逃げ場がないんです、逃げられない時に逃げられる人はいると思います逃げ場がないときに逃げないのは逃げ場がないからですが、それは辛いことから逃げられないのではなく大事なものから逃げられないということです。最終的にはみんなは静かな暮らしを手に入れてそれはみんな植物になれたのかもしれなくて、彼女はみんなの世話をしているんです」ムラサキ先生は一度そこで言葉を切りました。
「人間も植物にならなきゃ双方静かに暮らせないと思いますか。いろんな色々があると思いますなれなくってもなれた時でも私とあなたが一緒でなくても喧嘩せず仲良く出来たらそれはまあ一番だと思います。植物は男子とは違う生き物だけれど、それが難しいことでもいやでない朝を迎えられたらいいのにと思います。頑張りましょうね同じクラスメイトなんだしね」
チャイムが鳴ったのでそれで五時間目の国語が終わりました。帰りの会をしてしまいましょうといい、ムラサキ先生は教室を見回して、それにしてもみんな大きくなりましたねといいました。
「みんなこれからどんどん大きくなるんだからね今はまだまだ葉っぱだけれど。じゃあ最後に出席を取ります青井さん浅野くん安達くん井上くん上野さん大久保さん加藤さん加藤さん加藤さん久保さん久保田くん小林くん小林さん佐野くん飛ばして飛ばして豊田さん平田くん藤田くん 三田さん村田くん山下さん和田さん」
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