第36話



 天気の良い土曜日の朝、俺と小山君は駅前で大きな荷物を持って、皆を待っていた。


「晴れてよかったね」


「あぁ、旅行には最適だな」


 今日は前々から計画していた、店の皆で温泉旅行に行く日だ。

 なんでも、バイト先の会社の方針で、そう言った旅行や飲み会などのお金を少し会社が出してくれるらしい。

 そのおかげで少し良い旅館に宿泊出来る。


「おはようございます!」


「おう、おはよう」


 次にやってきたのは、安達君だった。

 

「楽しみっすね! 料理なんかも美味しそうだったし!」


「結構良い感じの旅館だよな、近くには温泉街もあるし……浴衣で食べ歩きとか楽しそうだよな」


 そんな事を話していると、今度は凄く不機嫌そうな顔で愛実ちゃんがやってきた。


「おはようございます……」


「おはよう。どうしたの?」


「いえ別に……」


 折角の旅行だと言うのに、どうしたと言うのだろうか?


「愛実ちゃん、大丈夫だよ、ちゃんと二人にしてあげるから」


「そうっす! 俺たちに任せてれば先輩と良い感じにするなんて余裕っすよ!」


 不機嫌な愛実ちゃんに、小山君と安達君は何やらこそこそと話している。

 何を話しているのだろうか?

 後のメンバーは、店長とフリーターの女性、そして女子高生の子が二人だ。

 合計八人での旅行になる。

 全員が揃ったところで、俺たちは電車で目的地まで向かう。


「え!? 小山さんってあのドラマに出てたんですか!?」


「まぁ、通行人役だけどね」


「安達君と私ってあんまりシフト被らないよね?」


「時間帯が違うっすからね」


 ボックス席に座り、みんな楽しく話しをしながら目的地に向かっている一方で、俺は愛実ちゃんに文句を言われていた。


「先輩……」


「何?」


「なんで、私と二人きりじゃないんですか?」


「そんなの問題があるからに決まってるだろ?」


「ふーん」


「良いじゃ無いか、愛実ちゃんの旅費は俺が出してるんだし……それに皆一緒の方が楽しいよ」


「ソウデスネー」


「はぁ……俺に優しくするって言ってたのは、どこのどなたでしたっけ?」


「私にやさしく無い先輩なんて、先輩じゃありません」


「いつも優しいだろうが……」


「それじゃあ、今度は二人で行きたいです」


「愛実ちゃんが学校を卒業したら、考えておくよ」


「絶対ですよ! 約束ですからね!」


「はいはい」


 よほど温泉が好きなのだろうか?

 旅行は始まったばかりだと言うのに、次回の話しでここまで興奮するなんて……。

 電車でそんな話しをしている間に、俺たちは目的の駅に到着した。

 駅から出ているバスで少し行ったところに、俺たちが泊まる温泉旅館はある。

 ここら辺一体は温泉街として賑わっており、所々に温泉宿が立ち並んでいる。


「良いところだし、部屋も広くていいね」


「サークルの先輩が教えてくれたところなんだよ、飯も凄く美味しいらしくてさ」


「それは楽しみっすね!」


「俺は酒が充実していれば良いかな?」


 部屋は大部屋を二つ取った。

 一つ男部屋、もう一つが女部屋として四人ずつ泊まれるように手配をした。

 男部屋には、俺と小山君、そして店長と安達君が泊まる。


「全員参加には、流石にならなかったですね」


「そうだね、パートのおばさん達はお子さんがいる人もいるし……」


「結局、ほとんど若いメンバーで来ちゃいましたね」


「えっと……俺と小山君が20歳で、安達君が19歳で店長が25歳でしたっけ?」


「皆若くていいなぁ~」


「いや、店長も若いでしょ」


「このメンバーでそれを言われても嬉しくないよ」


 俺たちはとりあえず移動で疲れたので、部屋でお茶を飲みながら休憩をしていた。

 これからどうするかは、とりあえず風呂に入ってから決める事になっている。


「さて、じゃあお風呂行こうか」


「そうですね」


「俺温泉なんて久しぶりっすわ」


「僕は好きで結構来るよ。岬君は温泉サークルだから、毎月来てるんじゃ無い?」


「そんな頻繁じゃ無いけど、確かに結構くるかもな」


 男湯の脱衣所で服を脱ぎながら、俺たちはそんな話しをする。


「てか、店長! 意外と筋肉有るんですね……」


「え!? うわ、腹筋割れてる」


「すごいですね」


「そ、そうかい? なんか照れるなぁ……」


「あっちの方もデカいな……」


「デカいっすね……」


「大きいね……」


「君たち、どこを見て言ってるのかな?」


 温泉とかに来ると、ついつい他の人のお腹とが体型を見てしまうアレだ。

 温泉は大きな露天風呂だった。

 景色も良いし、お風呂もデカい。

 あまり人も居ないので、ほぼ貸し切りの状態だった。 

「店長はいつから彼女居ないんですか?」


「小山君、結構ズバリ聞くね……」


「本当だよ」


「え? 変な事聞いたかな?」


「いや、そこ触れられたく無い人も居ると思うけど?」


 しかし、それは俺も気になる。

 店長の恋バナなんて、店では絶対に聞かないし、自ら話すタイプでも無い。

 この機会に是非教えて欲しい。

 

「うーん、高校の頃からだから……ざっと八年かな?」


「え、じゃあ高校時代は彼女居たんですか!?」


「いや、その以外! 見たいな顔やめて、俺も一応普通の男子高校生だったし……まぁ、それなりに彼女もいたし……」


「なるほど、店長はリア充だったのか……」


「じゃあ、なんで別れたんですか?」


「高校生の恋愛なんて、そんなもんだよ……まぁ、その後は出会いがあんまり無くてね……」


「バイトの女性を好きになったりとかは?」


「忙しくて、それどころじゃないよ。それよりも岬君がどうなんだい?」


「へ? 俺ですか?」


 なんの話しだろうか?

 俺に至っては、そんな浮いた話しの一つも無いのだが?


「石川さんと随分仲が良いって聞くけど……付き合ってるの?」


「いや、そんな訳ないじゃないっすか」


 なんで俺と愛実ちゃんがそんな関係に?

 そりゃあ確かに一緒に買い物に行ったり、映画に行ったりはしたが……。

 てか、なんで小山君と安達君は気まずそうな顔してるんだ?

 湯に浸かりながら、俺は店長に逆に尋ねる。


「なんでそんな事を?」


「いや、単純に仲が良いからかな?」


「いやいや店長何を仰いますか? 別に普通でしょ?」


「いやいや、普通はバイト先の女の子と買い物とか映画には行かないと思うけど?」


「そんな事を言われても……実際に付き合ってないわけですし」


「そういう気も無いの?」


「はい、一切ありません」


 ドン。

 俺がそう言った瞬間、俺は後頭部に何かが勢いよく当たるのを感じた。

 頭に鈍い痛みが広がり、俺は頭を抑える。


「いってぇ! な、なんだぁ?」


「石けん? なんで石けんが?」


 なんで空から石けんが降ってきたのだろうか?

 俺が不思議に思いながら、その石けんを手に取ると、小川君と安達君が目を反らして言ってきた。


「日頃の行いじゃないかな?」


「いや先輩、ここは露天風呂っすよ……」


「ん? 二人して何を言ってるんだ?」


 俺は空かから降ってきた謎の石けんを持って、風呂から上がった。





「あ、あの……愛実ちゃん?」


「何?」


「い、いくらなんでも、男湯に石けんを投げ込むのは……」


「良いのよ! ちゃんと先輩に当たったし!」


「いや、当てちゃダメでしょ……」


 今日はバイト先の皆で温泉に来ています。

 しかし私、石川愛実は非常に不愉快です。

 

「まぁまぁ、そんなに怒ってないで楽しもうよ」


 この人は、フリーターの真嶋一葵(ましまいつき)さん。

 歳は23歳で、女子のメンバーの中では一番年長の人だ。

 ショートカットのクールなお姉さんだが、鞄に可愛いマスコットのキーホルダーを付けたりと、子供っぽい一面もある。


「そんな事言っても……」


「あはは~愛実ちゃんは乙女だね~」


「だって……先輩が……」


「うんうん、愛実ちゃんは岬君の事が大好きなんだもんね」


「ちょ! な、何を大声で!! 先輩達に聞かれたらどうするんですか!」


「いや、それはそれで結果オーライでしょ?」


「最悪ですよ!」


 この人は凄く面倒見が良いのだが、たまにこうやって私をからかってくる。

 良い人なのだが、こう言うところは少し面倒くさい。

「でも、愛実ちゃんなら大丈夫だよ」


「そうだよ、自信持って!」


 そう言ってくれるのは、私と同じ高校生のバイト仲間の椎名雪(しいなゆき)ちゃんと双海心桜(ふたみみお)ちゃん。

 雪ちゃんの方は大人しい感じの子で、心桜ちゃんはちょっとおバカなキャラだ。


「自信かぁ……」


 正直最近までは自信満々だった。

 付き合うのも秒読みだろうなんて思っていた事もあった。

 しかし、最近先輩の周りには女性の気配が多数存在する事が発覚。

 今までモテないと思っていたのに、これはまずい……。

 しかもこの間は、私以外の女とデートまでしてきた。 そろそろ私も頑張らなければ、そのうち誰かに先輩を取られ兼ねない……。


「先輩は私の事どう思ってるのかなぁ……」


「出来たら一発やりたいとか思ってるんじゃない?」


「いや、流石にそれは無いかと思いますよ」


「そうかなぁ~? 男なんて大体そんなもんでしょ?」

 

 足を伸ばしながらそういう真嶋さん。

 そう言えば、真嶋さんの恋バナは聞いた事が無い。

 これを気に是非聞いて見たい。


「真嶋さんはそういう経験あるんですか?」


「え? 私?」


「私も聞いてみたいですねぇ」


「あ、私も聞きたい!」


「うーん……そう言われても……私……彼氏居たことないし……」


「「「はい!?」」」


 思わず私達三人は声を揃えて言ってしまった。

 決して真嶋さんは、ルックスが悪い訳ではない、むしろその逆、綺麗系の美人だ。

 だからこそ、今まで彼氏が居た事が無いと言うのは驚きだった。

 

「え!? 意外です! 真嶋さんモテそうなのに!」


「いや、告白とは学生時代にされたんだけど……その……ほ、本当に好きな人が出来なくて……今までずっとフリーなんだ……」


「そうなんですか? 私はてっきり、毎晩違う男と寝t……」


「心桜ちゃん! そんなふしだらな事を言わないで!」


 心桜ちゃんがなんだか、教育上よろしくない事を言おうとしたので、私は咄嗟に心桜ちゃんの口を塞ぐ。


「あ、あの……じゃあ、好きな人とかは?」


「え? うーんっと……一応……居るかな……」


「え!? それって誰! 誰!?」


 私もそれは気になった、真嶋さんが好きになった男性とはどんな人だろう……。


「うーん……ちょっと言えないかな」


「え? なんでですか?」


「あ、わかった! それってもしかして店………」


「わぁぁぁぁ!! なんでアンタはこう言う時に限って感が良いのよぉ!」


「あ、当たりですか? やった!」


 え? 本当に店長?

 いや、なんというか以外だ。

 あまり二人が話しをしているのを見た事がないし、正直真嶋さんは店長なんて興味が無いものだと思っていた。


「本当なんですか? 真嶋さん」


「店長なんて意外ですね……確かに歳は近いけど……」


「はぁ……言うつもりなんて無かったのに……急に当てられたから、ビックリして反応しちゃったじゃない……」


「じゃ、じゃあ……本当なんですね」


「素敵です! 私は良いと思いますよ! 職場恋愛!」


「雪ちゃん……なんかテンション高いね」


 頬を赤らめる先輩に、私達三人は迫る。

 

「で! 店長のどこがいいのぉ?」


「いつから好きなんですか?」


「き、切っ掛けとかは?」


「ちょ、ちょいまち! 一気に聞かれても答えられないから!」


「じゃあ、誰から聞くかじゃんけんするので!」


「全員で質問するのは決定なんだ……」


 私たちは公平にじゃんけんをして、質問をする順番を決める。

 結果一番手は雪ちゃんになった。


「じゃ、じゃあ……店長を好きになった切っ掛けを……」


「なんで、雪ちゃんが恥ずかしがってるの?」


「き、きっかけは……電車が泊まって帰れなくなった時に、車で送ってもらった時かな?」


「そ、その時に一体何が!?」


「雪ちゃん、興奮しすぎて鼻血出てる」


「えっと…何気ない一言なんだけど……『女の子なんだから、いつでも頼ってくれていいよ』って言われて……キュンってきて……」


 なるほど、しかしそれだけで人を好きになるだろうか?

 その前から何か前兆があったように思えるが……。


「ちょっと、待って下さい! それだけで好きになんてなりませんよね? 前段階がありますよね? ちゃんと一から十まで説明して下さい!!」


「な、なんか今日の雪ちゃんキャラ違うんだけど……」


「うっ……な、なんていうか……結構仕事で助けて貰ってて……そんな姿見てたら、結構頼りになるなって思えて……それが積み重なって……」


「好きになったんですね!」


「は、はい……」


「はぁ~! 素敵です! 恋です! 純愛です!!」


「な、なんか今日の雪ちゃん怖い……」


 雪ちゃんはこの手の話しが好きなのだろう、いつも以上にテンションが高い。

 いつもは落ち着いている真嶋さんも、今は顔を真っ赤にして小さくなっている。


「言わないでよ! 絶対よ!」


「もちろんです! 私は応援しています!」


 これにて雪の質問は終了。

 次は心桜の番だ。


「じゃあ、私は……そうだなぁ~」


「あ、あんまりエグい事は聞かないでね……アンタは結構自然にとんでもない事を言うから……」


「あ! じゃあ、いつ告白するのか教えて下さい!」


「そ、そんな事を言われても……その……まだ全然そんなに距離も近く無いし……」


「じゃあ、距離を縮めれば良いじゃないですか?」


「それが難しいのよ……大人になると特にね……」


「そうなんですか?」


 その気持ちは私も痛いほどわかる。

 先輩を意識し始めた頃、私も先輩との距離を縮めようと一人で悩んだ時期があった。

 今でこそあんな感じで話したり出来るが、昔は話し掛けるのも一苦労だった。


「分かります! その気持ち!」


「わかってくれるの愛実ちゃん!」


「はい! 私も一年掛けてようやくでした!」


「そうよね! 店長は色々忙しいから……距離を縮めるのが難しくて……」

 

 同じく職場に好きな人が居る私としては、先輩を応援したい。

 そんな私の質問の番なのだが、さて何を聞こう。


「えっと……じゃあ、私も聞いてもいいですか?」


「良いわよ、この際だから全部話すわよ……」


「じゃぁ……店長が他の女性と仲良くしてたら……どう思いますか?」


「それは……嫌ね……普通に」


「じゃ、じゃあ! そういう時のモヤモヤはどこにぶつけますか?」


「あ、愛実ちゃんもそういうので悩んでるんだ」


「ま、まぁ……どうせだから参考に」


 先輩が他の女と仲良くしている時、私はずっとイライラしてストレスが溜まっていた。

 だから、そういうときのストレスの発散方法を知りたかった。


「えっと……私は……お酒飲んで発散するかな? って、これじゃあ未成年の愛実ちゃんには参考にならないか」


「いえいえ、大丈夫です! 食べたり飲んだりして、発散してるってことですね!」


「ま、まぁそういうことね……もう良いかしら? そろそろ上がりたいんだけど?」


「あ、そうですね……これ以上入ってたら、のぼせちゃいますしね」


 ついつい長話をしてしまった私たちは、ようやくお風呂から上がる。

 男性陣はもうとっくにお風呂から上がっただろうか?

 私はそんな事を考えながら、ふと男風呂の方向の高い壁を見る。

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