第33話
*
「え? 買い物に?」
「あぁ、愛実ちゃんも知ってるだろ? あの新しい店の古瀬ってやつなんだけどさ……」
夕方、俺はバイト先で愛実ちゃんに今日の話しをしていた。
愛実ちゃんは夏休みが終わったため、いつも通りの夕方シフトに戻っていた。
「ふぅーん」
「な、なんだよその目」
「いやらしい」
「なんでだよ!」
愛実ちゃんが不機嫌そうに俺にそう言って来る。
別に一緒に買い物行くだけで、なぜそこまで言われなければならないんだ?
間宮先輩もなぜか不機嫌だったが……。
いや、不機嫌になりたいのは俺なのだが……。
「どうせいやらしい事しか考えてない癖にぃー」
「あのなぁ……買い物に行くだけで、何を考えるって言うんだよ……」
「大人のおもちゃ売り場に行くとか?」
「そんな売り場のある店には行かないよ!」
愛実ちゃんはシフトの時間が終わるまでずっと不機嫌だった。
もしかして、俺が先に恋人を作りそうだから、彼氏の居ない愛実ちゃんは羨ましいのだろうか?
シフトが終わり、俺は休憩室に戻り更衣室で着替えを済ませる。
「あ……」
「なんですか? 女子高生の制服姿に興奮してるんですか?」
「ちげーよ!」
俺が更衣室から出たのと同じタイミングで、愛実ちゃんが女子更衣室から出てきた。
学校から直接バイトに来ているので、今日の愛実ちゃんは制服姿だ。
「さ、早く帰りますよ」
「当たり前のように俺が送っていく流れに持って行くのやめて貰える?」
俺はそんな事を言いながらも、愛実ちゃんを律儀に家まで送っていく。
帰り道も愛実ちゃんはなぜか知らないが、不機嫌だった。
「で、明日はどこに行くんですか?」
「ほら、駅前のショッピングモールだよ。あそこなんであるし」
「へー、そうなんだー。ちなみに何時頃ですか?」
「えっと……昼過ぎからだから……何だかんだで午後の二時からかな……てか、なんでそんな事を聞くの?」
「いえ別に……楽しそうで何よりです」
「なんか嫌みっぽいなぁ……」
あからさまに不機嫌な愛実ちゃんを家に送り、俺は自分のアパートに帰った。
*
古瀬との約束の日、俺は駅前で古瀬を待っていた。
先輩や愛実ちゃん以外の女性と買い物に行くのは始めてなので、なんだか緊張する。
「うーん……別に変じゃないよな?」
俺は駅前の大きな窓ガラスで自分の服装を確認し、変なところは無いかを確かめる。
普通の格好をしてきたつもりだが、女性と一緒に買い物をするとなると、いつも以上に気を遣ってしまう。
「お待たせ!」
「え? あぁ、古瀬か」
少しして古瀬がやってきた。
私服姿の古瀬を見るのは、初めてではないがなんだか今日は雰囲気が違う気がした。
薄らと化粧をしているのがわかったし、髪型のいつもと違う。
遊びに行くとき、古瀬はいつもこんな感じなのだろうか?
「なんか、今日の古瀬可愛いな」
「え!? な、なに? きゅ、急に!」
「あぁ、いやすまん! なんかいつも、テニスウエアだったり、バイト先の制服姿しか見てないから、少し驚いてな」
いかんいかん、うっかり思った事を口に出してしまった。
気を付けよう。
「そ、そっか……が、頑張ったかいあったなぁ……」
「頑張ったのか?」
「う、うん……だって、一応……で、デートだし……」
あぁ、やっぱり男女が二人で出かけるのは、デートなのか……。
愛実ちゃんもそんな事を言っていたなと思いながら、俺は頬の赤い古瀬を連れてショッピングモールに向かう。
*
「なんなのよぉ……あの女ぁ~」
私、間宮御子は駅前でとある二人の男女凝視していた。
「あんたねぇ……」
そう言って隣でため息を吐くのは、私の幼馴染みの伊島愛生だ。
なぜ私がこんな事をしているのか、それは昨日の大学での出来事に遡る。
無事に交際を迫ってきた男を振り、気分良く家に帰ろうと思った瞬間、その光景は私の目に映り込んできた。
私の一個下で後輩の男の子が、結構可愛いテニスウエアの子と何やら楽しそうに話しをしていたのだ。
何を話していたのかと問い詰めると、後輩はその子に買い物に一緒に行かないかと誘われたらしい。
「いくらヤキモチ焼いたからって、付いてくる事ないでしょ?」
「や、ヤキモチなんて焼いてないわよ! た、ただ……な、なんかムカつくのよ! 岬君の癖に!!」
「それをヤキモチって言うのよ……」
ため息を吐く愛生を他所に私は二人の様子を見る。
「うわっ、あの子絶対美容院行ってるわよ……服も流行の奴だし……気合い入れすぎでしょ」
「毎日気合い入れてるアンタが言ってもねぇ……」
「私は美女だから良いのよ! 綺麗にしてなきゃ」
「自分で自分を美女って言う人始めて見たわ……しかも本当だから結構イラっとくるわね」
「あぁもう! 何よ! 毎日私が一緒に居てあげてるのに! 私には可愛いなんて言った事も無いのよ!」
「知らないわよ……そんなに嫌ならさっさと告白しなさいよ……」
「は、はぁ? な、なんでこの私が! み、岬君なんかに!」
「あの子も大変ね……」
いつも私に何も言わないくせに!
何よ! 絶対あの子より、私の方が可愛いじゃない!
おっぱいは……って結構大きいわね、あの子……。
そんな事を私が思っていると、二人は移動を始めた。 もちろん私たちも後を付いて行く。
「これって、完全にストーカーじゃない……」
「違うわよ! ただの監視よ!」
「犯罪者じゃないんだから」
*
「先輩めぇ……鼻の下伸びきってるし!」
私、石川愛実は学校を終わりに、駅前で先輩を発見し遠目からこっそり見ていた。
休み明けの試験で、学校は午前中で終了。
気になって、試験にもあまり集中出来なかった。
「うぅ……先輩に女っ気なんて無いと思ったのに……」
もしかして結構先輩ってモテる?
いやいや、顔だって普通だし、鈍感だし、モテる要素なんてどこにも無い。
……ん? じゃあなんで私は先輩の事好きなんだろ?
先輩と居ると楽しいし……なんだかんだで気を遣ってくれるし……。
「も、もしかして先輩って……」
結構モテる?
なんて事を思いながら、先輩の方に視線を向けていると、反対側の柱の陰に何やら怪しい女性二人組を発見した。
その女性二人も何やら先輩の方に視線を向けて、コソコソ話しをしている。
「え? なに? 誰あの人たち?」
見るからに怪しい……もしかして先輩のストーカー?
いや無いか……。
「先輩だし……」
そんな事を考えながら、私は先輩達を追って後を付けて行った。
*
「な、なんか……視線を感じるなぁ」
「ん? どうしたの?」
「あ、いや何でも無いよ」
俺は先ほどから、人の視線を背中に感じていた。
先輩と大学で一緒のせいで結構視線を感じる事の多い日々をおくってはいたが、今回の視線はまたそういうのとは違う。
「まぁ、気のせいか……」
ただの勘違いだろうと思い、俺は古瀬と共にショッピングモールに向かう。
ショッピングモールまではバスに乗れば、直ぐに到着する。
俺たちはバス停でバスに乗りショッピングモールに向かう。
「今日は何を買いに来たんだ?」
「えっと、洋服とか……あとはCDとか」
「なるほどな、しかし洋服だったら女友達との方が良くないか? 俺に感想を聞かれてもよくわからんぞ?」
「大丈夫、男の人の目線での意見も聞いて見たいし……それに……み、岬君の好みなんかも……知りたいなって……」
頬を赤らめながらそう言う彼女に、俺は不覚にもドキッときてしまった。
普通の仕草をする普通の女性。
最近の俺の周りにあまり居ないタイプの女性だからか、久しぶりに女性と一緒だと自覚してしまい、ドキドキしてきてしまった。
それにしても……古瀬可愛いなぁ……。
なんかスッゲー良い匂いするし……胸もデカい……。 なんて事を俺が考えて古瀬を見ていると、それに気がついた古瀬と目があった。
「ん? どうかした?」
「あ、いや……古瀬は女性らしくて可愛いなと……」
「ふぇ!? な、なんで今日はそんなに褒めるのぉ……」
「俺の周りには、古瀬みたいな普通の女性が居ないからな……」
遠くを見つめながら俺は古瀬にそう答える。
古瀬はリンゴのように頬を真っ赤に染めて、顔を隠す。
これだよなぁ……女性っていうのは。
決して足を踏んできたり、抓ってきたり、わがまま言ったり、人を身代わりにするようなのじゃないもんなぁ……。
そんな事を考えている間にバスは目的地に到着した。 俺と古瀬はバスから降りて、ショッピングモールに向かって歩き始めた。
「さて、最初はどこに行く?」
「うーん……まずは洋服みたいな」
「了解、じゃあ行くか」
「うん」
俺と古瀬はまず、アパレルショップを見て回る事にした。
俺は古瀬の行きたい店に付いて行き、一緒に店内を回る。
「これどうかな?」
「良いんじゃないか?」
「本当にぃ~? どこら辺が?」
「えっと……ちょっと透けてるところかな?」
俺は古瀬にたびたび服の事を聞かれる。
これが先輩だったら……。
『似合ってるわよね?』
『似合ってますよ』
『そうよね、私だものね!』
ってな感じで、自分に着こなさない服は無いみたいな感じで。
俺に確認するだけ無駄みたいな感じだし……。
愛実ちゃんは……。
『先輩、先輩! なんで選んでくれないんですか?』
『え、選べる訳ないだろ!』
『なんでですか! 折角一緒に来たのに!』
『いや、下着なんか選べるかぁぁぁ!!』
そんな感じで俺をからかってくるし……。
なんか本当に普通に女性と買い物している感じがして、新鮮で良いなぁ……。
いや、普通はこうなのか……異常なのは俺の周りか……。
「ん? どうかした?」
「いや、何でもない。それ買うのか?」
「うん……だって、岬君が似合ってるって言ってくれたし」
「そ、そうか……」
「うん」
あれ? なんだこれ?
女子との買い物ってこんなに楽しかったっけ?
もっと女子との買い物って疲れるものだったはずなのだが……。
「じゃあ、今度は岬君の選ぶ?」
「え? 俺は良いよ、古瀬が見たいの見れば良いじゃん」
「それじゃあ悪いよ、人の買い物だけ見ててもつまらないでしょ?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
「じゃあ、メンズコーナー行こ」
「あ、おい!」
俺は古瀬に手を引かれ、メンズ服の売っているコーナーに向かった。
なんだか、先ほどから背中に刺さるような視線を感じるのだが……本当にあの視線は気のせいなのだろうか?
*
「何よ! 服くらい自分で買いなさいよ!」
「落ち着きなさいよ」
「落ち着いてるわよ!!」
何よ!
あんなに楽しそうにしちゃって!
私が買い物に誘っても、嫌な顔する癖に!!
「ちょっと愛生! ライフルかショットガン無い!? 岬君にヘッドショットを……」
「無いし、ゲームのやり過ぎ。良いからじっとして見てなさい」
愛生はそう言って私の頭を抑える。
私にではない、あの女に対する岬君の笑顔を見ると、私はなんだか胸がズキズキと痛くなった。
*
「あぁもう!! デレデレして!!」
私と買い物に来た時は、あんな事言わないのに!
私はアパレルショップの壁から、先輩を見てそんな事を考えていた。
「先輩の馬鹿……」
私の気持ちも知らないで……。
私に向いていない先輩の笑顔を見るのは辛い。
自分がどれほど先輩の事が好きなのかを自覚してしまう。
「恋って……辛いなぁ……」
そんな事を私が考えていると、またしても私の反対側の壁際に、駅に居た女性二人組が居た。
「えぇ……あの二人また居る……なんか怪しいぃ……」
まさか本物?
私は先輩を見張るのと同時に、反対側の女性二人にも注意を向ける事にした。
*
「良いの買えたか?」
「うん、ありがとね」
「いいよ、俺もなんか楽しかったし」
「それなら良かった、なんか付き合わせるから申し訳なくて……」
「全然! 先輩と比べたら……」
「え? 何?」
「ううん! なんでも! じゃあ次はどうする?」
俺と古瀬は歩きながら、これから何をするかを相談する。
「少し疲れたか?」
「大丈夫だよ、気を使ってくれてありがとう」
「いや……今までは聞く前に言われてたから……」
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