第34話


「そ、それはなんて言うか……大変だね」


「あぁ、本当に……」


 俺と古瀬は次に雑貨店に入った。

 なんとなく面白そうだからと言う理由で入ったのだが、予想以上に面白い物が棚に並んでいる。


「なんだこれ? まな板か?」


「へぇ~豚の形してるんだ、可愛いね」


「こっちは……マグカップか……ってこれも豚の形……」


「ここの店員さんに豚好きでも居るのかな?」


「豚が好きな人なんて、なかなか聞かないけどな」


 お洒落場マグカップに、調理器具、椅子も変わった形の物が置かれており、見ているだけで楽しい店だった。

 

「凄いな、このエプロン……ピンク色だし、フリルが付いてるし……」


「なんか、絵に描いたような可愛いエプロンだね……」


「新婚の馬鹿夫婦が買っていきそうだな……」


 可愛らしいピンクのエプロンには、正直驚いた。

 こんな物誰が着るのだろうかと考えながら、俺はふとそのエプロンを古瀬に向ける。


「古瀬……意外と似合うんじゃないか?」


「似合わないよぉ~そんなの」


「そうか? 彼氏が出来た時用に買って置いたらどうだ?」


 なんて冗談半分で言ったが、流石にこれをきた彼女が玄関を開けてやってきたら……あれ? ちょっと有りかもしれない……。

 

「か、彼氏かぁ……」


「ん、狙ってる奴でもいるのか?」


「え!? えっと……その……一応居るけど……」


「え!? マジで?」


 うーむ、古瀬は一体どんな男が好きなのだろうか?

 少し気になってしまう……。

 しかし、こう言うのはあまり聞かない方が良いだろう。

 頬を赤らめる古瀬を見て、俺はなんだか少し残念な気持ちになる。

 こんな良い子でルックスも完璧なら、断る男なんていないだろう。

 古瀬にはもっと自信を持って貰いたいものだ。


「頑張れよ! 応援してるから」


「あ、ありがとう……でも最近上手くいってるんだぁ……」


「へぇーそうなのか?」


「うん! ちょっとした事だったんだけど、話す切っ掛けが出来て……結構今良い感じ……」


「おぉ! それは良かったな! でも良いのか? 俺なんかと買い物してるとこ見られたら、誤解されるんじゃ……」


「ううん……大丈夫、見れないから………」


「へ?」


 どういう意味だろうか?

 俺は古瀬の言っている言葉の意味がわからず、首を傾げる。

 まぁ、見れない理由でもあるのだろう。

 俺と古瀬は店を出て、ショッピングモール内のカフェに入った。

 夏休みも終わり、平日と言うこともあって中は空いていた。


「俺はアイスコーヒーで、古瀬は?」


「じゃあ、アイスカフェオレでお願いします」


 店員に注文を頼み、俺と古瀬は向かい合って座り、雑談をし始める。


「そう言えば、古瀬と俺って出身が同じなんだよな?」


「うん、やっと気がついた?」


「あぁ、この前SNSに写真上がってただろ? あの景色なんか見た事あるなって思ってさ」


「あぁ、この前お盆で帰省した時の写真だね」


 そう言えば俺は今年の夏は家に帰らなかったなぁ……。

 妹からは帰って来いと言われたが、色々と準備したり面倒だろうしな……。


「古瀬は結構実家に帰るのか?」


「年末年始とお盆くらいわね。あんまり長くは居ないけど」


「俺はあんまり帰ってないなぁ……バイトもあるし」


「そんなにバイト入ってるの?」


「まぁ、それなりにな……金貯めたいし」


「ちなみだけど、そっちのお店って時給いくら?」


「えっと……俺は確か980円だけど?」


「あ、やっぱり高いね。私はまだ870円だもん」


 俺も入ったばかりの頃は、それくらいの金額でやっていた。

 確か研修期間が終わってから、三ヶ月ごとに少しづつ上がっていったんだったな。


「ま、続けてれば時給なんて上がるさ、それよりもあんま無理すんなよ?」


「大丈夫だよ、無理してもまた岬君が来てくれるし」


「あのなぁ……」


「ウフフ、冗談だよ」


 楽しそうに笑う古瀬を見ていると、なんだかこんなどうって事無い雑談が幸せに感じる。

 古瀬みたいなのが彼女なら、毎日楽しいのだろうがなぁ……。

 好きな人が居るんじゃあ、俺にチャンスなんてないか……。







「何を話してるのかしら?」


「さぁ? それよりここのコーヒー美味しいわね」


「何を呑気にコーヒーなんて飲んでるのよ!」


「そりゃあ、私は岬君がどこの誰と仲良くしてても良いし」


 私と愛生は岬君達が入った喫茶店に入り、角の目立たない席に座って、岬君達の様子を見ていた。

 何やら楽しそうに話しをしているが、会話の内容まではわからない。


「さっさと告白しないアンタが悪い」


「だ、だから! 私は別に岬君なんて!!」


「そんな事言ってるとあの子に取られるわよ?」


「と、取られるって、な、ななな何が?」


「岬君が」


「あ、あんな失礼な後輩、のし付けてあげるわよ! もっとも、あの子が岬君に興味があればの話しだけど!」


「絶対あるでしょ? 無かったら一緒に買い物なんて来ないし」


「無いわよ! だって岬君よ? 冴えないし鈍感だし!」


「アンタ、自分で言ってて悲しくならない?」


 そうだ、岬君の魅力なんて私以外に気がつく人間なんて居るはずがない……居るはず……。


「それよりもあれ、どう思う?」


「何よ? あの女子高生がどうかしたの?」


 愛生が指さした方には、高校の制服を着た女子高生がアイスティーを見ながらどこかを凝視していた。

 

「あの子、さっきからずっと岬君を見てるのよ」


「気のせいでしょ? なんで岬君が女子高生に凝視されるのよ?」


「それもそうなんだけど……あの子、駅からずっと三崎君を付けて来てるのよ」


「本当? もしかしてストーカー?」


「ま、私らも変わらないけどね……本物だったらヤバイわよね?」


 今後はあの子の動きにも注意を向けた方が良いかもしれないわね。






「先輩めぇ……何をあんなにニヤニヤとぉ~」


 私は先輩達が入ったのと同じ喫茶店に来ていた。

 先輩に見つからないように、私は目立たない角の席に座る。

 なんだかいつもよりも楽しそうしている先輩に、私はなんだか腹が立った。


「私と居る時はため息ばっかりの癖に……」


 腹が立つので、今度のバイトのシフトが被ったときは先輩を弄り倒そう。

 私はそう心に決めて、注文したアイスティーを飲む。 しかし、あの二人組もしつこい。

 まだ先輩の後を付けている様子だ。

 

「もしかして……本当のストーカー?」


 だとしたら大変だ。

 このまま先輩があの人と仲良くしてたら、あの人達に何をされるかわからない!


「でも……本当にストーカーかしら? なんか言い争ってるみたいだし……私の勘違い?」


 私はそんな事を考えながら、先輩の方に視線を戻す。 先輩は相変わらず、楽しげに話しをしていた。

 

「むぅ……」


 こんな事を言うと、なんだか私がストーカーみたいだが、先輩は私だけの先輩であって欲しいと思ってしまう。






「さて、もうそろそろ行くか」


「そうだね」


 俺と古瀬は喫茶店を出て、再び買い物を始めた。

 目的のCDショップに向かい、その後は二人でスポーツ用品店に向かい、最後は本屋に行って買い物は終了した。


「色々見れてよかったよ、ありがと」


「いや、俺も楽しかったよ。また来ようぜ」


 帰り道、俺は古瀬と歩きながら話しをしていた。

 

「う、うん。私もまた……じ、次郎君と来たいな……」


「え? あ、えっと……」


「い、嫌だった? 名前で呼ぶの?」


「あ、いや……ちょっとビックリしただけだよ、別に良いよ」


 急な名前呼びに俺は驚いてしまった。

 しかし、ここまで色々話すような中になって、お互いに名字で呼び合うのもなんか変だし、別に俺は気にしないから別に良いか。


「じ、次郎君も……私の事、名前で呼んで良いよ?」


「え? あぁ……そ、それはちょっと恥ずかしいから……良いかな」


「じゃ、じゃあ一回で良いから……その……あの……呼んでみて」


「い、いやそれが恥ずかしいんだが……」


 女子の名前を呼ぶのは結構抵抗がある。

 呼んでも良いと言われても、なんだか馴れ馴れしいのではないかと思ってしまい呼びづらい。


「は、恥ずかしいかな? 一回呼べば馴れるかもしれないよ?」


「そ、そうかな?」


「そ、そうだよ!」


 まぁ、あっちも名前で呼んでる訳だし。

 俺も名前で呼ばないと変かな?


「じゃ、じゃぁ……優華……さん?」


「さ、さん付けはおかしくない? それになんで疑問形なの?」


「わ、悪いやっぱり恥ずかしいから、名前で呼ぶのは馴れてからでも良い?」


「う、うん……やっぱり急には難しいよね?」


 互いに呼び慣れない名前で呼んだからか、気恥ずかしい空気がその場に流れる。

 

「は、早くバス停まで早く行こうか」


「う、うん」


 俺たちは照れたまま、バス停まで向かう。

 

「ね、ねぇ……次郎君ってこの後時間ある?」


「え? 大丈夫だけど……もう時間も遅いよ?」


 バスに乗ると、隣に座った古瀬が俺にそう行ってきた。 

 時刻はもう18時だ、これからどこに行こうと言うのだろうか?


「じゃ、じゃあ……私の家来ない? ご飯ご…ご馳走するから!!」


「え? いや……良いの? 一人暮らしでしょ?」


 別に部屋に入って古瀬をどうこうするって話しではないが、一人暮らしの女性の家に男が行くのはかなりまずい気がする。


「い、良いよ……じ、次郎君なら……」


「あ……いや……そういう事なら……」


 顔を真っ赤にする古瀬。

 一緒に買い物をして、夜は部屋に呼ばれて……。

 いやいや! これは期待しても良いのか?

 だって、これはもう……いや、まて!

 人の良い古瀬の事だ、きっとただ単にご飯を食べさせてくれるだけかもしれない!

 料理が好きで人にご馳走するのが好きなのかもしれない!

 そうだ、しかも古瀬には好きな人が居るじゃないか!

 これはきっと、彼女なりの今日の買い物のお礼なのかもしれない!


「そうだ……そうに違いない……勘違いするな俺!」


「ど、どうしたの?」


「いや! 何でもないぜ!」


「そ、そう?」


 俺は自分に勘違いをするなと言い聞かせながら、古瀬と共に古瀬の自宅であるマンションに向かって歩いて行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る