第20話



「んじゃ、俺はここで」


「はい……じゃあ、またバイトで」


「おう」


 俺は愛実ちゃんを送り届け、温泉宿に向かって歩き始めていた。

 愛実ちゃんは無事に友人達の元に帰って行き、俺は一人で祭りの中を歩いていた。

 皆に連絡を取ろうとも考えたのだが、ちょうどスマホのバッテリーが切れてしまった。


「先輩、怒ってるかな?」


 きっと間宮先輩は眉間にしわを寄せ、帰って来た俺に色々と文句を言うはずだ。

 それを考えると、なんだか気が重い。


「はぁ……」


 そんな事を考えながら歩いていると、突然肩を叩かれた。


「え? あだっ!!」


「どこに行ってたのよ!」


「せ、先輩……痛いです」


 肩を叩いてきたのは、間宮先輩だった。

 予想通り、先輩は眉間にシワを寄せて怒っていた。

 しかし、いくら怒っているからって、いきなり俺の足を踏みつけないでほしい。


「まったく! どこで何してたのよ! みんな心配したのよ!」


「す、すいません。で、皆は?」


「帰ったわよ! 私は仕方なく、仕方なく! アンタを探しに来たの!」


「それはどうもすみません」


「ほら、行くわよ! まったく」


 なんだかんだうるさかったが、俺を捜してくれていたのであれば、なんだか申し訳ない。

 しかし、あの面倒くさがりでわがままな先輩が、なぜ俺を?


「何してるの! 早く行くわよ!」


「あ、はい!」


 俺は前を歩く先輩に追いつき、二人で温泉宿に戻っていく。


「先輩……なんか迷惑掛けたみたいですいません」


「な、なによ……いつになく素直じゃない……」


「いつになくは余計です!」


「本当にいい迷惑よ!」


「本当にすいませんでした」


「岬君がいなかったら、誰が私に飲み物と食べ物を買ってくるのよ!」


「それは自分で行って下さい」


「あーもう! 岬君探すので疲れた! お腹減った! 何か買ってきて!!」


「いや、宿に帰れば酒も食い物も……」


「いいから! 焼きそばとフランクフルト買ってきて!」


「えぇ……太りますよ?」


「う・る・さ・い!」


「アイタタタ!!」


 余計な事を言ったせいで、俺は先輩から耳を引っ張られてしまった。

 本当にこの人はわがままだ。






「愛実! どこ行ってたの? なんか知り合いと会ったって連絡は来てたけど」


「うん、バイト先の先輩と会ってね、少し話し込んじゃって」


「なら良いけど。どうしたの? なんかすっごい嬉しそうな顔して」


「え? そ、そんな顔してる?」


「うん、さっきまではあんな嫌そうな顔だったのに、今は何か楽しそう」


「うん……ちょっと楽しい事があってね……」


 私は先輩と別れ友人達の元に戻って来ていた。

 みんなが居たのは祭り会場の休憩スペースだった。

 みんなは夜ご飯の代わりに、焼きそばやお好み焼きを食べていた。


「楽しい事? どうかしたの?」


「うん、好きな人と会ってきたの」


「え!?」


「「「好きな人!?」」」


 私がそう言った瞬間、みんなは驚き私の方を見た。

 中でも驚いていたのは、一緒に来ていたクラスの男の子達だった。


「い、石川さん……好きな人……いたの?」


「ま、マジか……」


「我らの天使が……」


 あからさまに気分を落ち込ませる男子達。

 そんな男子達に、一緒に来ていたクラスの女子達は呆れた様子で男子達を見ていた。


「はぁ……これだけ女子が居るのに」


「みんな愛実目当てね」


「いや、愛実に勝てないのは知ってるけど、私たちにも少しは目を向けなさいよ」


 思いがけない所で先輩と会うことが出来、私は上機嫌だった。

 嫌々来たお祭りだったが、来て良かったと思いながら、私は買ってきた綿飴を口に運ぶ。





「んで? どうだったのサークルは?」


「あぁ、酔っぱらった先輩に絡まれて、翌朝目が覚めたら、半裸の先輩が俺の布団に居た」


「はぁ!?」


「あんまり大きい声を出すなよ、フロアに聞こえるぞ」


 先日のサークル活動の事を俺は小山君に聞かれて、話していた。

 祭りの会場から温泉宿に戻った俺と先輩は飲み会に参加した。

 未成年ではない先輩達は当然酒をガブガブ飲む。

 そして、元から変な先輩達が飲んだらどうなるかというと、当然更に変になる。


「まぁ、飲み始めて一時間で既に地獄絵図だったな……俺や未成年の後輩達は早めに寝たんだが」


「いやいや! なんで先に寝たのに、そんな事になってるんだよ!」


「え? 酔っぱらった先輩が、間違えて俺の部屋に入ってきて、そのまま寝たんだろ? よくある話しさ」


「いや、ねーよ……」


 そんな事を言われても、酔っぱらった間宮先輩が俺の部屋や布団に間違えて入ってくる事は、最早恒例だ。

 なぜかすべて俺の部屋や布団なのだが……。


「岬君さぁ……その先輩って君の事を好きなんじゃ……」


「え? ないない! 絶対無いよ、有り得ない!」


「いや、でもそれは……」


「だって、先輩は俺の事を男避けに使ってる女王様みたいな人だし……」


「いや、それどんな関係だよ……」


 うーむ、どんな関係か……そう聞かれると、ただの先輩後輩では無い気もする。

 強いて言うなら……。


「……ご主人様と……奴隷?」


「岬君の大学生活が心配になってきたよ」


「え? なんで?」


 命令を出し、俺を男避けに使い、更に小間使いにする。

 そんな先輩の命令をなんだかんだで聞く俺は、先輩の奴隷であろう。

 そうであるならば先輩の立場は、ご主人様か女王様が正しいだろう。


「み、岬君ってさ……もしかしてM?」


「はぁ? 急に何を言ってんだよ?」


 小山君はさっきから、俺の事を心配そうな目で見つめてくる。

 俺は何かおかしな事を言っただろうか?」


「いや、まぁ……性癖は人それぞれだし……」


「性癖?」


 彼は一体何の話しをしているのだろうか?

 まだまだ暑い日が続く夏の厨房、俺は今日も熱い鉄板と熱された油に囲まれて、仕事に励む。

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