第29話

 映画が始まり、周りが暗く鳴り始める。

 俺は目の前のスクリーンに集中し始める。

 スクリーンには新作映画の宣伝が流れ始める。

 すると、愛実ちゃんが急にこちらの方に体を詰めてきた。


「え? ま、愛実ちゃん?」


「なんですか?」


「せ、狭いんだけど」


「私は広いです」


「そりゃあそうだろうね……」


「はい」


 愛実ちゃんはそう言うと、さらに俺の肩に頭を乗せ始める。

 また愛実ちゃんが俺をからかい始めた。

 ここで変に意識してしまうと、愛実ちゃんの思う壺だ。

 俺はなんと平静を装いスクリーンに集中する。

 映画が始まって二十分ほど、早速際どいシーンが出てきた。

 主人公がヒロインである後輩の女の子から、押し倒されるシーンだ。

 まぁ、いろいろとツッコみたい気持ちはあるが、恋愛映画なので仕方ないだろう。


『先輩……私としますよね?』


『ま、まってくれ! そんな簡単に、そんな事をしては……』


 主人公はヒロインの強引で積極的な行動に戸惑っていた。

 あほだなぁ〜、なんでこの子の気持ちに気が付かないんだろう?

 俺がそんな事を思いながら映画を見ていると、ふと愛実ちゃんが俺の耳元でささやき始める。


「なんか先輩みたいな主人公ですね、先輩よりイケメンだけど」


「そうか? 俺はここまで鈍感じゃないよ」


「あぁ、先輩のそう言うところがそっくりです」


「え、なぜ?」


 その後、映画はどんどん進んでいき、ついに映画も終盤だ。

 ここまで見た感想としてはエロいの一言につきる。

 積極的な後輩に迫られる主人公なのだが、後輩の女の子の迫りかたが激しすぎる。

 こんな女の子、現実には絶対に居ないと思う。

 映画は無事に主人公とヒロインの後輩の女の子が結ばれて終わった。

 確かに良い話しだったが、そこまでお色気要素が必要なのかは分からなかった。


「面白かったですね! 先輩!」


「そうだね」


「思わず興奮とかしました?」


「しないって」


「でも、エッチなシーンもあったじゃないですか?」


「映画ごときでそんなに興奮しないって」


 俺と愛実ちゃんは話をしながら映画館を出た。

 この後の予定は何も決まっていない。

 正直俺は帰る気満々だったのだが、愛実ちゃんは俺の事を帰す気は無いらしい。


「愛実ちゃん」


「なんですか?」


「なんで俺の腕に抱きついてるの?」


「いやぁ〜、デートだし」


「デートじゃ無いし、理由になって無いし」


「まぁまぁ、どうせ暇だったんでしょ? 良いじゃないですかぁ〜」


「俺だって忙しいんだよ、映画も見たし俺は帰るよ」


「え〜! そんなのつまらないですぅ〜!!」


「あのねぇ……君は受験生だろ? 帰って勉強しなさい」


「ぶぅー! たまの息抜きくらい……」


「なら、友達と遊べばいいだろう? 俺は帰る」


 折角の何も無い休日、こっちは急に呼び出されたのだ、お昼には家に帰らせて欲しい。


「酷い! 先輩は私が嫌いなんですか!?」


「酷くない、そして誤解を招く言い方をするな!」


「だって、どうせ先輩は家に帰ってもゲームして一日を終えるだけでしょ?」


「うっ……そ、それの何が悪いんだよ!」


「寂しい……」


「可愛そうな物を見る目で俺を見るな! 良いんだよ! 俺がそれで楽しいんだから!!」


「ゲームなんていつでも出来るじゃないですか!」


「最近は出来てないの! 俺は帰ってゲームを……」


「私のおっぱいモミモミした癖に……」


「だぁぁぁぁ!! 分かったよ! 付き合えば良いんだろ!」


 弱みを握られているというのは、本当に困ったものだ。

 俺がそう言うと、愛実チャンは満面の笑みを浮かべて俺の手を引いてどこかに連れて行く。


「お、おい……どこに行くんだよ?」


「カラオケ行って、ボーリングに行きましょう! さぁ、行きましょう!!」


「はぁ……本当になんでこうなるんだか……」


 結局その日は夕飯まで愛実ちゃんと一緒に居た。

 カラオケで二人で歌い、その後ボーリング場に向かい、その後愛実ちゃんの買い物に付き合い、最後に二人で夕食を食べに行って、今は愛実ちゃんを家に送る途中だった。


「いやぁ〜、良い休日でしたね!」


「俺は何か疲れたよ……はぁ、愛実ちゃん、こんなに遊んでて大丈夫? 受験勉強やってる?」


「大丈夫ですって、私って結構優秀なんですよ!」


「そうだろうけど……」


 正直言って心配だ、このまま油断して成績が下がるのではないかと考えると、本当に遊びに連れ出すべきでは無いと思ってしまう。

 

「先輩……」


「ん? どうしたの?」


 前を歩いていた愛実ちゃんが、突然俺の方を向いた。

 愛実ちゃんは真剣な表情で俺の事を見つめ、静かに話し始めた。


「いつも……私のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございます」


「お、おう……きゅ、急にどうした?」


「………だっていっつも私のわがまま聞いてくれるし、生意気なこと行っても怒らないから……素直にその……お礼を……」


 恥ずかしそうに頬を染め、愛実ちゃんはそう言う。

 俺はそんな彼女に笑いかけながら話す。


「いいよ、俺も楽しいし……でも、勉強はしっかりしないとダメだよ?」


「はい、頑張って大学に合格します!」


「うん、応援してるよ」


 来年は愛実ちゃんも高校を卒業して大学生になる。

 恐らくバイトもやめてしまうだろう、だから俺と少しでも遊びたかったのだろうか?

 いや、そんな事を考えるのは自意識過剰だ。


「ところで先輩……」


「ん? 何かな?」


「私の受験する大学って……どこだと思います?」


「え? あぁ……そう言えば知らないな……どこの大学なんだ?」


 恐らくだが近くの大学では無いだろう。

 聞いた話では、この辺りの大学進学を考えている高校生のほとんどは、県外の大学に進学するらしい。

 やはり希望の学部のある大学に進学したかったり、皆それぞれに理由はあるようだ。

 愛実ちゃんからは、あまり希望の大学の話は聞かない。

 デザイン系の仕事に興味が有ると聞いたことはあるが、大学もそっち系の大学に行くのだろうか?


「私の希望は……」


「うん」


 愛実ちゃんは俺の目を見ながら、笑顔で希望している大学名を言う。


「涼清大学です」


「……え?」


 思いっきり地元だった。

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