第32話

*



 九月に入った、俺は相変わらず夏休みだが、高校生や中学生は今日から新学期らしく、朝から学校に登校する生徒の声が聞こえてくる。


「元気だなぁ」


 俺はそんな声を聞きながら、朝食の目玉焼きを作っていた。

 八月は色々と出費が多かったせいで、今月は少し節約しなければいけない。

 まぁ、主に先輩と愛実ちゃんに使ったのだが。

 目玉焼きを皿に移し、同時に焼いていたトーストをトースターから取り出して、テーブルに持って行く。


「いただきます」


 俺は地面に座り、朝食を取り始める。

 今日のバイトは夕方からなので、日中は自由なのだが、何をしていよう。

 最近は先輩や愛実ちゃんに振り回されてばっかりで、自分の時間をあまり取れていない気がするし………。

 

「うーん」


 俺はそんな事を考えながら、テレビを付けてニュース番組のチャンネルを付ける。


『夏休みが終わり、今日から二学期を迎える小学生が元気よく登校しており……』


 テレビのニュースも夏休みが終わった事を話していた。

 なんだか、夏が終わったみたいで少し寂しい。

 俺がそんな事を考えていると、スマホに一件の新着メッセージが届く。


「ん? 誰だ?」


 どうせ先輩か愛実ちゃんだろうと考えながら、俺はスマホのロックを外してメッセージを確認する。

 案の定、メッセージは愛実ちゃんからだった。

 

【先輩! 夏休み終わっちゃいました~、なんとかして下さい! 私の制服生写真送りますから~】


 そう書かれたメッセージの直ぐ後に、制服姿でピースサインをする愛実ちゃんの写真が送られて来る。

 時々写真を送ってくるが、この子は自撮りが好きなのだろうか?

 まぁ、確かに可愛いからこの写真にも需要はあるだろうが……もしかしてSNSとかにもアップしているのだろうか?

 

「現代っ子だなぁ……」


 俺はそんな事を呟きながら、返信を送る。


【早く学校に行きなさい】


 そう愛実ちゃんに返信した直後、今度は先輩からのメッセージが届く。


【起きてるわよね? 今から大学に来なさい】


「おいおい」


 なんで命令口調なんだよ。

 しかもこんな朝早くから何の用だよ。

 確かに日中暇な俺だが、だからと言って先輩の命令を聞くほど暇ではない。

 と言うか、正直面倒臭い。

 ここはまだ寝ている事にして、返信を返さないで置こう……。

 俺はスマホを閉じて再び朝食を食べ始める。

 しかし、丁度その時部屋のインターホンが鳴り、俺は再び箸を止める。


「誰だ? こんな朝っぱらから……」


 俺は立ちあがり、玄関のドアを開ける。

 

「はい……」


「なんだ、起きてるじゃ……」


 バタン。

 俺は反射的に扉を閉めてしまった。

 その理由は、尋ねてきたのが先輩だったからだ。


「ちょっと! なんで閉めるのよ!! 開けなさいよ!!」


 ドアの向こうで先輩はドアを叩きながら、文句を言っている。

 なんであの人は、来る前に連絡の一つも寄越さないのだろうか……。

 俺は仕方なく部屋のドアを開ける。


「何のようですか?」


「その前に、なんでドアを閉めたの?」


「不審者が居たもので……」


「だ・れ・が! 不審者ですって!」


「痛いっす……先輩……」


 俺は先輩に二の腕を抓られながら、仕方なく部屋に入れる。

 

「何しに来たんですか?」


「何しにって、迎えに来たのよ? 大学行くでしょ?」


「いや、まだ行くとは一言も……」


「良いから行くわよ! どうせ暇でしょ!」


「暇じゃねーし……」


「何か言った?」


「なんでもありません!!」


 俺は仕方なく、先輩のわがままに付き合い、大学に行くことになった。

 気持ちの良い朝の時間が台無しだ……。

 大学に到着するなり、先輩は大学のテニスコートに向かい始めた。


「先輩、テニスコートに何か用事でも?」


「まぁちょっとね……」


「ちょっと?」


 少しイライラした様子の先輩の隣を俺は歩く。

 テニスと言えばテニサーだが、何か用事でもあるのだろうか?

 そんな事を考えていると、直ぐにテニスコートが見えてきた。

 案の定、テニスコートではテニサーの人たちが朝からテニスをしていた。

 まぁ、うちの大学で本気でテニスをしている奴なんて居ないと思うが……。

 俺はあまりテニサーにあまり良い印象を抱いてはいない、その理由は偏見かもしれないが、チャラチャラした感じの連中が多く、飲み会も頻繁にあり、一部ではヤリサーなんて言われているからだ。

 先輩はテニスコートの外で、誰かを探していた。

 テニサーの誰かに用事でもあるのだろうか?

 そんな事を考えていると、先輩は探していた人物を見つけたようで、テニスコートの中に入っていった。

 俺も先輩の後に続いて、テニスコートの中に入っていく。


「渡辺君」


「はい?」


 先輩はコートのベンチに座る茶髪の男性に話しを掛けた。

 この人は確か、テニサーの現会長だった気がする。

 テニサーの会長に何の用なのだろうか?


「あ、間宮ちゃん、どうしたの?」


「貴方に話しがあってきたのよ、今良いかしら?」


「え? なになに?」


 俺の存在は目にも入らないのか?

 まぁ、先輩は外見だけ見れば美女だからな、俺なんか視界にも入らないか……。

 まぁ、この人もイケメンだが……。

 俺と先輩の登場に、段々と人が集まり始めた。

 お前ら練習はいいんかい。


「この前の話の件なんだけど……」


「あ、あぁ! じゃあ、場所変える?」


「大丈夫よ、直ぐに済むから」


 あぁ、この感じ告白の返事をここでするんだろうなぁ……。

 テニサーの会長もなんだか緊張している様子だし。

 気の毒に、サークル仲間の前で恥を掻かされるのか……。

 ん? じゃあなんで先輩は俺を連れて来たんだ?


「あのね……私、渡辺君とは付き合えないわ……」


「え! なんで!?」


 あぁ、やっぱりか-。

 そして先輩はなんで俺の方をちらちら見てくるんだ?


「あのね……訳は言えないの……でもね……」


 だから、なんで俺の方をチラチラ見てくる!

 テニサーの会長も先輩のそんな様子に気がつき、俺の方を睨んでくる。


「だから……その……ごめんね」


 いや、そこで頬を赤らめるな!

 そして俺の方を見るな!

 誤解されるだろ!!

 先輩が俺を連れてきた理由はこれか……。

 面倒な事になっても、俺に全部丸投げ出来るこの状況を作るために俺を連れて来たのか……。

 俺は直ぐにこの場を離れようと後ろを確認するが、残念ながらテニサーの皆さんが俺たちを囲んでおり、抜け出すのは無理そうだった。


「ま、まさか……その男って……」


「ち、ちがうの! 付き合ってるとかじゃ……ない……けど……」


 やめろ!

 なんだその悩ましげな視線は!

 テニサーの会長が般若みたいな顔になってるだろうが!!

 俺は後ずさりをしながら、この気まずい状況からどうやって抜け出すかを考えていた。

 

「だから……ごめんなさい!!」


「あっ! 間宮ちゃん!!」


 お前は逃げるかい!!

 先輩はテ二サーの会長にそう言うと、どこかに走りさってしまった。

 囲んでいた奴らはご丁寧に先輩が走り去る時は、綺麗に道を空けていた。


「……」


「……」


 なんだこの気まずい状況……。

 取り残された俺は、この気まずい状況に耐えきれず、そーっとその場から離れようとする。

 しかし……。


「おい、ちょっと待て」


「な、なんでしょうか?」


 テニサーの部長に捕まってしまった。

 

「お前……間宮ちゃんの何なんだよ」


「い、いや……俺はただサークルの後輩で……」


「あそこまで間宮ちゃんに言わせて、それはねーだろ!!」


「ち、違うんです! 本当にただの後輩なんです!!」


「お前……あそこまで間宮ちゃんに言わせて、自分は何も言わねーのかよ! 俺の女だから手を出すなくらい言えよ!」


「だから違うんですって!! 付き合ってないし、先輩だって俺のことそんな風に思っていません!」


「俺は……こんな奴に負けたのか……」


「いや、負けてませんから! 人の話聞いて貰えます!?」


「ごちゃごちゃうるせぇ!!」


「うわっ!」


 テニサーの会長は俺に殴りかかってきた。

 よほど悔しかったんだろうな……。

 俺はそんな事を思いながら、必死に避ける。


「避けるな!」


「無理です!」


 周りはテニサーの連中に囲まれているので、逃げる事が出来ない。

 みんな会長の味方かよ……。

 俺はなんとか逃げ出せないかと、人の隙間に飛び込み、テニスコートの外に逃げ出す。


「待てコラ!」


「待てません!!」


 俺はテニサーの会長から逃げだし、近くのサークル棟の辺りをぐるぐるしていた。

 体力も限界に近くなってきたそのとき、倉庫の方から声が聞こえてきた。


「こっちだよ!」


「え?」


 俺は倉庫の方を見る。

 いつもは鍵が掛かっている倉庫が、今日は開いていた。

 誰の声かはわからないが、後ろにはテニサーの会長が迫ってきている。

 俺は一か八かで倉庫の中に身を隠す。


「くそっ! どこに行った!」


 ありがたい事に、会長さんは俺を見失ってくれたようだった。

 

「はぁ……助かった」


「なら、良かったよ」


 俺を助けてくれたのは、古瀬だった。

 一部始終を見ていたようで、直ぐに倉庫の鍵を開けて俺を助けてくれたのだ。


「ありがとう、マジでありがとう!」


 本当に良い子だよなぁ~、わざわざ鍵を開けて俺を助けくれるなんて。

 それに比べて先輩と来たら……。


「絶対ゆるさない……」


「だ、大丈夫?」


「おう! 古瀬もありがとな! テニスしてたのか?」


「うん、そしたら急に騒がしくなってきたから」


「騒がせて悪かったな、これも全部先輩が……」


「ほ、本当に大変みたいだね……」


「まぁな……」


 逃げていたので疲れが溜まっていた俺は、倉庫で座りこんでしまった。

 運動不足と言うのも考えものだ。

 そんな俺の隣に古瀬が腰を下ろす。


「ねぇ……あの……本当に間宮先輩と付き合ってないの?」


「付き合ってたら、彼氏を置いて一人で逃げないだろ?」


「ま、まぁ……確かに……」


 ため息を吐く俺に、古瀬は苦笑いを浮かべる。


「戻らなくて良いのか?」


「うん、少し抜けても全然大丈夫。みんな遊びでやってるから」


「そうか、だが俺は早く大学から出ないとな……」


「会長に追いかけられるよ?」


「そうだな……じゃあ俺はこの辺で……」


「あ、正門まで一緒に行くよ。私も用事あるし」


 そう言って古瀬は正門まで付いて来てくれた。

 俺は終始周囲を警戒しながら正門まで向かった。


「あ、あのさ……その……明日って何か用事ある?」


「え? 用事は無いけど……なんで?」


「じゃ、じゃあ……か、買い物付き合って欲しいな……なんて」


「まぁ、良いけど……なんで俺なんだ?」


「そ、それは……」


「それは?」


 俺以外にも誘える友人は多いはず……。

 それに買い物とは何を買いに行くのだろうか?

 まぁ、今日助けてもらったし、買い物には付き合うが……。


「い、一緒に……行きたい……からってだけじゃ……だめ?」


「ん?」


 なんだ、この意味深な言い方は……。

 いや、落ち着け俺!

 勘違いしてはいけない!!

 いくらモテないからって、こんな一言で「あれ? この子もしかして俺の事好き?」とか思ったら、痛い目を見る!

 これはアレだ、買い物に誘う建前が思いつかなかったから、そう言っただけだろうな。

 そうだろう、そうに違いない。


「ま、まぁ助けて貰ったしな、断る理由も無いし。良いぞ」


「ホント! ありがとう! じゃあ、詳細はまた連絡するから!」


「おう、じゃあな」


「うん!」


 古瀬はそう言うと、その場を去っていった。

 そして丁度その時、俺は後ろで何やら殺気のような物を感じた。

 振り返って見ると、なぜか不機嫌そうな先輩が遠くで腕を組んで仁王立ちをしていた。

 

「なんであの人、俺にあんな仕打ちをしておいて、あんなに堂々としてるんだろ……」


 最早呆れて怒る気にもなれなかった。 

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