第26話

「じゃぁ、本当に付き合ってないの?」


「いや、俺と先輩が付き合うなんて、今後もないよ」


「それにしては、仲が良すぎるような……」


 仲が良いように見えても、実際はそうなのだから仕方ない。

 てか、俺と先輩が付き合うなんて、そもそも前提がおかしい。

 先輩からは散々「岬君はモテない」だの「岬君は独身貴族になりそう」だのと言われてきたのだ、そんな事を言う相手と付き合いたいなんて思わないし、自分がいかに魅力の無い人間なのかも分かってしまう。


「まぁ、先輩に彼氏が出来たら俺も自由の身になれるんだけど……」


「それって、岬君に彼女が出来ても自由になれるんじゃない?」


「じゃあ、私と付き合ってみる?」


「は?」


 俺は古瀬の言葉に思わず間抜けな声をだしてしまう。

 古瀬は俺の方を見てニコニコしている。


「からかうなよ、古瀬なら彼氏なんて選び放題だろ?」


 そうだ、きっと古瀬も俺の事をからかっているに決まっている。

 ヤリサーと名高いテニサーに所属しているし、ルックスだってかなり良い、きっと童貞の俺をからかって遊んでいるに決まっている。

 俺がそんな事を考えていると、俺のポケットのスマホが音を出して震え始めた。


「すまん、電話だ」


「いいよ、出て来て」


 俺は席を立って、一旦店の外に出て電話に出る。


「もしもし?」


『先ぱ〜い』


 声の主は愛実ちゃんだった、声の感じから不機嫌あ様子が伝わってきた。


『早く帰りましょうよ〜暗くなっちゃいますよぉ〜』


「あー、それなら先に帰ってて良いよ?」


『か弱い女子高生に、夜道を一人で帰れと?』


「いや、まだ夕方だし……」


『早くしないと、この前のプールで先輩から胸を揉みしだかれたって、みんなにバラします』


「直ぐに行きます」


 あの日の自分を恨みながら俺は電話を切って、古瀬の所に戻る。


「悪い古瀬! ちょっと用事あるから、先に帰るな」


「え? あぁ……うん、じゃあまたね」


「あぁ、またな!」


 俺は古瀬にそう言うと、急いで店の休憩室に戻る。

 休憩室にはすごく不機嫌そうな愛実ちゃんが、腕を組んで仁王立ちしていた。

 別に俺が悪いわけじゃないのに、なんでこんなに愛実ちゃんは怒っているのだろうか?


「ま、愛実ちゃん? か、帰るんだよね?」


「はい、帰りますよ。あの人は良いんですか?」


「え? あぁ、古瀬のことか……まぁ、別に特別仲が言い訳じゃないしな」


「ふーん……」


「な、なに?」


 愛実ちゃんはそう言いながら、ジト目で俺を見てくる。

 別にやましいことをしてきた訳じゃ無いのに、なんか俺が悪いみたいで居心地が悪い。


「先輩、早く帰りましょう」


「あ、あぁ……そうだな」


 俺と愛実ちゃんは裏口から外に出て、いつものように帰宅し始める。

 愛実ちゃんは帰り道もずっと機嫌が悪かった。

 

「愛実ちゃん? なんで最近そんなに機嫌悪いの?」


「そんなことありませんー!!」


「不機嫌じゃん……」


 俺はため息を吐きながら愛実ちゃんの後ろを歩く。


「先輩は随分モテるんですね」


「は? モテる? 一体何を言ってるんだ?」


「だって! ……なんでも無いです」


 何かを言おうとした愛実ちゃんだったが、途中で言葉を止める。

 

「俺がモテてたら、夏休みもバイトなんてしてないよ」


「ふーん」


 それと愛実ちゃんの機嫌が悪い理由と何が関係あるのだろうか?

 俺は不機嫌な愛実ちゃんを家に送り届け、家に帰宅する。





「岬君、覚えてないのかな?」


 私、古瀬優華は貸し切り状態の店内で一人呟く。

 先ほどまで話をしていた彼は急いでどこかに行ってしまった。

 私はそんな彼が座っていた席を見つめながら昔の事を思い出す。

 あれは私が高校二年生の時だった。

 実は私は岬君の卒業した高校のすぐ近くの女子校の出身だ。

 彼と始めて出会ったのは大学では無い。

 実は高校二年の夏に一度会っているのだ。


「彼女……居ないんだ」


 私は彼には一個年上で、ミスコンの優勝者の彼女がいると先ほどまで思っていた。

 しかし、それは私の勘違いだった。

 だから思わずあんな事を言ってしまったのだ。


「……で、電話とか……しても良いのかな?」


 私は緊張で手を振るわせながら、スマホの連絡帳にある彼の名前を見る。

 彼があの時から何も変わっていなくて、私は安心した。

 あの時のまま、優しくて誠実な彼で……。

 私はスマホをポケットに入れ立ち上がり、店を後にする。

 昨日から私はずっと彼の事を考えていた。


「ちゃんと言えば良かったなぁ……」


 さきほどの話の内容を思い出し、私はため息を吐く。

 思わず「付き合ってみる?」なんて言ってしまい、岬君は私がからかっていると思っているかもしれないが、私は結構本気だったりする。


「今度はちゃんと言わなきゃ」


 私はそんな意気込みをして、自分のアパートに帰って行く。





 古瀬が店に来た次の日。

 俺は愛実ちゃんからの電話で目を覚ました。


「もしもし?」


『先輩、映画に行きましょう』


「え? なんで?」


『プールに言ったとき約束したからです』


 そう言えばそんな約束したなと思いながら、俺は愛実ちゃんに言う。


「また今度じゃダメ?」


『ダメです! 一時間後に駅前に集合です!!』


 愛実ちゃんはそれだけ言い残して、電話を切った。

 俺はため息を吐いて肩を落とし、仕方なく映画に行く準備を始める。

 最近機嫌が悪いので、あまり愛実ちゃんと二人で出かけたくは無いのだが、約束してしまったのだからしょうがない。


「はぁ……今日も不機嫌なままじゃないよな?」


 俺はそんな事を考えながら、服を着替えて出かける準備を続ける。

 それよりも、愛実ちゃんは受験生なのに、こんなに遊び歩いて良いのだろうか?

 俺はそんな事を考えながら、愛実ちゃんにSNSにメッセージを送る。


【勉強大丈夫? 遊びすぎじゃない?】


 送って直ぐに愛実ちゃんから返信が来た。


【先輩と違って成績優秀なので】


 嫌みなのか、それとも怒っているのか、それともそのどちらもなのか、俺はそんな疑問を抱きながら荷物を持って外に出た。

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