決意
ルカは名を呼ばれた瞬間にすぐに建物の上へ登って逃げ出した。
ルカの名を呼んだのは間違いなくアイクだった。
「ノア…」
ルカはすぐに洞窟に戻った。
ノアがルカに飛びつく。
「ルカ、お帰り!」
「ノア…ノアだけは、生き残ってくださいね。」
ルカはノアの頭を撫でながら呟いた。
「…ボクは、ルカと一緒じゃなきゃ嫌だ。ルカがどこに行っても、ボクが必ず見つける。」
「ふふ、ノアにはそう簡単に見つかりませんよ。」
「ぜーーったい見つけるから!」
ノアがふてくされたように頰を膨らませる。
「ノアは、ゆっくり来ればいいです。のんびり待ってますから。」
「ルカ…」
ルカは一晩中ノアを撫で続けた。
「ノア、楽しかったですよ。あなたとの生活は。私の足はもう、以前のように駆け回ることはできないから。ノアには追いつけないんです。ごめんなさい。」
ルカは眠っているノアに語りかけた。
次の日もサピエンティアの街は荒れていた。そしてついにノアを嫌っていた女が2人の住処を口にした。
「進めーー!!」
「行かせるな!!2人を守るぞ!」
市民と兵士がぶつかった。
その騒ぎにルカが外の様子を伺った。
「ルカぁ?」
「…兵士がそこまで来ています。市場のみなさんも抵抗してくださってるんですが…」
「ボク、みんなを守りたい…今度はボクが守る番!!」
ノアが外に飛び出していく。
「みんなを傷つけないで!!」
「ノア!逃げろ!!」
「いたぞ!アヴェルスだ!!」
「殺せ!」
「2人を守れー!!」
「みんなは、ボクが守るから…!」
ノアが兵士に噛み付く。
「ぎゃー!!食われる!!」
「ノア!?」
「黙っててごめんなさい。ボク、食人族なの!でも人なんて食べない!だってボクは、ルプスの民だもん!」
ノアが的確に兵士の首を噛みちぎっていく。
「嫌われたっていい!それでもボクはみんなを守るんだ!」
「ノア!危ない!」
「ぎゃー!」
「ルカ!」
ルカがノアに銃を向ける兵士たちの手を撃ち抜いていく。
「ノアには、指一本触れさせない。」
「みんな!2人を守れ!」
「食人族だろうが、ノアはいいやつに変わりはない!」
あまりの激しさにサピエンティアの王が直接出てきた。
「双方、止まりなさい。」
「こ、国王陛下!」
「ノア、こっち。」
ルカが咄嗟にノアを引き寄せる。
「国民たちよ。なぜその子らを守る。」
「2人は俺たちを助けてくれた。悪いやつじゃない。渡すわけにはいきません。」
「しかしペルグランデではアヴェルスは多大なる被害を出している。」
「違うんです。ノアは人を喰らいたかったわけじゃない。ノアに必要なのは人の血です。今は私がノアに供給してる。ペルグランデではそれに気づけなかった。」
「つまり、その子は人間を襲わないと。」
「もちろん。」
「…なるほど、それならばサピエンティアで2人を捕らえる理由はない。」
国王が市民たちに手を差し伸べる。
「勇敢なる我が国民たちよ。愚かな私を許しておくれ。」
「陛下…!」
その時、銃声が鳴り響いた。
「すみませんね。サピエンティアは良くても、我がペルグランデは良くないんですよ。」
ヨシュカがノアに銃を向ける。
「というか、俺が良くない。俺の兄さんは殺されたんだ。食人族に食われて、跡形もなく消えたんだ。だから、食人族は1人残らず排除する…!」
「ヨシュカ!それは10年も前の話です。その頃、ノアは生まれているかも微妙な頃です。それにルプスの民は人は食べない!食らったのはウルラの民だ!」
「そんなことはどうでもいい。死んで償え!」
銃声が鳴り響く。
そして血飛沫が舞った。
「ルカ!」
撃ち抜かれたのはノアを咄嗟に庇ったルカの腹だった。
「ノア…逃げて…」
「ふっ、愚かなやつ。」
「ヨシュカ!殺したら意味ないだろ!」
「うるさい。お前はルカのオトモダチだもんな。歯向かうのなら、お前も殺す。」
「任務に私情を挟むのはやめろ、ヨシュカ!」
アイクがヨシュカの銃をはたき落とす。
「…私情を挟んでるのはどっちだ。」
「ルカ、大丈夫か。すぐに手当を…」
「私は大丈夫ですから…かはっ…ノアを…逃して…」
「何言ってんだ!」
「ルカぁ!やだ、嫌だ!!」
再び銃声が響き、ルカの肩が撃ち抜かれた。
「っ…!」
「ははっ、エリートもそんなもんか。」
「やめないか。ヨシュカ。お前の都合で人を殺めるのなら、お前も人殺しだぞ。」
「王様、あいつらは殺してもいいとペルグランデの王から聞いているんですよ。」
ヨシュカは笑いながら再び引き金を引いた。
「ぐはっ!」
「やめて!ルカを傷付けないで!!」
ノアが叫ぶ。
ヨシュカは急所を外してルカに銃弾を撃ち込む。
なんとか地面に手をついて座っていたルカがついに地面に転がる。
「ルカ!」
「…ノア、食べて…」
ルカが苦しそうな声で懇願する。
「嫌だ…嫌だよ…」
「お願い…食べて…俺は、もう…助からない…から…」
ルカは霞んでいく視界の中、ノアに手を伸ばした。
「早く…」
「なんで…!やだ!ルカ!」
「早く…!食え…!」
ルカの声にノアが息を飲む。
「…ノアの、中で…生きられる…から…」
「ルカ…ずっと一緒…」
「ずっと…永遠に…」
「…分かった。」
ノアはルカの腕に噛み付いた。
そしてルカの腕を泣きながら食いちぎる。
「ぐっ…」
「ごめん…ごめんなさい…」
ノアはルカの腕を食らうと、ルカをぎゅっと抱きしめた。
「もう、食べたくない。」
「もう…ノアはお山に…戻れる…から…幸せに…」
ルカはそう言うと、最後の力を振り絞って崖の縁まで這っていった。
そしてゆっくりと立ち上がる。
「ルカ!?」
「ノアは、ゆっくり来ればいい…待ってる。何十年でも、何百年でも。俺の一部はノアの中だから。大丈夫。守るよ。」
ルカはノアに笑いかけると、そのまま後ろに倒れていった。
「ルカぁーー!!!」
ノアが崖まで走って下を見ると、ちょうど水飛沫が上がったところだった。
「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だぁぁああ!!」
その瞬間、ノアの体に異変が起こった。
「うっ…なに、これ…」
ノアの姿が獣に変わっていく。
真っ白で大きな狼の姿だった。
「ルカを…返して…」
ノアはヨシュカを睨みつけると、素早く駆け出した。
そしてヨシュカに襲いかかる。
「化け物め!!」
ヨシュカが銃をノアに向けるが、既に弾は切れていた。
ノアは構わずにヨシュカの首に噛み付いた。
「ぎゃーー!!」
そのままノアは近くにいる兵士を次から次へと襲った。
ノアの真っ白な毛並みは返り血で真っ赤に染まっていった。
「撃て!!殺せ!!」
「こっち来るな!!」
何発も銃弾を撃ち込まれるが、ノアはそれでも止まらなかった。
真っ赤な夕日が辺りを包む頃、崖の上も真っ赤に染まり、何体もの遺体が転がった。
「ノア…すぐに手当を…」
「…いらないよ。このくらい、平気。」
「あ、アヴェルス…」
血に染まったアイクがノアのそばに来る。
警戒するノアを見て、アイクは武器を全て外した。
「…ルカがあそこまで感情を出したのは、初めて見た。だから…なんというか……ありがとう…」
ノアがアイクの頰に付いた血をぺろりと舐めとる。
「…ボク、君からルカを取っちゃった…ごめんなさい…」
ノアはゆっくりと崖に向かって歩き出した。そして崖の縁に立つ。
目の前にノヴァが現れる。
「ノア。いや、ルプスの王。お前は自分から大切なものを全て奪った。そして今、お前は大切なものを全て失った。罰は下った。戻ろう。」
「…主様。ボクは、王なんかじゃない。ボク、もう1人は嫌なんだ。だから…」
「…それがお前の選んだ結末か。」
「うん。心残りがあるとすれば、この夕日は、ルカと見たかったな。でも、大丈夫。これから見に行くから。主様、ごめんなさい。」
「…ノアは、大事な友達だ。ルカもな。」
「うん。」
ノアは夕日に照らされながらゆっくりと足を踏み出した。
ルカ、今行くからね。ごめん、ボク、足が速いから。ゆっくりなんて、行けないや…
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