第5章

サピエンティア

次の日、ルカは朝から仕事を探しに行った。


「仕事?どんな仕事がいいんだ?」

「何でも構わないんですが…まぁ、元々は軍人でしたからそういうのがいいですかね。」

「なるほどなぁ。ならお城勤めでもしたらどうだ?寝泊まりは出来るし、三食飯付き。」

「連れがいるので…」

「用心棒とか。」

「用心棒か…この周辺で済むものなら。」

「探せばあるだろうさ。仲介はうちでやるから。」

「お願いします。」


仕事はすんなりと決まり、早速依頼があった。

キャラバンの護衛だった。

馬は貸し出すとのことで、ルカはノアを連れていった。


「よろしくお願いします。」

「よろしく頼むよ。平原を渡りきるところまでだ。」

「分かりました。」

「ところでその子は…」


キャラバンのリーダーがルカの背にしがみつくノアを指差す。


「ただの甘えん坊です。気にしないでください。」


ノアはルカが数日いないと知るなり、離れたくないとしがみついていた。


「そ、そうか。」

「ルカ、離れないで…」

「分かりましたから。ほら、乗って。」


ルカがノアを馬に乗せ、その後ろに跨った。


「行きましょう。」

「あぁ、そうだな。よしみんな!行くぞ!」


ルカはキャラバンの横を並走した。

そして獣が忍び寄るたびにノアが気付いて馬を使って蹴散らす。


「坊主、よく気付くな。」

「えへへ。ボク、鼻いいから。」

「すごいなぁ。」


それから3日かけてキャラバンは平原を越えた。


「では、お気をつけて。」

「おう、ありがとよ。」

「おじさんたち、またね〜」

「坊主も、元気でな〜」


そのままきた道を引き返す。

帰りは2日でサピエンティアに戻った。

そして仲介者に賃金をもらう。

その金で食料を買った。


「ルカ!お肉!」

「はいはい。すみません、豚肉お願いします。」

「まいど!君がルカかぁ。」

「え?」

「ノアがずっと待ってたからなぁ。ここらのやつはみんな知ってるぜ?」

「そうでしたか…」


ルカがノアに目を向けると、ノアはにこにこしながら豚肉の入った袋を眺めていた。


「食料、分けていただいてたようで、ありがとうございます。」

「いいんだよ。ノアは色々手伝ってくれてたからな。」

「ボク、お兄さんと泥棒捕まえたの!」

「そうなんですか?」

「あの時のノアはすごかったなぁ。あっという間に追いついてさ。」

「やたら足速いですよね。」

「うん!」


洞窟に戻り、ルカが調理を始める。


「ルカぁ…葉っぱやだなぁ…」

「葉っぱも美味しいですよ。」

「うぅ…」


ノアは渋々野菜を食べ始めた。


「ここで生きていくには、何でも食べてください。あと、生肉が好きとか、言っちゃダメですよ。」

「うん。お肉が好き!」

「いい子です。」

「ルカ、ボクもお手伝いしたい。」

「…じゃあ、次も一緒に用心棒やりましょうか。ノアはすぐに敵に気付きますから。」

「うん!」


ノアは満面の笑みで頷いた。

それから依頼が入るたびに2人は一緒に用心棒をした。

時々特別手当として多めに賃金をもらえることもあったが、大抵の場合は2、3日の食料が手に入るぐらいの収入だった。


「雨…」

「ノア。飲んで。」

「うん…ルカ、ごめんね。」


雨の日は変わらずにルカの血を飲んでいたが、ノアはその度につらそうな顔をした。


「ノア、負い目は感じないでくださいね。」

「え?」

「…私は、平気ですから。」

「…うん。ルカは、優しいね…とっても。」


雨が降りそうな日は依頼を受けないせいで食料が足りない日もあった。

そんな日はルカは自分の分を減らして、ノアの分は減らさなかった。


「ルカ…ボク、大丈夫だから…ルカからそんなにもらえない…」

「大丈夫。きっと明日は晴れますから。」

「昨日もそう言ってた!」


ノアは寝床を飛び出していった。

少ししてノアが市場で肉を売っていた男を連れてくる。


「お兄さん、ルカを助けて!」

「おう。ルカ、シチューだ。いっつも世話になってるからな。ほら、食いな。」

「そんな…すみません…」


時々泥棒を捕まえているお陰で市場の人たちからお礼として食料を分けてもらえた。

そして1年が経つ頃、2人はサピエンティアの暮らしに慣れた。

ノアも優れた嗅覚を使って探し物を探す手伝いで少しずつ稼ぎ、生活に余裕も生まれた。

2人でいられない日もあったが、ノアはルカの帰りを信じることができた。


「そういえばノア、その足枷はどうしたんだ?」

「ボクね、悪いことしてないのに捕まったの。でもルカが助けてくれたの。でも鍵がないから取れないの。」

「なるほどなぁ。」

「でもいいんだ。これ付けたの、ルカだから。」


肉屋の男が目を丸くする。


「いやいや、それ、まずくないか?ルカは捕まえる側だったんだよな?」

「うん。兵隊さん。」

「兵隊さんが捕まえるべき相手と暮らしてるのか?」

「ボクは悪いことしてないからいいの!」


ノアが頰を膨らませる。


「不思議なやつらだとは思ってたが…ははっ、ますます興味深くなったな。」

「もー!とにかくルカもボクも悪い人じゃないもん!」

「それは普段のお前たちを見てれば分かるよ。昔何があったとしても、お前たちはお前たちだろ?」

「うん。」

「なら、それでいい。」


ノアは嬉しそうに頷くと、走って帰っていった。


「ノア、明日は空いてますか?」

「うん。どうして?」

「漁師の方が船に乗せてくれるそうです。せっかくだから2人でと言われたので。」

「行く!」


次の日、お昼になるとノアとルカは漁師の船に乗せてもらった。

そして沖合まで出る。


「すごい!お魚!」

「そういえばノアは魚が好きでしたね。」

「うん!可愛い!」


ノアが海面を見ていると、イルカが現れる。


「うわぁ!」

「イルカですね。初めて見ました。」

「海のないところから来たのかい?」

「えぇ、内陸でした。」

「そうか。どうだ?海もいいだろ?」

「はい!」


ルカが船から手を出すと、イルカが飛び上がったルカの手に口を押し付けた。


「すごい!ノアもやってみませんか?」

「うん…」


ノアが恐る恐る手を出す。

イルカが同じように口先でノアの手にタッチしていく。


「ひゃあ!」

「あはは、ノア、驚きすぎですよ。」

「だってぇ〜」


ノアがふてくされる。


「はぁ、こんな日が毎日続けばいいのに。」

「続かないの?」

「物事に永遠はありません。」

「…うん。」

「でも、思い出には残ります。ずっと。」


ノアが笑って頷く。

その頃、サピエンティアの王宮に使者が来ていた。


「…つまり、食人族がいるかもしれないと。」

「はい。一刻も早く捕まえなければ。」

「国民のためだ。ヨシュカと言ったな。そちらの王に伝えてくれ。今回ばかりは手を組むと。」

「お任せを。」


ヨシュカはほくそ笑んだ。


「これでアヴェルスも終わりだな…人殺し野郎。」


ヨシュカはすぐに報告するために軍用の鷹に手紙を持たせて飛ばした。

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